第1092話 『ヘーデル荒野 その1』
――――天馬騎士団、団長トリスタン・ストラムと並び称されて、パスキア王国最強の騎士と言われる閃光騎士団の団長、ブラッドリー・クリーンファルト。彼の案内で、私達一行は王都を出てヘーデル荒野へと向かっていた。
途中、人型の豚の魔物、オーク数匹と遭遇するも、私達が戦闘に参加するまでもなく先頭を行くブラッドリー1人で、襲ってくる全てのオークをあっと言う間に一掃してしまった。
その光景を腕を組んで、ううーんと唸りながら眺めていた私とノエル。
やはり彼は、ボクシング以外に剣術もかなりの腕の持ち主みたい。しかも噂では、騎士団というだけあって、本来は馬上戦闘が得意みたい。っていう事は、拳闘、剣術に加えてきっと槍とかランスとかっていう長柄武器も得意なんじゃないかと思う。
クラインベルトにも、近衛隊長のゲラルド・イーニッヒや、アシュワルド・ブラスコネッガーという怪物クラスがいるけれど、パスキア王国にもいるんだなって思った。
「お、おいアテナ」
ルシエルが、後ろから私の背中をつついてきた。
「なーに?」
振り返ると、それに合わせてルシエルも振り返る。目線は、後方を歩いているクロエと手を繋いでいる、エスメラルダ王妃へと向ける。
「お前のかーちゃん、なんかついて来ているんだけど」
「義理のね」
「義理でも、かーちゃんだろ? だってルーニやエドモンドにとっては、本当のかーちゃんなんだろ? アテナは、ルーニの事を妹って言って可愛がっていたし、エドモンドの事も弟って言ってたよな」
「まあ、そうだけど……」
「しかし、アレだな。エドモンドってそういや、東方の国にそういう名前の力士がいたって話を聞いた事があったな。はっ! もしかして、アテナの弟ってその力士から名前を……」
「あのね、エドモンドじゃなくて、エドモンテだから」
「ええーー、ややこしいな」
「ややこしくないでしょ」
近くを歩いているルキアとカルビ。ルキアは、私とルシエルの会話を聞いて微笑んでいる。
「ほんでさー。アテナのかーちゃんって、何処までついてくるんだ? ブラッドリーのおっさんは、案内役だし、本来の騎士の職務もあるんだろ? それにモラッタ達との対決は、女じゃないとエントリーできないんだぞ。って事は、目的地にオレ達を送り届けたら、王都へ帰っちまうよな。その時に、アテナのかーちゃんも帰るんかな?」
エスメラルダ王妃は、ずっとムスっとしているし、その態度は私だけじゃなくルシエル達にも向けられている。
唯一例外は、クロエだけみたい……だから、ルシエルも彼女の事が苦手なように見えた。
ううん、苦手というのは適切じゃないな。どう接していいか、解らなくて戸惑っているって感じかな。相手は、なんといってもあの気難しい王妃様な訳だしね。
「どうかな。あと、ブラッドリーが案内してくれるのは、ヘーデル荒野までじゃないかな。目的地は私達の旗がある場所で、その場所はどちらにしても、それを設置したトリスタン・ストラム卿しか知らない訳だしね」
「えーー、そうなのか? なあ、ブラッドリーのおっさん。そうなの?」
聞いてないようで、聞こえているよね。そんな感じでルシエルは、前を行くブラッドリーに話しかけた。ブラッドリーは、足を止めずにこちらをチラリと振り向くと、返事はせずに微笑んだ。
「なんだ、あの不敵な笑みは!!」
「違うわよ。ルシエルが変な事ばかりいうから、呆れているの」
「ええーー、そうかーー? だって、大事な事だろ? アテナのかーちゃんが、このままついてくるのかどうか? その後、どうするのか? もしかしたら、オレ達と一緒に対決に参戦するって言いだしかねないぜー」
それはあえて考えないようにしていたけど……あり得るんだよね。
ギャオオオオオ!!
何処からか、何かの鳴き声がした。空。魔物?
「全員、身を低くして!」
ブラッドリーはそう言って、こちらに駆けてくると、私達を通り越してエスメラルダ王妃のもとへ行く。そしてエスメラルダ王妃とクロエの2人をかばうようにして、大空を見上げた。
私達もブラッドリーが見ている先を見上げると、そこには3匹の翼竜ワイバーンが飛んでいた。ブラッドリーが言った。
「行ったか……もう大丈夫です。それでは、行きましょう」
再び歩き始める。ヘーデル荒野までの距離は、それなりにあるとは思っていたけれど、まだまだみたい。王都から北へ街道を突き進んで、そこから道を逸れて平原を行くって聞いていたけど、まだ街道を進んでいるし。
暫く歩いていると、遥か後方から沢山の馬蹄が聞こえてきた。馬、やっぱり馬に乗って向かえば良かったかなー。でも今更だし、そんな事を後悔しても解決にはならない。
エスメラルダが突然、叫んだ。
「少し待ってもらえますか!!」
皆、足を止めて振り向く。数十騎がどんどん近づいてくる。あれは――
騎兵。一番先頭を駆けていた者が、こちらに向かってきた。肥った身体に、あの見覚えのある髭。偉そうなマントをはためかせて下馬すると、エスメラルダ王妃の前に跪いた。
「お、お待ちください、エスメラルダ様!!」
「何用ですか? ゾルバ」
そう、追ってきたのは、王都で待機しているはずの鎖鉄球騎士団とその団長、ゾルバ・ガゲーロ。エスメラルダ王妃お抱えの、騎士団だった。




