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第1067話 『忠義の騎士』



 時計の針は、7時30分を回った。モラッタさんとの対決は、8時から。イーリスは立ち上がり、手を叩いた。室内にいるメイドさん2人が、部屋の扉を開けてどうぞこちらへと指し示す。



「さあ、時間ですわね。アテナお姉様とモラッタさん達との決闘場……いざダンスホールへと向かいましょうか」


「そうね、もうこんな時間だし。それじゃ、行こう!」


「おう!!」



 ルシエルが声をあげて立ち上がり、私に続くとルキア、ノエル、クロエ、カルビも同じように一緒に部屋を出てイーリスの案内のもと、ダンスホールへと向かった。


 ダンスホールは、イーリスが言っていたように、私達が先ほどまでいた部屋から近い場所にあった。部屋の前に着くと、ざわざわと中から沢山の声が聞こえる。談話。もう皆、私達の対決を見届ける為に……ううん、そうじゃないわ。観戦する為に集まってきている。


 メイドさんによって扉が開かれ、ダンスホールへと案内された。歓声。私の登場に、ダンスホールに集まっている何十人って人達が拍手をする。その中には、フィリップ王やメアリー王妃は当然の事、エスメラルダ王妃やエドモンテも既に紛れていた。


 そしてダンスホール中央には、最初の対決で使用されると思われる調理台や調理道具、そして食材が準備されている。更に、その場にいる3人の女性。モラッタさん、デカテリーナさん、デリザさん。私の方をじっと見て、既に勝ち誇った表情で薄ら笑いを浮かべている。


 ダンスホールに集まっている人達の注目が私に集中しているので、何か喋らなくちゃいけないと思った。それで何か言おうとすると、先にイーリスが前に出て言った。



「さて皆様、本日はお忙しい中、この場へお集まり頂きまして感謝致しますわ。イーリス・パスキアでございます。後で何か変な誤解が起きても困りますので、先にこの場で宣言致しておきたく思います」



 え? 何を? いきなりのイーリスの宣言というセリフに、彼女の両親であるフィリップ王やメアリー王妃も驚いている。



「宣言致します。わたくしは、この偉大なるパスキア王国の第三王女としても、イーリス個人としましても、ここにいるクラインベルト王国第二王女、アテナ様を全面的に支持致します」



 えええ!! そんな事、こんな公の場で言っちゃっていいの? 私の事を快く思っていないセリュー王子や、その配下のパスキア四将軍、更に宮廷魔導士のガスプーチンと関係がこじれるんじゃないの……って心配をしてしまう。なぜならイーリスは、本当にいい子だったから。私の為に彼女が窮地に立たされるような事は、絶対望まない。


 それに私自身は、この件が終わったらカミュウとの縁談を白紙に戻して、再び元のおきらくごくらくキャンプ生活……冒険者に戻るつもりだから……とても複雑。


 一応、さっきの部屋では、イーリスに私の本当の気持ちを話してはおいたつもりだけど、彼女は変わらずにこやかで頷いているだけだった。ちゃんと伝わっているのかが不安。


 直ぐ後ろにいるノエルが、しっかりしろと言った感じで背中をつついてきた。不意打ちだったので驚いて、思わず声をあげそうになったけれど、同時に彼女に感謝もした。そうよね、今は勝負に集中しなきゃだよね。


 集まっているパスキアの王族達。その中から、第二王子のセリューと第三王子のダラビスが前に出ると、実の妹であるイーリスを睨みつけた。



「ほう、イーリス。我が愛する妹よ。お前は、実の兄に歯向かうというのだな?」


「歯向かう? まあ、そう受けとられてしまったとしても、仕方のない事かもしれないですわね。今日行われる、アテナお姉様とモラッタ嬢達との対決は、どちらがカミュウお兄様の縁談相手に相応しいか。それを決めるというものでしょう? ならセリューお兄様がモラッタさん達を支持しているように、わたくしがアテナお姉様を支持するのも別に問題にならないと思いますけど」


