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第1088話 『トレーニングルーム その5』



「アテナ……お前、ここで何しているんだ?」



 パスキアの王宮にある、トレーニングルーム。そこにある設備の1つリングで、私はブラッドリーと白熱のスパーリングを4ラウンド、フルにやった。その挙句、精も根も尽き果てて、リング中央で無造作に転がってしまっていた。


 とめどなく流れる汗が止まるのを待つ。乱れる息を整えていると、誰かが私の名を呼ぶ声が聞こえた。



「え? ノエル? それにクロエ?」



 クロエの登場に、エスメラルダ王妃が大きく反応する。


 本当に彼女は、クロエの事を気に入ってしまったみたい。そして私も、彼女達がこんな場所に現れた事に、びっくりしている。


 内心は驚いていても、今はスパーリングの疲労で、直ぐに立ち上がったりすらつらい。リアクションできない。でもなぜカフェで待ってくれている2人が、唐突にここに現れたのか。ルシエル達と、あのカフェで待ってくれて……


 もしかして……時計に目を向ける。ブラッドリーとのスパーリングに夢中になってしまっていて、気付かなかったけれど、かなり時間が過ぎてしまっている事にやっと気づいてドキリとする。


 ノエルは私のいるリングに近づいてくると、ロープに手をかけて言った。



「なんだ、その不思議そうな顔は? あたしとクロエがここに来たのは、ちょいと考えれば解るだろ?」


「え? え? なんだろ? も、もしかして、結構な時間……待たせちゃったからかな?」


「そうだ。アテナがぜんぜん戻ってこないからだよ! だからクロエと一緒に探しに来たんだ。クロエを連れてきたのは、顔が知られている者がいた方が、王宮に出入りできると思ってな」


「やっぱりだった!! ごめんなさーーい!!」



 そう言えば、かなり皆を待たせてしまっている。そして自分が王宮にまた来てここにいるのは、これから向かうヘーデル荒野の詳しい場所を聞きに戻って来た為だった。本当の目的を思い出す。


 リングで無造作に転がっていた私は、そのまま飛び跳ねるように起き上がると、ノエルとクロエの方を向いて頭をさげた。



「ごめん、本当にごめん!! ごめんなさーーい!! ちょ、ちょっと色々あってーーー!! でもかなり待たせちゃったのは、事実だもんね。言い訳はしない。ごめん、許してーー!!」



 猛烈に反省して謝る。するとノエルは、溜息をついた。許してくれたのだろうか、それとも呆れられたのか。クロエは、どうだろうかと目をやると、クスクスと笑っている。良かった、クロエは怒っていなかった、えへへ。


 私は後頭部を摩ってテヘヘと舌を出すと、リングから外へ出た。そして、ブラッドリーの方へ振り向く。



「えへへー、実は、皆を待たせていたんだった。それでね、私達、これからヘーデル荒野へ向かおうと思っているんだけど、その正確な場所が解らないから、誰か知っている人に聞こうと思って。ブラッドリーならきっと知っていると思って、会いにきたの」


「モラッタ嬢達との対決。そうでありましたな。それなのに、私ときたら……ハハハ、アテナ様には、他にやるべき事があるというのに、私のトレーニングにお付き合いさせてしまいましたな。貴重なお時間を使わせてしまい、大変申し訳ない」


「ううん、いいの。って、皆を待たせた事については、私も反省だけど……だけどあたなとの白熱したスパーリングは、とても楽しかったから」


「スパーリング? 白熱だと?」



 私の口から出たワードに、ノエルの耳がピクリと動いた。



「おい、アテナ。もしやと思って聞くが、この男とさっきまでスパーリングをしていたのか?」


「え? うん、そうなんだ、はははは。ご、ごめんね」


「それはもういい。それよりこの男は、このパスキア王国最強と言われている騎士の1人だろ。その男と、ここで闘ったのか?」



 今にも掴みかかってきそうな険しい顔をするノエル。ちょっと、怖いよ。



「闘ったって言っても、そんな大層なものじゃないよ。スパーリングって言ったでしょ」



「ス、スパーリングってなんですか?」



 ノエルとの会話に、今度はクロエが割って入ってきた。この子も最初はとてもオドオドしていたし、遠慮の塊みたいな子だったけれど、今はこうして気になる事があれば普通に聞いてきてくれるようになった。この子のお姉ちゃん的存在として、成長はとても嬉しい。



