第1062話 『ビフテキ その1』
少しだけ見るつもりだったのに、なんだかガッツリと見ちゃった。だって、大好きお店なんだもん。仕方ないよねー。
キャンプ専門店を出ると、カミュウに言った。
「ごめんなさい、なんか楽しくて時間を忘れて見ちゃってた」
「でも何も買わなかったね」
「うん、いくつか欲しいなーって思う商品は見つけたんだけど、今買っても嵩張るからね。この国を出る時に、また寄らせてもらって買い揃えようかな」
「この国を出る時に……」
「うん」
カミュウと、再び王宮の方へと足を向けた。また通りに出て歩いていると、カミュウが声をあげた。
「ああ、そうだ!」
「え? なになに?」
「僕達、まだお昼ご飯を食べてない!!」
「そ、そう言えばそうだね。どうする? 王宮に帰って、ディディエか誰かに美味しいものを作ってもらう?」
目線を反らして、これ見よがしにもじもじとするカミュウ。もしかして、このまま何処かへ寄り道して食べていきたい……そんな感じがした。
「…………」
「えっと……でも、あれかなー。あそこに見えるお店、何か美味しいものがあるかも。ちょっとあそこに寄ってみるのも悪くないかもしれない」
「え? あ、うん」
街で食べて帰る流れになると、カミュウの顔に笑顔が灯った。
確かに、最初はちょっと縁談なんてーーって思ってブルーになってはいたけれど、よく考えてみればここは外国、パスキア王国なんだもんね。もっとこの国の文化を楽しまなくちゃ損だよね。それにしては、食文化ばかりに偏りがあるかもだけど、それはそれでご愛敬だよね。
なんとなく入ってみたい。そう思った店の前まで辿り着くと、カミュウと並んで一緒に看板を見た。
「ビフテキのお店ね。いい感じかも」
「ビ、ビフテキってなに?」
「え? ビフテキを知らないの?」
「う、うん、知らないんだ。このお店は新しくできたお店だし……以前は、ここにショットバーが入っていたと思う」
「そうなんだ。でも、お店の年季は前のショットバーから譲り受けているって感じでいいよね」
「ね、年季を譲りうけている? そう言えば、お店の入口というか……看板がビフテキって書かれた新しいものに変わっているだけで、他は全く変わってないかもしれない」
「それじゃ、入ってみよう」
「ちょっと待って、アテナ。それでビフテキって?」
「あはは、ビフテキはビーフステーキの事だよ」
「ビーフステーキ……ビフテキ……あっ、なるほど」
「パスキアでは、あまり聞きなれない? まあクラインベルト王国でも、ビフテキ表記のお店は珍しいけど。それじゃ、ここで突っ立っていても仕方ないし、ビフテキのお店って解った辺りから、なんだか急にお腹が減ってきちゃったし、入ろうよ」
「う、うん。そうだね」
私はカミュウの手を握ると、お店の中へと入った。
「いらっしゃい。お好きなお席へどうぞ」
お店の中は、とても落ち着いたシックな感じで、客席はカウンターだけだった。なるほど、以前ここのお店はショットバーだったんだよね。これは、居抜き物件だな。しかもきっと、ほとんど手を加えていない。
店内を見回すと、私達以外のお客さんは入っていなかった。適当にカミュウと並んで席に座る。メニューを手に取った。
「うわーー!! 何にしようかなーー」
「ここは、ビーフステーキの専門店だよね」
「そうね。でもこれ、メニューを見て。サーロインにするかヒレにするか、サイコロなんてのもあるし……悩むね。どうしよっかなー」
ルシエルやノエル、マリンなら、きっと当然サーロインをいくんだろうな。よーーしっ!
「私は決めた! カミュウは?」
「うん、決めたよ」
「それじゃ……すいませーん、オーダーいいですか?」
「はーい、どうぞ」
お店の中には、カウンターの向こう側にいる男性1人しかいなかった。だから一目でその人がこのお店の店主だと解った。私はメニューを指でなぞりながら、店主に注文を伝える。
「えっと、それじゃ私はこのサーロインステーキで、800グラム!!」
「は、800グラムだって!?」
注文を聞いて、恐れおののくカミュウ。だってお腹が減っているんだもん。
「あははは、いつもはもう少しセーブするんだけど、ほらこれ。800グラムまで注文できるみたいだから。きっとこのお店の雰囲気からしても、とても美味しいお肉が登場すると私は睨んでいるし」
「それはいいけど、そんなの全部食べられるの?」
「食べられるかどうかと言うのなら、食べられる。なんせ、お腹がペッコペコだからね」
本当に完食できるのかと不安な顔をするカミュウに対して、にこりと笑ってブイサインを作る。私は店主に、注文を続けた。
「それで、このセット。ライスとサラダとドリンクがついてくるみたいだけど、ライスは大盛ってできますか?」
私の発言に今度は、店主が驚く。
「そ、それはもちろんできるが……お嬢ちゃん、本当に全部食べられるのかね? うちのは、味に関しては最高だと自負しているが、それでもかなりの量になるよ」
「大丈夫です。ちゃんと食べますし、心配しなくても残したりしないですから」
「わ、解った。それじゃ、ドリンクはどうしますか?」
「アイスコーヒーでお願いします。カミュウは?」
「え? あ、うん。このヒレステーキ150グラムにしよう。それと僕も同じセットで。ドリンクは、何かジュースとかあるかな?」
「オレンジジュース、グレープフルーツジュース、バナナジュースは出せるかな」
「それじゃ、バナナジュースで」
「かしこまりました。それじゃ、少々お待ちください」
店主はそう言うと、いそいそと私達が注文したものを作る準備をし始めた。
目の前の鉄板。火を入れる。そしてメインの肉と、ポテトやブロッコリー、ニンジン、モヤシを食材置き場から取り出した。
ふーーん、サラダの他にステーキの付け合わせでこんなにも野菜があるなんて、ラッキー。これはほんと、いいお店を見つけたかもしれない。
店主が分厚い肉を目の前に持ってきた。私に見せる。素晴らしいです。800グラム。思わず、私もカミュウも声をあげてしまった。
ジュジュジュ――!!
「それじゃ、お客さん。肉を焼き始めます。焼き加減はどうしますか?」
おおーー、ちゃんと聞いてくれるんだ。そう言えば考えていなかったな。どうしよっか。




