第1076話 『お料理対決 その9』
「試合に負けて、勝負に勝つとはまさにこのことですね」
ディディエが私に耳打ちをした。
「ふーん、でも嬉しくないな。だってあなたは、モラッタさんにも私にも7点だったでしょ?」
「ドネルケバブは、実に面白い趣向でした。でも惜しい。もう少し、肉を熟成させてあげればもっと味は引き出せました。それに初めておつくりになられたのでは? だとすれば、次はもっと美味しくなります。つまり、まだあれは完成ではない」
なるほど、流石はイーリスのおかかえシェフ。見抜かれていたかー。完成していないものを提供したなら、点数は低くても当たり前。
「それでも勝負は勝っていたのは、事実。あくまで私の個人評価ですが、7点いくつと小数点以上あれば、アテナ王女の点数は僅かに8に足りない位ではありましたから。モラッタ嬢達の点数は7点ぴったりですので」
「そう、ならありがとうって言っておくべきかもしれないわね」
にこりと笑って言うと、ディディエも同じく微笑んで私に返してくれた。
エリック王子によって結果が発表され、第一戦目は私の負けが確定すると、フィリップ王が皆の前に立った。誰しもが次の勝負、その事を発表すると解っていた。
「残念だったな、アテナ王女。じゃが珍しい料理でとても美味であった。余もメアリーも10点を入れさせてもらったが、それでも及ばず残念ではあった。この結果に、異論はないか?」
「評価して頂いて、ありがとうございます、陛下。異論は特に……」
「ちょ待てーーーい!! そんなの、あるに決まってんだろがよおおおお!!」
ダンスホールに響き渡る、他の誰でもないルシエルの叫び声。嘘でしょ、いったいあの子、どういうつもり!? ここは、他国の王宮なんだけど!!
「どう考えてもそっちの王子2人は、アテナの敵じゃんかよ!! 長男もなんかよく解らんがキビシーしよ! そんなの勝負する前から、こっちの負けが決まっているだろーがよ!! なあ、あんたもそう思うよな!!」
ルシエルがそう言って、たまたま同意を求めた隣にいた男性は、なんと外務大臣ロルス・ロイスだった。ロルスなら怒ったりもしないだろうけど、まったくもうあの子はもう……頭をかかえる。
「わ、私は臣下の身分ですので、王や王子がくだされた評価に対して何も言えません。それが適切だと思われます」
「えーー、マジかよーー!! 嘘だ嘘だー!!」
「ですがそれは、勝負をする前から解っていた事。少なくともアテナ王女は、その事を十分に理解していて、この対決を受けられている。それに対しては、私はアテナ王女に対してお見事としか申せません。そしてモラッタ嬢達の料理も絶品でしたが、アテナ王女がおつくりになられたキャンプ飯というのでしょうか……それは今まで味わった事がなく、最高の料理でした。それも間違いがない」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ」
流石は、外務大臣。ロルスの言葉に、ルシエルも言葉を言い返せないでいる。
パチパチパチパチパチ。
フィリップ王が拍手をすると、メアリー王妃も続き、更にこのダンスホールにいるほとんどの者が拍手をした。
「そちらのエルフは、アテナの連れの者じゃったの」
「はい、陛下。ルシエル・アルディノアと申しまして、とても頼りになる私の仲間であり、友達でもあります」
「ほう。ルシエル・アルディノア……アルディノア……ふう、まさかな。同じ姓はあるものよな」
「は?」
「気にしなくてもよい。思い過ごしじゃ。それでこの勝負は、モラッタ達が勝利を収めた訳じゃが、お次はどのような趣向で勝負を繰り広げるのじゃ」
愛する息子、カミュウの縁談相手を決める。それは、このパスキア王国のこの先の大事なものでもあるのに、変わらずまるでお祭りでも楽しむかのように無邪気にそう言ってのけるフィリップ王。メアリー王妃も同じく、微笑んでいる。まあ、私は別にいいけど……
「陛下、よろしいでございますか?」
「ほう、モラッタよ。それで次の対決は何をするか決まったのか? これでそちが勝てば、3人の中からカミュウの縁談相手を決める事になるの」
「ありがたき幸せでございます。それでは、怖れながら申し上げさせてもらいます。次なる対決は、このままこのダンスホールで行わせて頂きたいと思います」
「このまま、このダンスホールでとな」
「はい、おっしゃる通りでございます。お料理対決の次は、ここダンスホールにてダンス対決を行いたいと思いますわ。わたくし達は3人おりますので、アテナ王女にも同じくお料理対決の時のようにお2人、これはというお仲間を選んでいただいた上で、誰か殿方とペアを組んで頂きたく思います」
「ほう、今度は男女ペアでか。なるほど、それは面白そうじゃ」
ダ、ダンス!? そんなの冗談じゃない。姉のモニカなら、得意そうだけど……私はとてもできない。そんなの勝負にもならないし……それにきっと男女ペアで勝負というなら社交ダンスとかでしょ。
私にできるのは、ガンロック王国のガンロックフェスで、ミシェルやエレファと一緒にステージにあがってやった、アイドルバンドみたいなああいうのだけ。あれなら、あの時にルシエルやルキアと一生懸命練習したし、未だに少しはできると思うけど……でも、ここで求められているのはそういうダンスじゃない。
それに男女ペアって……カミュウは、駄目なんでしょ? それならディディエは……女の子だしロルス……
ダンスホールを見回すと、エスメラルダ王妃の後ろに侍っている、弟のエドモンテと鎖鉄球騎士団のゾルバに目がいった。
嫌!! 絶対、あの二人とダンスなんて踊らない!!
「では陛下。次のわたくし達とアテナ王女の対決はダンスで対決。それでよろしいでしょうか?」
「そうじゃな。それじゃ次の勝負は……」
ダンス……それじゃ、絶対勝負にならない……
そう思った刹那、またとてもルシエルがこれ以上ない位の大きな声で吠えた。
「おんどりゃああ、待て待て待てーーーいいい!! 大人しく黙って聞いてりゃ好き勝手決めやがってええええ!!!! そうは、問屋がおろさねーーぞ!! いいか、おめえら、耳をかっぽじってよく聞けーーーいいいい!!」
大人しくもしていないし、黙ってもいなかったよって思ったけれど……この子は、どうあっても黙っていられないみたい。
ハラハラしてないって言ったら嘘になるけれど、これからどうなるかちょっと見ものだったので、暴走するルシエルを止めず、敢えて少し成り行きを見守る事にした。




