第1075話 『お料理対決 その8』
ケバブサンドに焼き鳥。そしてお酒――実は、王族貴族にはあまり馴染のないものかもしれないけれど、ウイスキーを炭酸って割ったこれ、ハイボールは今皆が食しているメニューに凄く適した飲み物で、グイグイいけちゃう。
もちろんエールも合いそうだけど、うーーんって考えてハイボールにした。だってエールは飲んだ事があっても、流石にハイボールなんて飲み物は庶民的だし、王族貴族には珍しい飲み物で、飲んだ事がない人の方が多そうだったから。
そう、ハイボールは庶民的で馴染みのあるお酒だけど、炭酸が豊富に手に入る酒場にしか置いていない。料理のグレードや貴賓さで勝てないなら、インパクトで勝負しかない。
ハイボールは、炭酸水の湧き出る辺りの村とか街とか、そういう所では普通に親しまれて飲まれている。クラインベルト王国にもそういう場所は、いくつもあるしね。まあ私はノエルみたいにお酒飲みじゃないし、それを知ったのも、そういう本を読んでからなんだけどね。知識は力なり、えっへん!
「それじゃ、私からの最後の料理になる3品目は、デザートになります。ルキア、お願い」
「は、はい!」
ルキアと一緒に、用意していた大きな箱を開ける。中から現れたのは、実に美味しそうなアイスクリーム。ケバブで使用したパスキア産の上質な牛肉、それを入手してもらう際に一緒に、牧場からとっても美味しい牛乳も手に入れてもらった。
そしてその後は、お察しの通り。マリンにお願いして、新鮮な牛乳を美味しいアイスクリームにする手伝いをしてもらった。もっと具体的に言うと、アイスクリームの作る事ができるこの箱を、用意してもらっていたと言えばいいのかな。魔法の箱。即席の物だけど、こういうのをマリンは魔法で作れる。
うーーん、ちょっとこれもずるいかもしれないけれど、勝負とは非情なものなのよ。やるからには、全力でいかないといけないし、一応下準備程度は、勝負が始る前に行っていてもいいって聞いていたしね。そうじゃないと、例えば私がヨーグルトやスパイスに漬け置きしたケバブだって、とても勝負時間内には作れないものだしね。集まってくれた皆を長時間待たせるよりも、凄く効率的だし。
でも、作戦は大成功。脂っぽいものを連続で食べた後に食べるアイスクリームは、格別の味だったようで、皆満足してくれた。
一応対決相手の3人にも、私達の作った料理は全て食べてもらった。すると、モラッタさんがこちらへ歩いてきて、悔しそうな顔で言った。
「正直、こんな食べ物は、わたくし達のお口には合わないと思っておりましたわ」
「おりましたわって事は、だけどー……って続くのね」
「そうね、とても美味しいわ。自分でもびっくりする程にね」
モラッタさんの後ろにいる、デカテリーナさんとデリザさんも頷いている。フッフッフ、ほーら美味しいでしょ。
「だけどお生憎様ね」
「え?」
「アテナ様の作ったこのお料理は、とても素晴らしいわ。わたくし達、ケバブや焼き鳥なんてものも初めて食べましたわ。だからとても新鮮。ここに集まってくださったほとんどの方々は、そう思ってらしてよ。でも生憎な事に勝つのは、わたくし達ですわ」
「それはどうかしら。勝負というのは、終わってみるまで解らないんだから」
このお料理対決に関しては、最初はどうせ負けると半分以上は投げ槍になっていた。でもどうせ作るなら、美味しいものを作りたいと思ったし、皆を驚かせて満足させたいって思った。それからは、なんだか楽しくなってきた。だからかもしれない。負けたくない気持ちが湧いてくる。
「それでは、皆の者。ダンスホールに戻ろうぞ。そこで、この料理勝負の結果を発表する」
あらかた配られた物が食べ終わり、フィリップ王がそう言うと、皆ダンスホールへと引き返した。私達も同じ。戻る途中で、ルシエルとクロエ、それにカルビが近寄って来た。
「キシシ、よし、これでオレ達の勝ちだ!! やったな、アテナ!」
「どうかな。モラッタさん達の作ったコース料理もとても素敵だったし」
「だ、大丈夫ですよ。わたしも、アテナさんやノエルさんや、ルキアの作ったお料理が勝っていると思います」
「ありがとう、クロエ」
ワウワウ!!
「あはは、カルビもね。それじゃ、私達もダンスホールへ戻ろう」
全員でダンスホールへと戻ると、フィリップ王とメアリー王妃が皆の前に立った。そしてその前には、私達のお料理対決を評価する審査員が並んだ。エリックやセリュー、ディディエなど王族から貴族、家臣まで舌の肥えた者達が並ぶ。そして結果が出た。
「エリック!」
「はい、父上。それでは、国王に代わりこの私から、この料理対決の結果を発表する。先に言った通り、モラッタ嬢達の採点は100点満点中、97点の高評価だ。これに対し、アテナ王女が勝利する為には、それ以上――つまり98点以上を叩き出さなくてはならない。それでは、発表する。アテナ王女の点数は!!」
息をのむ。
料理を作った私自身、ノエル、ルキアだけでなく、手伝ってくれたルシエルやクロエも例外じゃない。
応援してくれたカルビやイーリスまでもが、緊張していた。もちろん、私の勝利を願っているエスメラルダ王妃やエドモンテ……そしてカミュウも。
「アテナ王女の点数は――」
ダンスホールにいる全員が、エリック王子の発表に注目していた。
最初は投げ捨てるつもりだった一回戦のお料理対決。今は、勝ちたいよねって本心から思って願っている。
「点数は、セリュー王子が5点。ダラビス王子が6点。ディディエ・ボナペティーノが7点!! そしてこの私は8点だった。その他の者は、なんと全員が10点満点!! つまり86点!! このパスキアの王宮にて行われた料理対決にしては、まさに驚きの高得点だった。だが、モラッタ嬢達には一歩及ばずだった。よってこの対決の勝者は、モラッタ嬢、デカテリーナ嬢、デリザ嬢のお三方だ!!」
降り注ぐ拍手。
よくよく考えてみればそう。私を快く思っていないセリューと、そんな兄と仲の良いダラビスは、私に点数を入れてくれる訳もなかった。
でも私達の作った料理を食べてくれた人たちは、満足して微笑んでくれていた。それだけでも、作って良かったと思った。
ドネルケバブに関しては、今日初めて作った訳だし、次は更にもっと美味しく作る事ができるはずだしね。
ってな訳で、この勝敗の結果はどうであれ、甘んじて受けましょう。不思議と心の中では、十分な満足感に浸っていた。




