第108話 『三日月刀』
踊り子のような服装の女性。その娘は、最初から何者かに追跡されているのではないかという感じで常時警戒しながら移動していた。
私達が追跡している事に気づいた彼女は、猛スピードで逃げ出した。もちろん私とルキアは彼女を追いかける。そして、王都内でもひとけの無い路地裏の先にある空き地に彼女を追いこんだ。
しかし、彼女はそこで片手に本、もう一方の手に剣を持ち、私たちを迎え撃つような形で待っていた。
「ちょちょちょ……ちょっと待って!! 私達、あなたの購入した本に……」
話し終える前に、彼女は手をこちらに翳して魔法を詠唱しはじめた。
「ちょっと!! 待ってってば!!」
「もしかして魔法ですか⁉ アテナ!」
「喰らえ!! 《爆炎放射》!!」
彼女の手に光が集まり輝き始めると、魔法を唱えると共に炎が放出された。
私は、炎に包まれる前にルキアの手を掴んで魔法攻撃の範囲外へ跳んだ。そこからすぐに身体を切り返して彼女の方へ跳び込む。剣。私は、素早く自分の剣を抜いて、彼女が突き出した剣を弾いた。
「三日月刀か! 火属性魔法に加えて三日月刀まで、使いこなすなんてやるわね。この子、ただの踊り子じゃないみたいよ。気を付けて、ルキア」
「な……なんですかアテナ? シミターって?」
「三日月刀は、剣の名前だよ。湾曲した形状が三日月の形をしているから、三日月刀とも言うんだけど。盗賊たちがよく好んで使用している剣で、割とポピュラーな剣なんだよ……って!!」
ルキアに説明している隙を狙って、彼女は更にシミターで斬りかかってくる。でも、この動き……賊にしては綺麗な動き。喧嘩殺法というよりかは、武芸を学んでいる者の動きだ。
すると、踊り子の衣装に身を包んだ彼女は、私達への攻撃を繰り返しながらもようやく口を開いた。
「このー!! お前たちになんて、捕まりゃしないんだからね!! 返り討ちにしてやるからさー!!」
「いったい何を言っているの! 私はあなたのその本を……って! まったく話を聞いてくれない!」
剣を交える度に間違えないと思える。彼女の剣は荒くれ者の剣じゃなくて、武術を習っている剣。だとしたら何者?
「なかなかやるなー! 女の分際で!」
「あなたも女でしょーが! いい加減、私の話を聞きなさい!」
私が言い返すと彼女は、舌打ちをした。そして、体勢を低くしたかと思うと唐突にこちらに突進してきた。
「やああああ!! これでも、喰らええええ!!」
彼女は、私目掛けて思い切り跳躍して空中で一回転すると、そのままその勢いで剣を上から振りおろしてきた。この一撃は回転力と空中からの彼女の体重が加わっている強力な一撃。
「クレッセントスラッシュ!!」
ギィイイイン!!
私は、もう一振りの剣を抜いて二刀流を使用し、剣を交差させ彼女のその一撃を十字受けで防いだ。跳ね返された彼女は、見事に着地したが私が、渾身の攻撃を防いでみせた事に目を丸くさせて明らかに動揺していた。
「今の私の攻撃を受けきるなんて……あ……あんた、いったい何者だ?」
私は声を荒げて言った。
「だーかーらー!! 私は、あなたのその持っている本に興味があるの!! さっき、イスラさんの書店で会ったでしょ? 私はその本を手に入れたくてあなたのあとをつけたのよ」
そう言うと彼女は、ぽかんとして固まった。だがすぐにもとに戻って、目をパチパチとさせた。後頭部を摩り頭を下げる。
「そうだったんだ。私、完全に勘違いしていたわ。人攫いと間違えました、ごめんなさい」
人さらい? その言葉を聞いて、ルキアが反応する。
「ひ……人さらいってなんですか?」
「とりあえず私の勘違いってことで、まず謝ったけどさ。 一応、まず自己紹介もさせて。私の名前はミシェル。ミシェル・ガン……」
彼女が名乗ろうとした刹那、背後から気配がした。振り向くと、30人程の男たちが現れて私たちを囲んだ。ちょび髭のタキシードの男――
