第1057話 『たまたま?』
誰も気兼ねしないで入れるような庶民的な酒場。そこの丸テーブルに集まっている皆は、カミュウに視線を集中させていた。
まさかこんな所にパスキア王国の王子であり、私の縁談相手でもある人がいる。更にそのカミュウの事を、あれこれと言っちゃったなーっていうのもあって、口をパクパクとさせて未だ言葉を発す事ができないルシエル。
代わりにルキアが切り出した。
「はは、は、初めまして。わ、私はアテナと一緒に冒険者をしています、ルキア・オールヴィーと申します」
「あたしは、ノエル・ジュエルズだ。テーブルの下でミルクを飲んでいるのが、使い魔のカルビ。そしてこの隣でどういう訳か、アヘ顔しているエルフがルシエル・アルディノアだ」
「アへ顔ってゆーーなっ!! だれがアヘ顔だ、誰が!! 驚いてんだよ!! そもそもアへってなんだよ、アへって!! まったくもー!!」
「ああ、そうだった。すまんすまん」
「てんめー、ノエル! わざと言いよってからにー! よりにもよって、パスキアの王子様の前でオレを辱めよったなー!」
「辱め? 別にいいだろ、コメディアンなんだから」
「ちがーわい!! 冒険者!! 冒険者だっし、クラスは【アーチャー】だよ!! 誰がコメディアンなんだよ!! まーーた、馬鹿にしよってからにーー」
「フッ」
「くそ、今笑いよったな!! ノエルめ、後で覚えてろよー」
「嫌だ。そんなのいちいち覚えていられるか」
「このちんちくりんがーー!!」
まーた取っ組み合いを始めるルシエルとノエル。しかも器用にも座ったままで。本当に、この二人は仲がいいんだか悪いんだか。
でもカミュウが、フードをとって素顔見せると皆、また彼に視線を集中させた。
「ぼ、僕はカミュウ・パスキア。この国の第四王子で、僕の両親……つまりフィリップ王とメアリー王妃の間に生まれた7人の子供達の中では、下から2番目の子供だ。そしてここにいる、クラインベルト第二王女アテナの……」
カミュウは、チラリと私の方を見た。
「大丈夫。皆、私がクラインベルト王国の第二王女である事も、普段は冒険者を生業としている事も、趣味がキャンプって事も全部知っているから。でも声のボリュームは、そのまま小さくね。私やあなたの事が、他のお客さんに聞こえでもしたら大変な事になるから」
「う、うん。えっと……そうだね。そう、僕はここにいるアテナの縁談相手だ」
ルキアはカミュウを見つめた後、私に恐る恐る尋ねる。
「あ、あの」
「ん? なーに?」
「この方は、本当にこの国の王子様なんですか?」
「え? 今、本人がそう自己紹介したじゃない。カミュウは、紛れもなくこの国の王子様で、私の縁談相手よ」
「そ、そうですか。でも……」
「でも?」
もう一度、カミュウを見るルキア。
「どう見ても、女の子にしか見えません。可愛い女の子……本当に王子様なんですか?」
「あはは……そうだよね。確かにそう見えるけど、彼は間違いなく王子様よ。男の子」
ルキアはカミュウをまた見た。するとカミュウは、「本当だ、僕は男だ」と言った。そして今、女の子の格好をしているのは、王宮をこっそりと抜け出してきたから、他の者に知られないように変装している事ももう一度説明する。
すると今度は、ルシエルが私の方へ乗り出してきて言った。
「正気か? どう見ても、女の子だろ? もしかして、アテナはオレ達をからかっているのか? サプライズか、サプライズなのか?」
「違うわよ、本当にカミュウは王子様よ。ちゃんと、男だし。ほら見て、胸だってないでしょ!!」
そう言ってカミュウを指さす。顔を赤くするカミュウ。その仕草が余計に可愛い女の子に見える。
「胸だけで、男か女か解らないだろーが!」
ルシエルはそう言って、ノエルとルキアの胸を見た。
「おい、お前……今、あたしの胸を見て言いやがったか?」
口笛を吹くルシエル。でも上手に拭けなくて、風が抜けるような音。
「言っていませーーん。ノエルは、自信過剰なんじゃないですかーー」
「自信過剰ってなんだよ! あたしが胸がないって馬鹿にしたんじゃねーのかって、言ってんだよ」
「まあまあ、何もそないに青筋たてて怒らんでもええやねーん、ニャハハ。って、それでアテナはどうしてカミュウが男だって断言できるんだよ! もしかしたら、王女様でしたーってオチかもしれないだろ」
「あの……僕は本当に男だけど……」
「うるさい! ちょっと、黙ってろい! 先にこっちの謎を解き明かしてからだ!」
「ひえっ!」
一国の王子に対して、この怖い者しらずな言葉使い。まあ、ルシエルは普段から私といるし、ノエルもドワーフの王国にいた頃には、ガラハッド王とよく会っていたみたいだしね。王族に対して、それほどかしこまったりしないのかも。ルキアは、緊張しているみたいだけどね、フフフ。
「兎に角、アテナ! カミュウが王子だってなぜ言い切れる?」
「何をそんなにムキになっているの。カミュウは、男。それだけよ」
「それだけじゃねーってばよー! どう見ても、可愛い女の子だろカミュウは! それを男だって言い張るって事はだなー。つまり……アレを確認しやがったな」
「あ、アレって?」
言って、気づいてしまった。ルシエルが言っているアレ。私は気づいた途端に、顔が真っ赤になった。私の表情を見て、ルシエルは椅子から立ち上がって、更にテーブルに乗り出した。
「ほーーれみろーー!! ワタチはこの縁談断りマッスル。なぜって? そんなん言わんでも解るやん? 皆と旅を続けたいしーー、キャンプも楽しいでありますからー……なんて言っておきながら、この美少年とよろしくやってきた訳だ!! ちきしょー!! こちとらギルトの依頼をへえこら頑張ってやってた時に、ラブロマンスか、このヤローイ!! こいつは、メチャ許せんよなー」
はああ!! ルシエルが変な事を言うから、余計に顔が赤くなってしまった。ううー、カミュウの顔が見れない。そして後ろめたい事なんてないのに、喋ると言い訳みたいになっちゃう。不可抗力とは言え、見ちゃったから。
「よろしくなんて、やってません!!」
「へん! どーーだか!」
「あのねーー、ルシエルの思っている事なんて何もないからね!! カミュウが変装の為とは言え、こんな短いスカートをはいているからたまたま見えただけよ!!」
「ふーーん、たまたま見えたんだな。たまたま見えた? それは、たまたまって意図的に言っているのか? それともたまたま、たまたま見えた? どっちなんだ? いや、そこを突っ込むのは、ヤボってもんだな。言わんでも解るし。しかしなー、おいしい思いをした上に、ウケまでとろうとしよってからにー! それが一等許せんぜ」
丁度、飲み物に口をつけていたノエルが、ルシエルの言葉を聞いてブッと吹いた。
まったくもーー、なんなの!!
更にエスカレートしていくルシエルに、私は大きく溜息をつくと、ドサリと椅子にかける。ルキアが心配してくれる。
「だ、大丈夫ですか、アテナ。まったくもールシエルは、どうしたんでしょうか?」
「解らない……でもちょっと疲れちゃった。すいませーーん、ちょっといいですか? 飲み物を注文したいんですけど」
まーだ気持ちが収まらずに、アレコレと吠えるルシエルをよそに、私は酒場に入ってオーダーがまだだったなと、店員さんを呼んでカフェオレを注文した。ここは酒場だけど、まだ昼間だしこういう飲み物を頼んでもオッケーでしょ。