第1070話 『お料理対決 その3』
「あ、諦めるしかないんですか……端から勝てない勝負という事は、私も解りました。でもこのまま、諦めちゃうんですか……」
ルキアが言った。ノエルが、溜息を吐いて私の代わりに答える。
「仕方がないだろ。どうやってもかなわない。デキレースって奴だ。このあたしでも、それは解る」
「そじゃ、これで一本取られちゃうじゃないですか。それでいいんですか?」
「あたしに突っかかるなよ。そういう風にしてきているのは、あの3人とガスプーチンって野郎だろ?」
「だ、だって……」
「とりあえず、こうなったらこんなの負けを受け入れるしかないって猛アピールするしかないな。そうすれば二戦目は、対決方法に対して抗議もできるし、それが通れば勝ちを取りにいける。それが一番だろ?」
「……でも、ノエルはそれで本当にいいんですか?」
「いいってなんだよ。仕方がないって言っているだろ。あたしだって、勝負うんぬんは抜きにして、3人で料理を作ってアテナの対抗馬と勝負するって聞いた時は、ちょっと面白そうだなーって思ったんだ。がっかりしているのは、何もルキアだけじゃないんだぞ」
ノエルにそう言われて、がっくりと力なく肩を落とすルキア。頭の上にある可愛い三角の猫耳も、力なくしおれてしまっている。
ルキアは真っすぐな子だから、悔しい気持ちも解る。でもノエルの気持ちも解るし、その先に最後には勝ちに行こうって意識も感じている。
うーーん、一回戦からこんなに本気で潰しにくるとは、正直思わなかった。ここはもう勝負を捨てて二戦目からに賭けるか、それとも……
「何やってんだーーー!! なんだ、なに萎れちまってんだよ!! 敵チームはもう料理の下ごしらえを始めてっぞー!! はよせんかーーい!!」
「み、皆さん、頑張ってくださーい!! わ、わたし達、応援していますよー!!」
ワウワウーーー!!
離れた場所からルシエルとクロエ、そしてカルビの声援が聞こえた。どう転んでも勝てない一回戦なのだという事にまだ気づかずに、何も知らないで背中を押してくれる。
…………うん。
解ったわよ!! そうね、確かにそうかもしれない。
「ど、どうしたんですか、アテナ?」
「どうするんだ? とりあえず、この勝負は勝てない。適当に何か作って次に賭け……」
私は調理台の横に用意されていたエプロンを手に取ると、それを身に着ける。そして更に手に取って、ルキアとクロエにそれぞれ手渡した。ルキアは驚いて、私を見た。
「どうやっても勝てない。まあ、それは置いておいて、折角皆この場所へ集まってくれているんだから、私達が思う最高の美味しい料理を作ろうよ!」
「ア、アテナ……」
「それはいいが、あれを見てみろ。モラッタ達は、こういう王族が好むような料理を普段から作っているのか、とても手慣れている。まず勝てないぞ」
「それはいいの。折角料理をすることになったんだから、折角だし美味しいものを作りたい。それでよくない? もちろん、二戦目は勝ちに行くけど、これはこれとしてね」
「アテナ!! いいと思います!! そっちの方がとてもいいです!!」
ルキアが嬉しそうにピョンピョンってジャンプした。
「フフフ、だよね。それにね、審査員の中には、私に美味しいものを食べさせてくれたディディエ・ボナペティーノもいるし、審査員ではないけれど、私達のとびきりな料理をイーリスにだって食べさせてあげたいと思わない?」
「はい、思います!」
「アテナがそれでいいなら、あたしは全力を振るうまでだ。ただ、先に言ったがあたしが胸を張って得意げに言えるのは、焼き物だけだからな」
「はいはい、それでいいと思う。ノエルには、それで腕を振るってもらうから」
「そんなんで、審査員の王族達が納得するのか?」
「納得するかどうかは解らないけれど、一番大切な事は、私達が美味しい料理を作ってあげたいという気持ちだと思う。あまり勝てない勝てないって言いたくないから、もう言いたくないけれど……勝てないのなら、勝てないで私達が一番納得できる事をしようよ。相手の思うツボにハマって、ただ俯いているだけじゃ面白くないでしょ?」
「まあ、確かにそうだな。ただもう一つ、なんでアテナのエプロンは青で、ルキアは黄色なのにあたしのはピンクなんだ? 黒とかなかったのか?」
「それは――青は私のトレードカラーだし、黄色はなんとなくかな。ノエルをピンクにしたのは、前に見たノエルの下着の色が……」
「わわ!! 馬鹿、やめろ!! 解った、もう言うな!!」
慌てるノエルを見て、ルキアと大笑いする。こちらが楽しそうな感じなので、離れたところで見ていたルシエルは、また悔しそうにハンカチを噛み始めた。お願いだから、やめて!! そのハンカチ、私のなんだけど!!
ルキアが私に言った。
「それじゃあ、どうしますか。時間はたっぷり4時間近くありますから、なんでも作れそうですけど」
「そうね。でも言った通り、私達が美味しいと思うもので、得意なものを作って皆に振る舞いたいよね。折角なんだしね。すいませーーーんっ、よろしいですか?」
私は、この場を取り仕切っているガスプーチンではなくて、フィリップ王に直接ある事を聞いてみた。
「おお、どうしたのじゃ、王女アテナよ。まだ始まったばかり……まさかもう降参してしまうと言い出す訳ではあるまい?」
「まさかー。でも私達の料理なんですが、ここではちょっと作るのが難しくて」
「ほう、では何が必要なのじゃ」
「陛下、お話が早くて助かります。それでは、私達の調理場ですが、このダンスホールではなくて、王宮の中庭を利用させて頂いてもよろしいですか?」
私の言葉に驚くフィリップ王と、その周りにいる重臣たち。
「おお、それは面白い趣向じゃな。もちろん、許可しよう。調理台や食材など、中庭へ運びこむのであれば、他の者に手伝わせるので申すが良い。そうじゃ! 調理台などの重量のあるものを運んだり、メイドの手が足りなければ、兵士に手伝わせよう」
「ありがとうございます、陛下」
このやり取りを近くで聞いていたエスメラル王妃とエドモンテは、はっとした顔をしてその後にまさかと言う顔をする。フフフ、2人共、なかなか鋭いじゃなーい。そう、そのまさかなのよね。
これから私達がやろうとしている事を、エスメラルダ王妃とエドモンテは、誰よりも先に気が付いていた。私は2人に向けて、満面の笑みを見せてVサインを送った。