「ついに見つける事ができましたでございますよ! いかな武芸達者なあなた様でも、流石にこの人数相手には敵わないでございますよ! もはや観念していただけますかな? ミシェル・ガンロック王女!」
「おおお王女――――おお!!!!」
クラインベルト王女の私が言うのも、物凄くおかしいかもしれないんだけど、ルキアと共に飛び上がる位、びっくりした。
そう、例えるなら……とある森に生息する梟がびっくりすると、とんでもなく細くなるんだけど、それ位に…………
うーーん。以前ラスラ湖で、近衛兵隊長のゲラルドが唐突に現れて、皆の前で私の事を王女って言ったけど、その時の皆の驚き具合が少しはわかったよ。
「それで……要があるのは、私だけだろ? この子達二人は、関係ないから逃がしてあげてもいいでしょ?」
一番偉そうな、タキシードを着たちょび髭の男が言った。
「それは、無理な話でございますよ。可愛そうでございますが、この娘さん達には死んでもらうでございますよ」
「なんだと? 貴様!! なんてやつらだ! こうなったら、私が全員叩き斬ってやるしかない!」
ミシェルが剣をちょび髭の男に向けると同時に、私も剣を男達に向けた。目で合図すると、ルキアもホルスターからナイフを抜いて構える。
「狙われているのは、私だよ! いいの?」
「ふう。どちらにしても、もう私達も巻き込まれてしまっているようだし、ここは自衛のためにも助太刀するわ」
「そうか。確かに、あんたが助太刀してくれるなら心強い」
「アテナよ。私の名前は、アテナ。そしてその子は、ルキア」
「アテナにルキアか。じゃあ、よろしく頼む!」
「者ども!! かかれー!! っでございますよ!! 他の二人は殺しても構わないでございますが、ミシェル王女は、生かして捕らえろでございますよ!!」
「うおおおお!! かかれええ!!」
男たちが叫び、一斉に襲い掛かって来た。ルキアを中心に、私とミシェルが襲い掛かかってくる男達を次々と斬り倒す。二刀流。片方で敵の剣を受け、もう片方の剣で斬り倒し、突き崩す。
ミシェルも踊り子さながら舞うように、アクロバティックな動きに加えて、三日月刀を振り回して襲い掛かってくる男達を圧倒している。
しかし、ルキアが敵の一人に腕を掴まれた。
「ルキアーー!!」
助けようとした時、ミシェルが男の顔面に見事な上段蹴りを決める。そして、すかさずルキアの手を引いて助け出した。
「ミシェル、ありがとう!」
「それは、こっちのセリフだよ。助太刀してもらっている!」
「くそくそくそー!! 腕の立つ盗賊団だと聞いていたのに、身体がでかいだけで、何にも役に立たないでございますよ!!」
半分以上の敵を倒したところで、ちょび髭の男は一目散に逃げ出した。
私はルキアの無事を確認すると、ミシェルと握手を交わした。
――――――――――――――――――――――――――――――――
〚下記備考欄〛
〇ミシェル・ガンロック 種別:ヒューム
手にはシミター、セクシーな踊り子の衣装を身に纏う女の子。その正体は、ガンロック王国の王女。剣術も得意で、火属性魔法も使える。あれ? 誰かさんと似ている?
〇ちょび髭の男 種別:ヒューム
タキシードにちょび髭という、如何にも貴族のような男。「ございますよ」が口癖で、ミシェルを誘拐しようとしているが、果たして貴族がそんな事をするのだろうか……
〇三日月刀 種別:武器
みかづきとうとも呼ぶ。湾曲した刀のような剣で、盗賊や海賊が好んで使用する武器。
〇クレッセントスラッシュ 種別:剣術
相手を跳び越す程に跳躍し、丁度頭上で回転しながら体重を乗せて剣を振り下ろす強力な空中斬り。
〇十字受け 種別:剣術
二刀流、両手の武器をクロスして、攻撃を防ぐ。実は防御度で言えばかなり強固な防御方法。弱点は、正面からの攻撃を防ぐのに長けているが、側面や背後からの攻撃は受けれないというものがある。
〇爆炎放射 種別:黒魔法
中位の黒魔法。爆発させる魔法ではなく、手の平から爆発により発生する強烈な炎を放つ魔法。低位の魔物ならこの魔法で、こんがり焼ける。




