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第1087話 『トレーニングルーム その4』



 強烈な痛み。ボディーへのパンチは、痛みよりも苦しみを伴う。私は、ブラッドリーのパンチをもろにお腹に受けてしまい、リングに倒れてしまった。


 根性? 気合? 倒れまいという気持ちなんて関係ない。もらったら倒れる。そういうパンチだった。



「げほおっ!! うぐ……」


「どうやら、ここまでですな」


「うぐ……まだよ」



 うう……思わず吐きそうな位に強烈なボディーブロー。ただ延々と、筋トレやサンドバッグを打ち続けて身に着いたパンチじゃない。何度も何度も一発一発のパンチの角度や打ち込むスピード、タイミングなどのフォームを常時確認して極め上げたパンチ。


 痙攣する足を、無理やり抑えて立ち上がる。そしてファイティングポーズをとった。



「まだ続きをやるのですかな?」


「ええ、続けるわ。だ、だってまだ10カウント経ってないでしょ?」


「私は、かまいませんが……」


「なら何も問題はないわ」



 ブラッドリーは、リングの外で時間を計ってくれているエスメラルダ王妃と顔を合わせる。そして本当に続けてもいいのかというような心配している表情を見せた。



「あ、あら、もしかしてこのまま逃げるのかしら、ブラッドリー?」


「逃げる? この私が?」



 ダウンした私を見て心配していた彼の目が、今のセリフで鋭いものへ変わる。私は目を背けない。すると、フフと微笑を浮かべるブラッドリー。



「私はいいですが、本当に続けても問題はないのですな」


「うん、いいわよ。自分の事は自分で解っているから。それじゃ、続きをやりましょ。あまり時間をあけると、私が回復しちゃうし。そしたら、どんどん私の有利になっちゃうよ。それで勝ってもなんか不本意だしね」


「ほう、アテナ様は本当に面白い事を言われるお方ですな。私は一軍人に過ぎませぬゆえ、何も言える立場ではありませんが、個人的な意見としては、やはりカミュウ様の縁談のお相手には、アテナ様のようなお方が相応しいと思いますな」


「ありがとう。それじゃ、続けましょ」



 ブラッドリーも、ファイティングポーズを取った。感覚を研ぎすまして集中。さっきと同じ轍は踏まない。やはりブラッドリーは、スパーリングを再開した刹那、物凄い勢いで距離を詰めてきた。

 

 でも様子見なんてしないで、虚を突いてまたいきなり全力で迫ってくる事は想定済み。なんなら、こちらが虚をついてやる。


 今度は、決して負けないとばかりに私も彼と同じタイミングで前に出た。前傾姿勢。足の親指に、ぐっと力を入れて思い切り踏み込む。



「ぬおおっ!!」


「たああああ!!」



 ブラッドリーは、明らかに動揺を示した。さて、勝負はここからよ――彼の顔が、強張る。



「な、何!? まさか、あなたもこれ程までのフットワークを使えたのか⁉」



 フフフ、驚いてる。私は、手持ちのカードをなんでもホイホイと見せるタイプじゃないの。とっておきは、やっぱりここぞという時まで温存しておかなきゃね。


 そう、私はボクサーになろうと思った事は一度としてないけれど、実はそれなりにボクシングテクニックは使える。師匠にも基本的な事は教わったし、ジャブなどのボクシングテクニックは私の得意な組技と相性が良かったりもするから。


 まるで今まで封印していたものを解いたように、素早いフットワークを見せる。そしてそこから繰り出す最速のパンチ。スウェー、ウィービング、ダッキングにパーリング。的を絞らせないように、微かに頭を左右へ振ってウィービングも見せた。ブラッドリーのパンチは、どれも威力もスピードもあるようには見えるけど、それが私には当たらない。スリッピングのような高等技術も冴え渡る。


 更に防御テクニックのスウェーからのバックステップ。相手のパンチに合わせて後退して避ける技術だけど、さがった分は必ず前に出た。そう、リング中央でブラッドリーと打ち合ってからは、一歩も後退してはいない。


 体格もパワーも彼の圧勝。だけど私は後退はしないし、彼を前にも出させず勢いもつかせなかった。パワーが足りない分は、手数とテクニック、そしてスピードで補う。そうそう、それと気合ね。


 正直言って、彼のパワーはとんでもない。でも、テクニックはどっこいかな。スピードに関しては私の方が上だし、腕の長さも私の方が短い分、彼のパンチをかいくぐった時に得る恩恵は大きかった。ラッシュの回転率は、私の方が圧倒的だから。


 豪雨のようにパンチを連射する。大きく振りかぶったパンチではなく、早く鋭く確実に顎、顎先、鼻など急所を狙った攻撃は、流石のブラッドリーも避けきれなくなってきて、パーリングやガードを多様し始めた。


 カーーーンッ!!


 息もつかせぬ第一ラウンドが終了。互いに対角のコーナーへ向かい、コーナーポストにもたれかかる。



「はあ、はあ、はあ、やりますな、アテナ様。まさかこんなにやるとは、正直面食らっている」


「ぜえ、ぜえ、はあ、はあ。あなたこそね、ブラッドリー・クリーンファルト。さ、流石はパスキア最強の騎士の1人……あの、セリュー王子が連れているパスキア四将軍とかいうのとは、まるで比べ物にならない程凄まじい強さね」


「はあ、はあ。あまり、そういうふうには言わないで頂きたい。いらぬ波風をたてるのは、良い事ではありませんからな」


「はあーーーい。はあ、はあ……ふーーーー、どうにか息が整ってきた。よーーし、まだまだいけるわよ!!」



 あからさまに息を吹き返した様子の私を見て、ブラッドリーは苦笑した。



「本当に驚きを隠せませんな。クラインベルト王国の王女お2人の話は、兼ねてより伺っておりましたが、ドワーフの王国を救った話もいささかオーバーな話になっていると思っておりました。噂というのは、得てしてそういうものでありますからな。ですが、このスパーリングで私は確信しました。あなたは本物だった」


「当たり前でしょ。私は正真正銘アテナ・クラインベルトよ。因みに冒険者としては、現在はアテナ・フリートとして名乗って活動しているけどね。さあ、それじゃそろそろ休憩も終わりよ。第二ラウンドに行きましょうか!」


「フフ、大した王女様ですな。約束は4ラウンド! 私も気を引き締めて、引き続きお相手をさせて頂きましょう!!」


「いいわね!! それじゃ、行くわよ!! さあ、第二ラウンド開始のゴングをお願い!!」


 カーーーンッ!!



 自分で言っておいてなんだけど、エスメラルダ王妃がゴングを鳴らしていた事を咄嗟に思い出して、可笑しくて吹きだしてしまいそうになった。


 もちろん、ブラッドリーとのスパーリングは、気が抜けない。私は直ぐに頭から邪念を振り払うと、ブラッドリーとパンチを打ち合った。

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