第1091話 『は? 何を言っているのですか?』
「お、おい、アテナ!! なんで邪魔をするんだーーー!!」
スパーリングという名の真剣勝負。そこに割って入った私に対して、プンプンに怒るノエル。
「ごめんごめん!! でも、これ以上は危険というか……怪我をすると思ったから、ドクターストップ! それでいいわよね、ブラッドリー」
「やむを得ませんな」
「ほら、パスキア王国最強の騎士が、やむを得ないだってさ。私が邪魔しちゃったけど、明らかにブラッドリーの優勢だったのに、そう言わせるって物凄い事なんだよ。裏を返せば、もっとノエルと戦ってちゃんと白黒つけたい。そういうスパーリングだったって事なんだから」
「うっ……まあ、そりゃそうだけど」
「それにこれは、スパーリングって言ったでしょ。熱くなるのはいいけれど、ちょっとお互いに暑くなりすぎていたでしょ。ここらで区切りをつけるのが、丁度いいの」
腕を組み、頬を膨らませるノエル。彼女の精一杯の抵抗なんだろうけど、可愛いから人差し指で、ノエルの膨らんだ頬を押してしまった。ブンブンと拳を振り上げて、また怒るノエル。
「はっはっはっ、アテナ様に続いてノエル・ジュエルズ。とんでもない強者二人と連戦してしまって、汗だくですよ。ですが、かなり貴重な体験をさせてもらって、感謝をしております」
「それはこっちのセリフよ、ブラッドリー」
「それでは、私はこれからサッとシャワーを浴びてまいります。よろしければアテナ様達もどうぞ」
「そうね。着替えを持ってきてないから、折角汗を流しても、その後に同じ服を着るとなるとちょっと気持ち悪いかもだけど、仕方がないか。それでもシャワーは頂こうかな。ね、ノエル」
「ああ、そうだな」
クロエとエスメラルダ王妃に、ちょっと待っていて欲しいと言って、私とノエルとブラッドリーは、トレーニングルームの隣に設置されているシャワー室に行き汗を流した。
戻ってくると、エスメラルダ王妃が見慣れないトレーニングウェアから、また見慣れないけれど、一度見た事のある女冒険者の格好に姿を変えていた。ま、まさか……
ブラッドリーもさっぱりして、騎士本来の姿に着替える。甲冑は身に着けず、軽装で動きやすそうなスタイル。これから私達をヘーデル荒野まで案内してくれる服装としては、とても動きやすそうで一番適した格好。
「アテナ様、それでは、ご案内しましょう」
「もしかして、パっと行ける距離?」
「どうでしょうな。馬ならそうかもしれませんが、徒歩でとなると。ですが夕方までには、十分に辿りつけるでしょうな」
辿り着けるというのは、あくまでもヘーデル荒野にという意味。そこから荒野に入って、例の旗を探さないといけない。旗は、もうトリスタン・ストラムがここっていう場所に突きたてているはずだし。几帳面そうな彼の性格なら、明日8時開始という事を見越して、今からだって目的地に向かってもいいようにしていそうだし。
おそらく、モラッタさん達も既に自分達以外の27人、頼りになるメンツを集めて今頃ヘーデル荒野へ向かっているはず。
私達の旗に攻撃を仕掛けてくるとしても、ルール状は対決が開始してからの3日目からって言っていたけど……できるだけ早く自分達の旗を確認していた方が、安心できていいかもしれない。
ブツブツと対決について考えを呟いていると、いつも間にかブラッドリーの後に続いて私達は王宮を出ていた。後ろを見ると、クロエと手を繋いでいる女冒険者の格好に扮したエスメラルダ王妃が後をついてくる。やっぱりこれって……
隣を歩くノエルが、怪訝な顔をして私に耳打ちした。
「おい、アテナ。お前のとこの王妃がついてくるぞ」
「うっ。そうね」
「そうね……っていうか、これ……ずっとついてくるんじゃないか?」
「……やっぱりそう見えるよね」
「聞いてみればいいんじゃないか?」
聞いても、何を今更って言われるに決まっている。容易に想像できる。
「おい、聞いてみろよ。はっきりしておかないと、あたしもクランベルト王国の王妃が一緒に行動をするなんてなりゃ、やりにくいったらありゃしないぞ」
えーー。それを言うなら、私もこんなんでも王女なんですけど。それにドワーフの王国にいた時は、ノエルはガラハッド王とも仲良かったみたいだし……平気なんじゃ……
「おい、聞いてくれよ。はっきりさせておきたい」
「わかった、わかったわよー」
後頭部を摩りながら、後ろをチラチラと見つつ歩く速度を落とす。そしてクロエの横に並んだ。その隣には、エスメラルダ王妃。
「アテナさん?」
「あのー、クロエにじゃなくて、王妃に聞いておきたい事がありまして……」
「なんですか? 言いたい事があるなら、早くおっしゃいなさい」
ほら! クロエと私で、こんなにも対応が違う。
「あのー、これから私達、もう明日の対決に備えてヘーデル荒野へ向かおうと思っているんですけど……」
「知っています」
「もう、ここらへんまで見送って頂ければ、後はブラッドリーが案内をしてくれるし……」
立ち止まるエスメラルダ王妃。険しい顔。
「は? 何を言っているのですか、あなたは!」
「も、もしかして、ついてくるつもりなんですか?」
「何を今更! この格好があなたには、何に見えているのですか? 向こうは必ず30人で勝負を挑んできます! それに対してこちらは、何人ですか?」
「えっと……私とルシエルと、ルキアとクロエと、ノエル。あとカルビだから、6人かな」
「6人!! 相手は30人もいるのに、ぬけぬけと6人とあなたは言うのですか!! しかも犬まで含めて!!」
「え、だって、6人しかいないんだから、仕方ないじゃない!!」
呆れた顔で、大きくため息をはくエスメラルダ王妃。そしてまるで失望でもしたかのような眼差しで私を一瞥すると、再び歩き出した。
ああーー、ほれ見た事かーー。こうなるって予感してたんだもん。
ふう……
さてと、王都から出発する前に、ルシエル達を拾っていかなくちゃね。
ルシエルと、エスメラルダ王妃……モラッタさん達とのお料理対決で、お互い顔は見知ってはいるけれど……かなり、不安。2人共、予想もつかないような行動をするから。
まいったなー、トホホ……
ルシエル、ルキア、カルビが待っているカフェ&バーの看板のあるお店。そこへ辿り着いた。