「妹ならば、兄に従うものではないのか?」


「国事であれば、そういう事はあるのかもしれませんわ」


「これは国事だ、イーリスよ。我が一族は、遥か昔に邪悪な魔王を倒した選ばれし者なのだ。勇者と行動を共にし、悪しき魔族と戦った者の血脈を受け継いでいるのだ。モラッタ嬢やデカテリーナ嬢、それにデリザ嬢は、パスキア王国の者だ。生まれも育ちも生粋のな。対してクランベルト王家には、そのような伝承はない。我が一族が結ばれるべきなのは、我が一族と同じく遥か昔に活躍し、伝説を残すような選ばれし者の血脈、それか同じパスキア王国の者であるべきだと思わないか?」



 セリューの言葉を聞いて、イーリスは高らかに笑った。まるで、セリューがこのセリフを言い出すのを待っていたかのように。彼女は、この場に集まった者達をもう一度見渡すと、自分に注目を集めた。そして言葉を返した。



「その考えこそ、我がパスキアの王子である者として、あやういと感じますわ」


「なに? 私の考えがあやういと?」



 ざわざわと周囲から声が聞こえる。



「だってその考え、宮廷魔導士ガスプーチンの考えそのもの……いえ、違いますわね。むしろ、あのドルガンド帝国と同じ考えのようですもの」



 ドルガンド帝国。その国の名をイーリスが口にすると、周囲のざわめきは更に大きくなった。セリューの目つきも変わる。実の妹を激しく睨みつける。



「少し言い過ぎていましたら、あやまりますわ、セリューお兄様。ですがドルガンド帝国は、完全民族至上主義の国。今のセリューお兄様の(げん)、それに近い……いえ、少なくともわたくしには同じに聞こえましたから」


「イーリス……お前」



 セリューは、怒りの表情でイーリスに迫った。この場にいる誰もが、イーリスはセリューにぶたれるかもしれないと思った。


 どうしよう、助けに入るべきかどうか。よそ様の王家の事だし、私が割って入っても余計に火に油になるかも。でもイーリスは私を支持すると言ってくれたし、彼女がぶたれるのを黙ってじっと見ていたくはない。


 こうなったら……身体が勝手に動いちゃった、てへぺろり。ごめんなさいって言って間に入ってしまおうとした。でも私よりも先に、スキンヘッドの大男がセリューとイーリスの間に入った。セリューが、そのスキンヘッドの大男に怒りをぶつける。



「なんだ貴様!! どういうつもりだ!! どけ!!」


「どけませんな。どけば、殿下は間違えなく後悔を致しますぞ!」


「後悔? まさか、お前が私を斬るとかそういう事ではあるまいな。トリスタン!!」



 え? トリスタン!? この人が!?


 まさかの展開に、スキンヘッドの男を二度見する。まさか、この人がパスキア王国の双璧と言われる、トリスタン・ストラムだったなんて。彼とは既に面識はあるけれど、その時の彼はフルプレートメイルで兜も被っていたから顔は見ていなかった。



「いいえ、違います。私が言ったのは、殿下が最愛の妹君であらせられるイーリス様に、手をあげてしまった事。その事実。それを必ず、後悔すると申し上げたのでございますぞ。私には、全て解っております!」


「な、何がだ!?」


「殿下はイーリス様を、そして国王陛下、王妃様、ご兄弟を愛しておられるのでしょう? 今の殿下の行動も、だからこそ理解できます。だからこそ我ら家臣一同は、そんな誇り高い方々が統べるパスキアに、身命を捧げる事ができるのです! 愛する妹君(いもうとぎみ)に手をあげては、なりませんぞ!」



 これはお見事……というべきかな。


 パスキアの王族や重臣が大勢多く集まるこの場で、パスキア最強の騎士の1人にここまで言われれば引き下がるしかない。


 セリューは、ぐっとこらえる仕草を見せると、くるりと振り返りもといた場所へ戻った。成り行きを少しはなれた位置で見ていた第三王子のダラビスも、同じように戻る。


 事が収まったのを見て、トリスタン・ストラムは、フィリップ王に跪いて王子と王女の間に割って入った事を詫びた。すると周囲から拍手。フィリップ王とメアリー王妃も、彼に「この場を見事に収めてくれた事に感謝するぞ」と言って拍手を贈った。


 なかなかやるね、トリスタン・ストラム。クラインベルトにも、ゲラルドやアシュワルドがいるように、パスキアにもトリスタンやブラッドリーのような人がいるのね。

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