第1072話 『お料理対決 その5』
「素晴らしい味わいです!!」
「デリシャーース!! モラッタ嬢がメインで調理した鴨のコンフィ、デリザ嬢が鯛のカルパッチョ。そしてクリームブリュレをデカテリーナ嬢が作られたそうですが、どれもトレビアーーーンですな!」
「素晴らしい! この料理は、とても素晴らしい! 今日は、帰ったら早速この料理の感動を忘れないように私の人生の記録に書き記しておかねばなるまい!」
「エクセレント! 私はこの料理達に出会う為に生まれてきた! そんな気にさせる味だ!」
審査員達が次々と10点の札をあげる中、ディディエ・ボナペティーノだけは、7点という厳しめの点数を付けていた。
「どれも素晴らしい料理だと思います。また料理は3品しかないというのに、食べる者の事をちゃんと考えてコースになっている。カルパッチョは前菜、コンフュはメイン、クリームブリュレはデザート。素晴らしいとしか言いようがありません」
でもディディエは、口では褒めていても10点ではなく7点を出していた。モラッタさん達は、当然これに意を唱える。
「どういうことですか? それならボナペティーノ様ももっと、わたくし達のお料理を評価してくれてもいいのではなくて!」
「そうですね、ごもっともでございます。ですが7点には、私なりの理由がございます。この料理はとても美味しく、3品しかない中でコースにもなっていて素晴らしい。ですがその反面、面白味がない」
「お、面白味ですって⁉」
「言い方を変えると、遊び心と申しましょうか。正直に申し上げますと、この料理なら私も同じものを作る事ができます。10点満点を私が出すとするのであれば、少なくとも私が作る事ができない料理というのが、一つの条件になります」
モラッタさんは、それを聞くと100点満点に一歩届かずというこの状況に、不満の表情を見せた。でもイーリスの専属コックであるディディエの言葉を認めるしかなかった。
これでモラッタさん達は97点。私が勝つには、98点以上をとるしかない。不安な顔をするルキア。
「アテナ……」
「大丈夫。この一回戦は、そういうのじゃないから」
「そ、そういうのじゃないって……」
「まあまあ、兎に角大丈夫だから心配しないで」
エリック王子が前に進み出て言った。
「モラッタ・タラー、デカテリーナ・ギロント、デリザ・ベール!! 3人が調理した料理は、97点となった!!」
『おおおおおーーーー!!!!』
ディディエの評価はもともと辛口と知られているのか、それを踏まえた上で周囲から驚きの声があがっている風に感じた。高得点である事にも違いはない。
「これにアテナ王女が勝利する為には、98点以上を叩き出すしかない訳だ。かなり厳しい戦いになる訳だが、さてそれでは……今度はアテナ王女側の料理を審査させて頂きましょう!」
エリック王子の言葉を聞いてダンスホールにいる全員が私に注目した。ルシエルが、何か叫んでいるけど他の人の声で聞こえない。きっと、頑張れーとか、いいぞーとかそういう事を叫んでいる。隣にいるクロエやカルビを見ても、特に何か慌てている様子もないし、そんなところだろうなと思った。
「お願いします、アテナ王女!!」
「はい、私の番ですね。それじゃ、皆さん申し訳ないのですが、これからこの王宮の中庭へと移動して頂けますでしょうか。私……いえ、私達が審査員の方々に食べてもらう為にご用意した料理は、そこに用意してあります」
「では中庭に行くとしよう。皆の者、余に続くが良い」
先にフィリップ王に話して許可を頂いていて良かった。中庭へ移動して欲しいと言うと、皆ガヤガヤし始めていた。きっとこの勝負は、ダンスホールで行うって聞いていたのに、これから急遽中庭へと移動する事になったから。とうぜんの反応。
でもフィリップ王には、このことは事前に話して許可をとっていたし、王が行くと言えば皆ついてくる。
こうして私達は、全員でダンスホールから中庭の方へと移動した。
移動した先で、まず最初にエスメラルダ王妃が悲鳴をあげた。他にもガヤガヤと声が広がる。
「ななな、なんなのですか、これは⁉」
「え? なにが?」
「何がじゃないです!! これはなんなのですかと聞いているのです!!」
エスメラルダ王妃は、怒って私達が中庭に準備していたものを指で何度もさした。
「え? キャンプだけど」
「キャ、キャンプ!? あなた、正気なのですか!? 信じられません、ああ……」
「母上ー!! お気を確かに!!」
彼女の質問に答えると、エスメラルダ王妃はフラリとよろめいた。エドモンテが彼女を支えると、私を睨みつけた。
「姉上、おふざけがすぎますぞ! これはどういう事か、簡潔に説明してもらえますか? この勝負は、料理対決であったはずですが!」
「そうね、エドモンテ。確かにこれはお料理対決。だけど対決内容については、始めに料理は3品作って用意しなさいって事と、制限時間しか言われていないわ。ようは何を作ってもいいってことでしょ?」
「それでなぜ、こんな場所にキャンプを設営しているのですか⁉」
「そんなの決まっているじゃない!! 審査員の皆さんだけでなく、私達の対決を見届ける為に集まってくださった皆さんにも、心から楽しんでもらう為にこれを用意したに決まっているでしょ!」
「よ、用意ってなにを!?」
「何をってここまで言って解らないかな、エドモンテ。これはキャンプ飯でしょ!」
「キャ、キャ……はあ!?」
唖然とするエドモンテ。エスメラルダ王妃も、私のこの思い切った料理の選択に、言葉を無くしてしまっている。
だけどこれでいい。これが最善。だって、確かに私は料理する事は好きだし、食べる事も大好きだけど……モラッタさん達が作っていた、ああいう上品で畏まった料理は作れない。
なら、一番得意な分野の料理で勝負する方がいいじゃない。
ディディエのような格式高いコックには、こういう料理は受け入れられないかもしれない。でも重要なのは、私が美味しいと思っている最高の料理を提供すること。
キャンプだって、旅だって冒険だって……そして料理だって、楽しいと思ってやった方が絶対にいいんだから。




