第1096話 『ヘーデル荒野 その5』
パスキア王国――――王都を出て街道に沿って北上する。そして平原に入りると、そこからまた北に位置するヘーデル荒野を目指した。
何時間歩いたのだろう。平原には、至る所に草が生えていたはずだったけど、気づくと辺りはひび割れた地面や枯草、枯木などが目につくようになった。そして荒野に、入った。
ヘーデル荒野に入ると、先頭を行くブラッドリーは私達の方を振り返り言った。
「とりあえず、ここからはもうヘーデル荒野になります。見ての通り、何もない場所でただただ荒地が広がっている」
確かに、瘦せこけた大地。ヘーデル荒野は、荒野と言ってもそれほど広くはないと聞いていた。けれど、それは通常の私達が知っている荒野に比べてという意味。見渡す限りは、荒れた大地が続いている。そんな光景を見て、ルシエルが浮かれた声をあげた。
「うっひょーー!! 何処までも広がる荒地荒地荒地。こういう光景を見ると、アレを思い出すなー。我らが旅した、懐かしきガンロック王国! ミシェルやエレファ、ナジームにピッチー! チギーも皆、元気にしてっかなー!」
ルシエルやルキアやカルビと出会い、正式な仲間となって、私がクランベルト王国の次に目指した国がガンロック王国だった。
理由は、簡単。私が愛読していた昔の冒険家リンド・バーロックの本。それを読んで、私は彼と同じルートをトレースしたいと思ったから。それで目指したのが、ガンロック王国。
ガンロック王国は、砂漠に似た地域もあったけれどそのほとんどが荒野だった。今、目の前にしている場所は、そのガンロックの大地によく似ている。
「ミシェルやエレファは、元気かなー」
「ナジームさんとバーバラさん、ピッチーも元気でいるといいですね」
「ピッチーー!! ピッチーに会いたいよ!!」
ルシエルとルキアが、あの時の事を思い出して興奮している。そう言えば、ナジームが連れていたピッチー。ルシエルは、あの馬のように走る鳥、クルックピーの事を物凄く気に入っていたんだよね。確かに可愛い子だった。
私はブラッドリーに聞いた。
「それで、ブラッドリー。あなたは、何処まで私達を案内してくれるの? これから私達はこのヘーデル荒野で、トリスタン・ストラムが用意した旗を探さなくちゃいけないんだけど。もしかして、そこまで一緒について来てくれるのかしら?」
ついてくるなら、ついてくるでそれでいいと思った。
彼には、ヘーデル荒野まで案内をしてもらえたら嬉しいって思っていたけれど、このままついてきてくれるのなら、エスメラルダ王妃を任せる事ができて凄く助かる。
エスメラルダ王妃自身も、私がブラッドリーにその事を聞くと、なんとも言えないような、できる事ならこのままもう少し一緒にいて欲しいという顔をしていた。私には、少なくともそう見えた。
ブラッドリーは、少し考える仕草をすると、まずエスメラルダ王妃の方を向いて頭を下げた。
「内心は、皆様とこのまま朝まで御一緒できればと思う。しかし私は、この国の騎士団の団長であり、この後もやるべき事がありましてな。本心から残念に思っておりますが、ここで引き返させてもらおうと思います」
悲し気な顔をするエスメラルダ王妃。こういう表情も、私は今まで見た事がないし、きっとお父様も見た事はない。
「はっはっは。幸い、アテナ様もそのお仲間もとんでもなく心強い方々です。ですから、正直な話、実は何も心配はしておりません」
「ブラッドリー。このヘーデル荒野には、危険な魔物は生息しているんでしょ?」
「いますな。とても危険な魔物はそれなりに生息しております。ですが先ほども申し上げましたが、あなたとあなたのお仲間の実力をもってすれば、魔物を蹴散らすなど造作もないでしょうな。既にその実力も見せて頂いて証明済みのようですし」
彼は私だけでなく、ノエルともスパーリングをした。その時の事を言っているのだろう。
「それでは、私はここら辺で失礼致します。パスキアの騎士として、立場上はモラッタ嬢達を応援しなくてはならないかもしれない。陛下や王妃は、楽しい余興になればいいと言った感じだが王子達は違う。カミュウ様は、ご自分の縁談相手が決まる訳ですし、セリュー様とダラビス様は、アテナ様の事をあまり快く思われてないご様子」
「仕方がないよね。私はよそ者だから。それにあなたには、言ってしまうけど……私はカミュウの事をとても優しくて女の子みたいに可愛くて、とても素晴らしい人だと思っている……だけど……」
「アテナ様、それ以上は、申されますな」
「でも、あなたには、ちゃんと言っておいた方がいいのかなと思って」
「そうですか。では、私からも一つ。私の立場は、先程申し上げましたが……モラッタ嬢達の側です。ですが、個人的にはアテナ様。あなたの事を心より応援しております。モラッタ嬢達との対決、それにあなたが勝利し、カミュウ様とご結婚して頂ければ、私にとってはこの上はない喜びだと思っておりますよ」
ブラッドリーはそう言って軽く微笑むと、私とエスメラルダ王妃に一礼し、マントを翻してまたもと来た道を戻っていった。
呆然と彼を見送るエスメラルダ王妃。クロエが声をかける。
「王妃様……」
「…………」
「王妃様……」
「な、なにかしら!?」
「ブラッドリーさんは、行ってしまわれました。わたし達も行きましょう」
「……そうですね」
うーーん、これはやっぱり何かあるのかもしれない。
でもとりあえずは、まず私達のしなければならない事をしなければ。第一目標は、旗を見つける事。さっさと見つけ出さないとね。