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第1086話 『トレーニングルーム その3』



 ブラッドリーは何かを手に取ると、私の方へと放り投げた。


 キャッチすると、それはヘッドギアだった。スパーリングをする際に着用する、頭部を守る防具であり、殴られてもダメージを軽減させる為のトレーニング用アイテム。被るだけでも、いっぱしのボクサーに見える。



「心配しなくても、そのヘッドギアも使用感はあるが、清潔なものです」


「被った方がいいの?」


「怪我をしたくなければ、着用するべきだと思いますが?」


「ふーーん。怪我をしたくなければ……ね。なるほど、それだけ自信があるという訳ね。でも女だからって理由で、ヘリオス・フリートの弟子を舐めると、火傷するかもしれないわよ」



 半分はジョーク。ブラッドリーは、そのジョークを聞いて笑い流した。



「はっはっは。別に舐めてはいませんよ。何と言ってもあなたは、あの伝説級冒険者ヘリオス・フリートのお弟子さんなのですから。ですが――スパーリングをやろうと誘ったのは、この私ではありますが……あなたはクラインベルト王国の王女殿下であらせられますからな。矛盾している事を言っていると解っていても、怪我をされては困るという訳です」


「なるほど。解ったわ、そういう事ね」



 リングに入り、ヘッドギアを装着しようとした。でもパンチンググローブを既に着用しているので、上手く被る事ができないでいると、それを見かねてエスメラルダ王妃が近づいてきた。



「何をしているのです、あなたは」


「な、何をしているのです、あなたは……って、仕方がないでしょ!! こんなパンチンググローブ着けているんだもん!」


「それはグローブを先に一度外してから、ヘッドギアを被るべきでしょう」


「それは、今こうなっているから言える訳で、普通はそのまま被っちゃえってなるでしょ! だってヘッドギアなんて、初めて身につけるし、こんなに硬いってしらなかったんだもん!!」


「その頭は飾りですか? 考えて行動をなさい! あなたはクラインベルト王国の第二王女なのですよ」


「カチーーン! そんなの言われなくても解っていますよ!!」



 顔を合わせると口喧嘩。でも言い合いを続けながらも、私がまたパンチンググローブを外して装着しないでいいように、エスメラルダ王妃は、私にヘッドギアを被せてくれた。


 パスキアに来るまでは、彼女とこんなやり取りをする事もなかった。こっちも嫌っていたし、向こうも私の事を嫌いみたいだったから。


 だから不思議に思った。近づいた時にほのかに香った彼女の匂いは、とてもいい匂いだったから。それがまた意外だった。いつもツンツンしているし、私を見ては目くじらを立てて怒る。いつも機嫌の悪そうな彼女の事だから、きっと胸やけするような臭いを漂わせているかもしれないとも思っていたから。


 でも実際は、いい香りがした。


 エスメラルダ王妃は、私にヘッドギアを被せ終えると、軽く私の頭をパシンと叩き、背を向けた。ブラッドリーを真剣な表情で見つめる。



「これでもクラインベルト王国の王女です。そして、ここへはカミュウ王子との縁談でやってきたのですよ。ブラッドリー、あまり、やりすぎないでください」


「心得ております。少し、腕を合わせてみる程度ですよ、過度なご心配は、無用ですな」



 なに、この2人の雰囲気。やっぱり何か凄く親しげに感じる。それに私、ブラッドリーに相手にならないって思われている? それはそれで、凄く悔しいんですけど! 


 負けられない何か、そういうのが沸々と心の奥底で溢れてくる。この辺も私は師匠譲り……っていうか、姉のモニカもそうだし……この負けず嫌いな感情は、正確にはお母様譲りの性格かもしれない。兎に角、ブラッドリーをなんだかとても、ギャフンと言わせたくなってきた。


 エスメラルダ王妃がリングの外に出ると、私とブラッドリーは向かい合った。彼の手にもパンチンググローブが装着されているけれど、私の着けているものより大きかった。私のは8オンスで、ブラッドリーのは16オンス。男と女じゃ腕力に差があるから、ハンデって事なのかしら。



「それでは、始めよう。エスメラルダ王妃、そこの時計でタイムを計って頂きたい。あと、スパーリングの開始と終わりをゴングを鳴らして教えて頂きたいのですが、お願いできますかな?」


「わかりました。わたくしに任せてください」



 ブラッドリーはニヤリと笑い、ファイティングポーズをとった。私も同じように構えて向き合う。



「これはスパーリングなので、3分4ラウンド。それでいいですかな」


「いいけど、あなたのそのグローブもそうだけど……かなり私にサービスしてくれているみたい。そっちは、ヘッドギアはいいの?」


「心配は、無用。遠慮なく、全力で打ち込んできて頂けますかな。こう見えても私は、このパスキア王国ではトリスタンと同じく最強の騎士と呼ばれている者なので、本気できて頂いて結構」


「そう。それじゃ、遠慮なく行かせてもらうわ」


「それでは、始めますわ。互いにいいですわね」


 カーーーンッ!!



 エスメラルダ王妃が、ゴングを鳴らしてスパーリングが始った。


 まずブラッドリーは、大人の貫禄と余裕で、私の様子をじっくり見ると予想していた。けれどその予想は大外れ。ブラッドリーは、開始のゴングと共に猛烈な勢いで一瞬にして距離を詰めてきた。轟音と共に強烈なパンチを放ってくる。狙いはジャブ、顔面に意識を集中させてのボディー狙い。


 足を止めると、たちまちブラッドリーの強烈なパンチのえじきとなるので、スウェーとパーリングを利用して避けて凌いだ。


 攻撃のほとんどを回避していると、彼の目が一瞬光る。狙いはきっと顔面。大きいのがくる。


 ブラッドリーは素早く踏み込んできて、私の脇腹に小さいフックを打ち込んできた。これは流石にかわせずにガード。衝撃。足が止まった瞬間、ブラッドリーは大きく腕を振りかぶった。来た来た来た、強烈な右ストレートが来る!!


 私の腕力じゃ、このパンチは簡単に防げない。だから威力を後方へ逃がすつもりで、両腕を交差させて、十字受けで彼のパンチを受けようとした。


 しかし顔面に一直線に飛んでくると思われた強烈な右ストレートは、頭部ではなく、なんとボディーに飛んできた。16オンスのグローブが、お腹に突きささる。


 私の身体は、その強烈なパンチの前に強制的にくの時に折り曲げられた。

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