第1063話 『ビフテキ その2』
ジュジュジュ――!!
店主が肉を焼き始めた所で、その焼き加減を聞いてきた。フフン、なるほど、ここで聞いてくるのか。
これは、別に店主が私に肉の焼き加減を聞き忘れていて、慌てて聞いてきた訳ではない。でも普通のお店なら、オーダーを通す所で聞いてきたりするわけで……つまりこれは、このお店のスタイルという事になる。こだわり。
調理もこのカウンターの客席から一連を見る事ができるし、調理の段階でお客さんと店主のこういうやり取りが、また楽しかったりする。うん、なかなかこだわりのあるお店だね。
クラインベルトの王都にも、こういうお店があるかもしれないけど、あったらいいなって思ってしまう。
さて、どうしようかなー。考えていると、カミュウが慌てた声をあげた。
「アテナ、迷っていると、肉が焼き上がっちゃうよ」
「そうね。カミュウは決めたの?」
「僕は、ミディアムで」
「かしこまりました。お嬢さんは?」
「えっと、そうね。それじゃ、私は店主のおすすめで」
「かしこまりました。うちの肉はパスキア産高級肉を使用してましてね。とても美味しいブランド牛なので、個人的にはレアがおすすめなのですが……苦手な方もいるので、ミディアムレアにしよう。いいですか?」
「はい、それでお願いします」
店主は肉を手早く手慣れた手つきで焼く。そしてその隣の空いた鉄板で、ポテトやブロッコリー、ニンジン、モヤシなど野菜を焼いた。
ガチャッ
「いらっしゃい。お好きなお席へどうぞ」
冒険者風の2人組み、更にその後ろからカップルが入ってきた。さっきまで貸し切り状態だったけれど、お客さんがあっという間に増える。更にお1人様のお客さんも入ってきた。一気に店も店主が忙しくなる。でも最初にオーダーを通したのは私達。目の前に、注文したものが並べられた。
「うわーー、美味しそう!!」
他のお客さんも私の800グラム、サーロインステーキを見ては驚いて、また見る。二度見。凄いボリューム。だけどこの位なら、ぜんぜん食べられるもんね。
「アテナ、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。でも私が食いしん坊なのは、王様や王妃様には内緒だからね」
「なぜ?」
「恥ずかしいからに決まっているでしょ」
「イーリスには?」
「イーリスにも駄目」
カミュウと笑い合う。そしてナイフとフォークを手に取ると、いざ肉厚の凄いサーロインステーキを切った。
凄くジューシーで弾力があるように見えるけれど、ナイフを当てるとサクリと切り分けられる。丁度いい大きさにカットすると、それを口の中へと放り込んだ。噛む。すると口の中に牛さんの旨味が、広がっていく。
「ううーーーん、美味しい!! ブラックバイソンとかそういうお肉もいいけど、こういう牧畜でしっかり美味しくなるように管理された牛さんのお肉も最高よね。これは、とんでもなく美味しいわ」
「うん、確かにこれは美味だ」
カミュウと揃って、夢中になって最高級の牛肉を味わう。ライスと一緒に食べると、もうなんていうか至福の時間。次の瞬間、カミュウが私のサーロインステーキに目をやったのに気づいた。
私はまた食べやすいようにナイフで切り分けると、フォークで一切れ刺してカミュウの目の前に運んだ。
「え?」
「サーロイン、凄く美味しいよ。ちょっと食べてみて」
「た、食べてみてって……」
「はい、あーーーん」
「あーーーん」
カミュウが口を開けたので、肉を食べさせてあげた。カミュウは物凄く恥ずかしそうにしたけれど、今の彼は彼女に変装をしている。傍から見ても、まずカップルとかには見えないし、仲の良い姉妹とかそういうのに見えているかもしれない。
「どう、美味しいでしょう?」
「うん、美味しい。うっ……」
カミュウの口の周りが汚れていたので、お店で出してくれたおしぼりで拭いてあげた。そしてカミュウが食べているヒレステーキに目を向ける。うーーん、ヒレステーキも美味しそう!
「ははは、良かったら僕のも味見してみる?」
「え、いいの?」
「最初から、そのつもりだったでしょ?」
「あちゃーー、バレてたかーー。まいったなー、あははは」
カミュウと大笑いする。
カミュウのヒレステーキにフォークを伸ばそうとすると、彼は一切れ取ってそれを私がやったように差し出してきた。そう、私の顔の前に。
「はい、あーーーん」
「あーーーん」
私はカミュウの事が好きになった。でもそれは、異性としてではなくて人として……また彼の見た目がとても可愛い女の子のように見えるから安心していたのかもしれないけれど、このやりとりはちょっとだけ軽率だったかもしれないと反省をした。
そう言えば、すっかりモラッタさんとの対決、負けられなーいとかそんな事ばかりに意識がいってしまっていて、自分がなぜその対決を受ける事になったとか、当初の目的というか、そういう事を忘れてしまっていた。
そう、私はこの今、目前にいるカミュウとの縁談の為に、この地へやってきたんだった。
カミュウだって、私のような女の子……冷静に考え直せばきっと本当は、結婚したいとは思わないと思う。
「ア、アテナ!! 本当に凄いね、君は!」
「え? 何が?」
気が付くと、800グラムのサーロインステーキ、それにライス大盛にサラダなど、注文したものは全て平らげてしまっていた。だからちょっと、お腹が膨らんでしまっている。すこーしだけど、苦しいかも。
「いやー、美味しかった。それじゃ、お腹もいっぱいになったし、そろそろ王宮に戻ろうか? すいません、おあいそお願いします」
「どうも、ありがとうございました。お口に合った?」
「最高でした。また食べに来たいです。っていうか、来ます!」
にこりと笑う店主。笑顔が素敵。
「アテナ、ここは僕は出すから!」
「いいから、いいから。もうお支払い済ませちゃったし、出ましょう」
「そんな……もとはと言えば、僕が誘ったのに」
「え、そう? 私の方が誘ったんじゃ……って、いいのいいの、こうして美味しいものを食べられたんだから。ここは、私に任せて」
お腹が満たされると、心も満たされる。今の私は、菩薩の境地に至っているかもしれないと思った。まあ、それはお腹が満たされている間だけと言ってしまえば、身も蓋もないかもしれないけどね。あはは。




