第1069話 『お料理対決 その2』
フィリップ王が、決闘開始の合図をすると思っていた。
だけど私達の目の前に出てきて、それを行ったのは、なんとあの胡散臭い宮廷魔導士のガスプーチンだった。
「コホン……それではこれより、我が偉大なる選ばれし血脈を持つパスキアのご令嬢達と、クラインベルト王国第二王女であらせられるアテナ様との対決を行いたいと思います。開始の合図は、不肖ながらこの拙僧めが務めさせて頂きますぞ。それでは、御両者様とも準備はよろしいでありますかな?」
私の隣にはルキアとノエル。向き合う3人のご令嬢達と、バチバチ睨み合って火花を散らす。ルシエルは、自分が選ばれなかった事を悔しそうに、向こうでハンカチを噛みながらクロエやカルビと一緒にいる。ってあのハンカチ、ひょっとして私のじゃない!? ちょっと、やめてーー!
ノエルが目の前の3人の中で、一番……というか、今このダンスホールにいるものの中でトリスタン並みに体格の良い女子、デカテリーナ・ギロントを睨みつけた。
「よーし。あたしの相手は、お前だな」
「デカテリーナ・ギロントだ。小さくて可愛いお嬢さん」
「ほう、そんな似合わないドレスやアクセサリーで着飾っていているが、やっぱりこっちの人間だったか」
「こっちの人間とはなんだ? よく解らないな」
「解っているだろ?」
ボキボキと、拳を鳴らしてみせるノエル。デカテリーナさんはそれを見て、ニヤリと笑う。私は溜息を漏らして言った。
「あのね……これからするのはお料理対決だから。2人共、勘違いしないようにね」
そう言った所から、モラッタさんとデリザさんに視線を向けてわざとらしくニタリと不適に笑う。
「……でもーー、どうしてもっていうのなら、お料理対決じゃなくてこっちで勝負をしてもいいのよ」
腰に吊っている剣の柄に触れてみせた。するとモラッタさんは、自分の髪をサッと払って私が言った事を笑い飛ばした。
「ホホホ、冗談でしょう。ロゴー・ハーオン様とアテナ様がお手合わせしたあの場所に、わたくし達はおりましたからね。勝負するのなら、勝てる見込みのある勝負を申込みますわ。ホホホ、それではガスプーチン様、始めてくださいな」
「よろしい。では、これより両者にはこれだという料理を3品作って頂きますぞ。制限時間は、4時間。今が丁度9時を回りますので、13時決着という事になります。それでは、始めてください!!」
始まった! ガスプーチンは続けて、この場にいる者へ言葉をかける。
「それでは皆様、両者の料理ができあがるまで、まだ4時間もの時がありますにで、一度解散して頂きまして、また13時にこの場所へお集まり頂きくださいますでしょうか!!」
集まった人達の中、その中から1人の女性が声をあげた。
「別にここにいてもいいのでしょ?」
「それはご随意に。なんなら、お酒などのドリンクや食べる物をご用意致しますぞ。ですが勝敗を決める10名の審査員をお務めになる方々は、両者の料理を食べて頂きますので、差支えのないレベルでお願い致します」
「ワッハッハッハ、ガスプーチンは心配性だのー。解っておる。皆、解っておるわ」
フィリップ王は早速、メイドさんにお酒と焼き菓子を運ばせてくると、それに手をつけながらも笑った。ガスプーチンは、特に苦笑いもせずに、深々と頭をさげてそれ以上は何も言わなかった。
――――さてと、それじゃ、早速料理に取り掛からないと!!
ルキアが心配そうな顔をする。
「ど、どうしますか、アテナ」
「そうね、何を作ろうかな。でもルキアもよくお料理を手伝ってくれているし、ノエルはお肉とかお魚を焼くことに関しては自信があるんだもんね」
ノエルは、腕を組むと自信満々に応えた。ルキアは対照的に、やはり心配そうな顔をする。
「フッ、そうだ。ミューリやファムやギブンにも、いつもノエルの焼く肉や魚は最高だと言われたものだ。それにこのあたし自身も、それについてはなかなかのものだと自負している。ちまちました作業は苦手だけど、焼き物は任せろ!」
「アテナ、見てください。向こうのチーム……とても凄いですよ」
ルキアの視線の先、敵チームを見るとモラッタさん達が、物凄い勢いで料理を進めていた。手際がいいし、エプロン姿もよく似合っている。それになんとなくだけど、作っている料理はどれも凄い感じがする。やっぱりあの3人は、料理に対して圧倒的な自信があったんだ。
対して私も料理は確かに得意だけど、どちらかというと庶民的な料理が得意だから……もしかしたら、ディディエさんとか、他の審査員の口には合わないかもしれない。その事に、どうやらルキアも気づいたようだった。
「どうしましょう。あんなお料理、私……とてもできないです。それに、審査員の方々ですけど……そのほとんどがこの国の王族の方ですよね。そういう高級な感じのお料理じゃないと、口に合わないんじゃ……」
「確かにそうね。ルキアの言う通りかもしれない。例えば宮廷料理とか、そういうリッチなものを私達が作れたとしても、そういうのは作りなれていないし、とても勝ち目はないと思う」
「それじゃ、どうしますか?」
私が言う前にノエルが言った。
「どうやら、諦めるしかないな」
確かにどうやっても勝てる気がしない。もう少し真剣に考えていれば……ううん、どちらにしてもこの一戦目は、料理対決という事で、モラッタさん達もガスプーチンも譲らなかったはず。
なら、一戦目は私達の負けは初めから確定していたということ。
でもこの対決は三本勝負。この勝負を捨てたとしても、残り二本で勝てばいい。だけど、なんかとても悔しい気持ちがこみあげてきた。
このまま負けが確定していたとしても、このまま何もしないで終わる。そういう性分ではない自分の事を、私はちゃんと自覚をしていた。だからこそ、余計にそう感じたのかもしれない。