「スパーリングって言うのはね、練習試合って事かな。真剣だけど、ちゃんと怪我しないように手加減して、勝負をするの」


「そ、そうなんですか、凄いですね。それじゃ、ブラッドリーさんと先程まで剣で勝負をされていたのですね」



 クロエは目が見えない。リングも見えていないし、私とブラッドリーがパンチンググローブを着用している事も見えてはいなかった。だからいつも剣で戦っている私と、騎士であるブラッドリーが練習試合をしていたと聞いて、とうぜん剣術で闘っていたのだろうと思ったみたい。


 私はクロエに、剣術ではなくてボクシングで勝負していたと説明する。しかも細かく詳しく、もちろん私の雄姿を強調してね。フフ。


 ブラッドリーは、騎士であると同時にとんでもない強さのボクサーだった。だけどクリーンヒットをもらったのは、第一ラウンドの最初に喰らったボディーブローのみ。後は、全部避けるか防いだ。ブラッドリーも手加減はしてくれてはいたけど、それでも彼のパンチを避けられなくて防いだ腕は、折れそうな位に痛かった。16オンスの大きなグローブまでつけているのに、あのパンチの威力は尋常じゃない。


 でもなんとか凌いでみせたし、ぜんぜん効いてなかったみたいだけれど、私も何発かいいのは入れた。



「アテナ様。引き止めってしまって、申し訳ありませんでしたな。お詫びと言ってはなんですが、これから私がヘーデル荒野までアテナ様とその御一行を案内致しましょう」


「え、ホントに! でも? いいんですか?」



 エスメラルダ王妃の方にも目をやる。すると彼女は頷いた。



「第二回戦開始は、明日の朝8時からでしたな。それならば、その時間まではフリーという事です。私が手を貸しても、それまでならルール状は、特に問題はありませんよ」


「クリーンファルト卿は、良いと言っているのです。折角の御厚意です。わたくし達は、あの対抗馬達に対して必ず勝利せねばなりません。少なくともわたくしには、このまま恥をさらして、おめおめとクラインベルトへ帰るなんて真似はできませんから。お言葉に甘えましょう」


「うーーん、解りました。それじゃ、ブラッドリー、お手数をおかけしますけど、ヘーデル荒野までの案内をお願いします」


「ええ、よろこんで。それでは、直ぐに支度をしますので、もう少しお待ちを。そうだ! アテナ様も汗をかなりおかきになられている。サッと流されてはどうですかな」


「そうね。このままじゃ、誰かさんに汗臭ーいとか言われてからかわれそうだしね。フフ、それじゃシャワールームをお借りします」



 決まった。ブラッドリーが案内してくれるなら、これで問題解決。上手くいって良かった。それじゃ、さっさと汗を流して、首を長くしているだろうルシエル達を迎えにいかないとね。



「じゃあノエル、クロエ。ちょっと私、汗を流してくるから、もう少しだけここで待っていてね」



 2人の方へ振り返る。するとノエルの姿がない。あれ、何処?


 トレーニングルームを見渡すと、彼女はなぜかリングの真ん中に立っていた。しかも何処で見つけてきたのか、パンチンググローブまで装着して。



「ちょ、ちょっとノエル⁉」


「自分だけずるぞ。折角だ。ブラッドリー・クリーンファルト、あたしとも一戦どうだ?」


「そんな……彼は今、私とスパーリングを終えたばかりなんだから。それに私が言えることじゃないけど、皆も待っているから……」


「いいだろう。確かに折角だ。私も正直言うと、もう少しだけ身体を動かしたいと思っていた。望むところだ、相手になろう」



 ニヤリと笑うノエル。ブラッドリーは、リングに戻るとノエルと向き合って構えた。


 うーーん、ミイラ取りがミイラっていうのかな、こういうの。でも私もやっちゃっただけに、ノエルを止められない。こうなったら、仕方ないよね。だけど、どっちも怪我だけはしないでね。

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