第1073話 『お料理対決 その6』
下ごしらえは、既に終えていた。
焚火を三つも用意し、そのうちの二つの焚火には鉄製の網を設置し、その前にはノエルが立って準備に入っていた。彼女には、得意分野の料理がある。そう、それは焼き物。
ノエルは、予め一口サイズにカットした鶏肉を串に刺して準備していたものを、次々と直火で焼いていく。手際もいい。
ジュジュジューと脂が滴り落ちて、時折火があがる。ドレスなど正装に身を包んだ令嬢や、ご婦人。そして貴族、王族。この場に集まっている者は、ほとんどがそういう身分でこういう豪快な料理を普段は見る事も味わう事もないので、顔をしかめている。
煙や灰、火が立ち昇り風に流れると、咳き込む者や嫌な顔をする者が続々と出てきた。でも、これでいい。この人たちは、こういう料理には慣れていないだけ。私は新鮮さと、味で勝負するんだから。
「ルキア、皆さんにお飲み物を配ってくれる?」
「は、はい!」
「ちゃんと、陛下からよ。解っているよね?」
「はい、大丈夫です!」
ルキアは、てててと走っていくと中庭の中心に用意してあった大きなテーブルに紙コップを並べた。そしてそこにあるものを、ついでいく。
「おい、ルキア! オレも手伝ってやろうか」
「で、でも」
「紙コップに、これとこれとこれ入れて、ここにいる皆に配るだけだろー? できるよなー、クロエ」
「ええ、飲み物を作るのをわたしがして、配るのをルシエルさんとルキアがしてくれれば」
ワウワウー。
ルシエルとクロエ、それにカルビまでこちらにやってきて言った。そうだね。それ位ならいいかな、手伝ってもらおう。私はルキアに言った。
「フフフ、いいんじゃない。ルキアには、お料理の方も手伝ってもらいたいから」
「解りました。それじゃ、クロエはこっちの準備してある氷を紙コップにそれぞれ入れてください」
実は、ちょっと前にマリンにお願いして作ってもらった魔法の氷。水属性魔法の得意なマリンなら、容易に極めて溶けにくい氷を作りだす事ができるだろうとお願いして作ってもらったのだ。
でも、嫌がる嫌がる。氷属性なんて、水属性の親戚みたいなもんでしょって言ってもマリンは、嫌がった。でもその後に、結局これだけの量を作ってくれた。
ありがとうね、マリン。でもなぜマリンは、どうしてこうも水属性魔法に固執するのだろうかと謎に思う。クロエに一時的に、周囲の地形など見せる魔法を使用したりとか、水属性魔法以外の魔法も使えるのに、極力使おうとはしない。
でもまあ、とりあえず氷は手に入ったし、マリンには素直に感謝かな。
そしてイーリスとディディエさんに言って用意してもらった炭酸水と、極上のウイスキー。それらを使った飲み物を、クロエとルキアにどんどん作ってもらって、ルシエルに提供してもらう。
ほら、早速周囲から声が上がりだしたよ。
「なんだこれは! なんというか、とても喉越し爽やかな飲み物だな」
「美味しいお酒! これはいいわ、ねえあなた、お代わり頂けるかしら」
「こっちもだ、もう一杯おかわりをくれ」
「へいへーーい!! ちょっとまっておくんなましよー!! ほら、ルキア、クロエ! お客さん達がこの酒のお代わりをご所望だ! 急いで次々作ってくれ!」
「え、ええ! ちょ、ちょっと待ってください!」
「慌てなくていいよ、クロエ。ゆっくり作っていいんだからね」
ルシエルとクロエとルキア。あっちは、任せていても問題なさそうね。それじゃ、私は私のやるべき事をする。
「よいしょっと!!」
バサアアッ
『おおおおーーーー!!』
王宮中庭に設置したテントと焚火。更には調理台。
メインディッシュの周りに垂れ幕のようにシートで覆って目隠ししていたんだけど、それを一気に取り払う。敢えて隠していた物が露わになると、中庭に集まっている人達の驚く声に包まれた。
フフフ、驚いている驚いている。料理っていうのは、単に味だけで勝負って訳じゃないしね。それに王宮的でこった物で勝負となれば、私はモラッタさん達には遠く及ばない。ついでにここは、パスキア王国でモラッタさん達のホームでもある。私に勝てる見込みなんて僅かもない。
それならいっそ、そういうお料理対決はやめて、私は自分の得意分野で勝負する。圧倒的なインパクトで挑む。その方が断然、勝率があがると思った。何より面白い!
それで今の今まで隠していて、ここでお目見えさせた料理はこちら!!
焚火にかけてゆっくりじっくりと焼き上げた牛肉。牧畜で健康的に、大事に栄養をたっぷりと与えられて丸々と育ったパスキア産の牛。その肉に特製のタレを満遍なく塗って、ゆっくりじっくり丁寧に焼き上げられたもの。その大きさもさることながら、実に美味しそうに時間をかけて焼き上げられた肉の存在感は、見るものの食欲を極めて激しく刺激する。
「こ、これは美味そうだ!!」
ほら、来た!!
「きっとこのお酒と合うわよ。早く食べてみたいわー!!」
「なんだ、この気持ちは? 私は今、この目の前の極めてワイルドな料理を心待ちにしているのか!?」
「お腹が減ってきましたわー!」
よしよし、ちょっと待ってね。
フィリップ王もこの料理の圧倒的な絵を前に、我慢ができなくなったのか、声をあげる。
「これは美味そうじゃ。アテナよ、もう食べようと思えば食べられるんじゃろ?」
「もちろんです、ちょーっと待ってくださいね。今、切り分けますから」
もう一度、焚火にかかっている牛肉の塊をグルっと回転させると、私は調理台の方へと戻り、とてもよく斬れそうな大型の調理用ナイフを手に取った。手慣れた手付きでくるりと回す。
そしてこんがりと焼けた牛肉の前に立った。ギャラリー一同は、生唾をごくりと呑みこむ。お酒の効果もあって、食欲をそそられている。どうしようもなくなったフィリップ王が、代表をして私に聞いた。
「アテナよ。これから食べさせてくれるこの牛肉の料理は、なんという料理なんじゃ?」
私はニヤリと笑って、今一生懸命に作っている料理の名前を答えた。
「フフフー、これはドネルケバブです!」
「ド……ドネル……ケバブ?」
フィリップ王と、直ぐ隣で耳を傾けていたメアリー王妃も、この料理の名前は聞いた事がないらしく、首を傾げた。
それもそのはず。珍しい料理で、私も作るのは初めて。前に本を読んで知って、一度作ってみたいと思っていたんだよね。
フフフ、こんな時にチャレンジってアレだけど、料理も食事も楽しまないと。