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第1095話 『ヘーデル荒野 その4』



 平原に入って歩き続けていると、ブラッドリーが振り返って手をあげた。合図。皆を一旦止める。


 何かあったのかと思っていると、エスメラルダ王妃がヨロヨロと近くの岩に近づいて行って、そこへ腰をかけた。彼女の身体を、ブラッドリーとクロエが支える。私は、何事かと思って彼女のもとへ駆け寄った。



「ど、どうしたの? 何かあったの?」



 今日はかなり天気がいい。それなのにずっと、私達は日陰の少ない場所を数時間歩いていた。しかも荒野は、高温になりやすい。だから、具合が悪くなったんだと思った。



「なんですか、騒々しい。大した事ではありませんよ。少し陽に当てられただけです。少し休めば、直ぐにまた歩けるようになります」



 彼女はそう言ったけれど、岩に腰をかけて前に投げ出している両足が、小刻みに震えていた。


 考えてみれば、彼女はもともと公爵令嬢であり、今は一国の王妃になっている。普段、王宮から出る事も少なく、出る場合には馬車など乗り物に乗る。彼女は、こういう場所は当然のこと、長時間歩いたりすること自体、慣れていなかったのだ。


 クロエもそうだった。今もその身体は凄く痩せていて、転んだりしたら身体の骨がポキリと簡単に折れてしまいそうに見える。だけど、それでもブレッドの街から旅立って、まだそれ程時は経過はしていないけれど、私達と行動を共にするようになって以前よりも逞しくなってきている。


 私は、彼女ではなくブラッドリーの顔を見て言った。



「やっぱりゾルバの心配は、的を得ていたのかも。目的地に着く前からこんな調子だし、ヘーデル荒野っていうのは、それなりに危険な場所なんでしょ?」


「そうですな。危険な魔物などは、とうぜんうろついていますし、荒野と呼ばれているように……アテナ様が目指しているその場所は、いうなれば極めて荒れた地。厳しい環境でキャンプを設営し、数日凌がねばならないでしょうな」



 エスメラルダ王妃に、チラリと目を移す。すると彼女は、プイッと向こうをむいた。仕方なく、今度はお付きのゾーイを見る。ブラッドリーも同じように目を移した。



「やっぱり、エスメラルダ王妃には、今からブラッドリーやゾーイと一緒に、王都へ戻ってもらった方がいいと思うんですけど。どうかな、ゾーイ?」


「私もそうしてもらえれば、助かります。もしそうして頂けるのであれば、エスメラルダ様とクリーンファルト様には、ここで暫く待っていてもらいます。その間に私が直ぐに来た道を引き返し、ゾルバ団長を呼びに参ります。馬車の方も手配させるので、それで……」


「嫌よ!! 黙りなさい、ゾーイ!! わたくしの行動を、あなたごときが勝手に決めないで頂戴!!」



 ゾーイの言葉を手で払いのけるようにエスメラルダ王妃は、言い放った。しかしゾーイは動揺するどころか、全くの無表情でエスメラルダ王妃を見つめている。ふむ。


 こういう彼女の性格も含めて、ゾルバはゾーイを抜擢したのかな。


 まあ、ただ単にモラッタさん達との対決で、こちらが圧倒的戦力が欠けているから、足してくれたのかもしれないけれど。このモラッタさん達との対決で、勝利したいと考えているのはエスメラルダ王妃自身の考えでもあるのだから。


 私は、エスメラルダ王妃が投げ出した足に手で触れようとした。すると彼女は怒った。



「何をするのですか!! 触らないで!!」


「もしかして足を痛めているかもしれないって思っただけでしょ。少し見せてください!!」


「嫌よ、余計な事はしないで!! 少し休めば平気だって言っているでしょう!! それに自分の事は、自分が一番よく解っています!!」



 呆れた顔でブラッドリーを見ると、彼は少し笑ってエスメラルダ王妃の足に優しく触れた。



「ブラッドリー……」


「アテナ様が向かわねばならない目的地、そこへはあなたも一緒に参らねば気が済まぬ様子。決意も硬いようだし、あなたは心の強いお方だ。ならばせめて、あなたが目的を達成する事ができるよう、微力ながら力にならせてほしい。いいですかな?」


「……はい」



 ええええええ!! 何、その態度!! やっぱり私とブラッドリーで、こんなにも態度が違うんじゃん!! ムッキーー、悔しい、悔しい!! 悔しいったら、ありゃしない!!  モガー、モガー!!


 誰かが私の肩をポンポンと叩いた。ルシエルだった。



「義理のかーちゃんも、パスキア一番の凄腕騎士も、アテナの事を相手してねーんじゃんな! でも、落ち込むなよ。きっといい事あるさ。ああ、本当さ、ニコリ」


「そ、そんな事ないわよ!! 相手してるわよ!! 少なくともブラッドリーは、私の事を認めてくれています!!」


「なるほど、そう言えばそうだったよなー。アテナは、オレとルキアとカルビの可愛い三姉妹を放っぽって、ブラッドリーのおっさんと凄い楽し気なトレーニングルームでスパーリングなんかして楽しんでたんだものなー。ノエルも、ミイラ取りがミイラになっちまいやがって。戻ってこねーったら、ありゃしない」



 まーーた、その話を蒸し返してきて……


 そもそも三姉妹ってカルビは、男の子だし。それに待っている間、ルシエルは私のおごりであのお店で色々飲み食いしたんだから。


 …………


 でも、悪いのは私だし……正直、あまり強くも言えない……



「いいのよ、いいのよ。オレなんてー。ふう、アテナの相方だって思いこんでいたのは、オレだけでした」



 ただでさえ、エスメラルダ王妃とのこんな関係に困っているのに、ルシエルまでもがめんどくさい事に……



「もう平気です。待たせましたね。それでは、参りましょう」



 ブラッドリーに、足の具合を見せて少し休んだエスメラルダ王妃。少し休んで、元気を取り戻したに見える。


 彼女は、腰かけていた岩から勢いよく立ち上がると、クロエの手を握りまたブラッドリーと並んで歩き始めた。


 うーーん、こんな調子で彼女とも数日共にするなんて、果たして大丈夫なのだろうか。


 不安を胸に、チラチラと私の気を引こうとしてくるハイエルフを無視して、ヘーデル荒野へと向けて直進した。

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