第1068話 『お料理対決 その1』
ルシエルを見ると、ぐっと両方の拳を強く握ってプルプルと震えていた。
「え? どうしたの、ルシエル?」
「ちっきしょー!! あのツルツルのおっさんめ、いいところを全部持っていきやがった!! この場は、アテナとあの三姉妹が主役だろーが!!」
「あんたねー。お願いだから、そういう事を言わないでね。ここはクラインベルトじゃないんだから。あと、モラッタさん達は姉妹じゃないからね」
「え? そうなの? ああ、そうだったそうだった。姉妹じゃなかったんだっけか? あははは」
まったくもう、大丈夫なのかしら。お願いだから、大人しくしておいてね。ここは、冒険者ギルドでも酒場でもなく、王宮なんだからね。
セリューとの騒ぎが収まった所で、フィリップ王がイーリスに言った。
「それでは、イーリスよ。そなたは、アテナ王女の側に味方するということか」
「そう言うと、少し語弊がありますわね。わたくしは、パスキアの王女でありますし、その事はちゃんと自覚もしていますから、常にこの国の事を考えておりますわ。ですからアテナお姉様を支持したいというわたくしの気持ちとは、ただ純粋にアテナお姉様の事が気に入ってしまったから。そう申し上げさせてもらっただけのこと。個人的な事ですわ」
「ふむ。つまりは、アテナ王女が気に入ったから、贔屓にしておるという事か」
ドレスの端を摘まみ上げ、その通りですとおじぎをしてみせるイーリス。
「はっはっは。なるほど、そうかそうか。なら別にいいではないか、のうセリュー。王女としてではなく、個人的な気持ちというなら、どうしようもないではないか」
まだ納得がいかないのか、王とも目を合わせず返事をしないセリュー。こりゃ、完全に私の敵側になっちゃったかも。セリューの隣の王子、そう第一王子のエリックがフィリップ王に言った。
「父上。とりあえずこの位にして、そろそろ始めませんか。正直申しまして、私には、これは単なる余興に見えます。ですが、それでもカミュウの縁談相手を決める大切な場でもある……というのは、理解していますがね。正直に言わせて頂きますが、私も多忙であります。大切な弟の縁談……それにクラインベルト王国からわざわざエスメラルダ王妃に、エドモンテ王子、アテナ王女にまでご足労頂いておりますのでこうして都合をつけて、集まっておりますが……できれば……」
「わかった、わかった、エリックよ。そう厳しい事を申すでないわ。それでは、始めるとしよう。タラー伯爵の娘、モラッタよ!!」
「はいっ!!」
「これより我が息子、カミュウとの縁談相手の座を賭けて、クラインベルト王国第二王女アテナとの決闘を始めよ。この場にいる者達全員が、この勝負を見届けることを約束しよう。さあ、始めよ」
「はい、ありがとうございます。それでは!!」
フィリップ王とメアリー王妃に跪いていたモラッタさん、デカテリーナさん、デリザさんの3人は、立ち上がるとこちらを振り向いた。私を睨みつける。
「それでは勝負と参りましょうか、アテナ様」
「いいわよ、受けて立ちましょう。それで、最初の勝負だけど、お料理対決! それでいいって事ね」
「そういう事ですわ。あちらをご覧ください」
この場に集まった大勢の人達が、ダンスホール中央にある料理代に一斉に注目する。
この人達、本当に私達の勝負を楽しみにしているんだわ。それに対して、私の気持ちは少し冷めていた。だってここにいる者のほとんどは、セリュー王子やガスプーチン側の人達って感じが明らかにするから。モラッタさん達が勝ち、私達が尻尾をまいてクラインベルトへ帰る事に期待をしている。
…………ガスプーチンが王や他の人達にも何か変な事を吹き込んでいるのかもしれないけれど、パスキア王国は外交そのものを軽視しているのかもしれない。
昔、私や姉のモニカがまだ幼かった頃に、お父様やお母様と一緒にこのパスキアには来たことがある。そして良くしてもらった記憶がある。お父様やお母様も、この国の待遇に感謝をしていたようだし……
つまり、あれからパスキア王国は変わってしまったという事だろうか。あの時のように、王子や王女は幼くはない。大人になればなるほど、子供達は力が強くなるし、色々な考えを持ち主張をする。ドワーフの王国で、ガラハッド王の息子、ガラードがクーデターまがいの事を起こしたけれど、その時の事を思い出す。
フィリップ王や、メアリー王妃は自分の考えを強く持ち、他の者へ対して大きく道を示していく……というタイプではないし、ガスプーチンへの対応を見ても、考えが他者に流されやすい感じがする。だからやっぱりパスキア王国は、私達も知らない間に大きく変わっているのかもしれないと思った。
「まずは、お料理対決!! わたくし達、アテナ王女それぞれで、これはというお料理を3品作ってその評価を競います。審査員は、あちらにいらっしゃいます10名!!」
モラッタさんがそう言って指した先には、フィリップ王、メアリー王妃、エリック、ミネロッサ、メリッサ、そして他に知った顔では、イーリスの専属料理人のディディエ・ボナペティーノがいた。
セリュー、ダラビス、イーリスが審査員にいないのは、セリュー、ダラビスがモラッタさん達を支持しており、イーリスが私達を支持しているからだと思った。でもそれじゃあ、イーリスの専属料理人であるディディエはいいのだろうか……そう思ったけれど、きっと彼女はとても公平な性格だからいいのだろうと思った。
モラッタさんが続ける。
「それでは、決闘を始めましょう。最初のお料理勝負は、3体3で行いますから、アテナ王女もお手伝いをして頂ける方を2名お決めください」
早速仕掛けてきた。ルシエルが待ってましたとばかりに、跳躍して皆の前に舞い降りた。
私は、自信満々に仲間の名前をあげた。
「それじゃ、お料理対決!! 私と一緒に戦ってくれるのは、ルキアとノエルよ!!」
派手にズッコケるルシエルと、驚くルキアとノエル。
「よろしくね、2人共!」
「私、頑張ります!!」
「先に言っておくが、あたしが得意なのは肉を焼いたり魚を焼いたりだからな! それは、それなりの定評がある」
「うん、大丈夫だから心配しないで!」
私はノエルとルキアと並んで、モラッタ、デカテリーナ、デリザと向かい合い火花を散らした。
その後ろでは、ルシエルが「自分が選ばれると思っていたのにーー」っ、とか言って駄々をこねていた。でも全員の注目は、そんなルシエルを素通りして私達に集まっていた。




