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第105話 『大浴場 その1』






 マリンは、すっかりお湯にのぼせてしまったみたいで、「ボク、もう十分にゆだったから先に出て涼んでいるね」っと言って大浴場から出て行ってしまった。


 私達は動けない。湯煙。その間も、お風呂に入るルーニ様の方に向かって、全裸の状態で跪いていた。その状況にルーニ様と一緒にいる獣人の少女は戸惑っている。



「セシリア、テトラ、ここはお風呂だよ。そんな所で、いつまでもそうしていないで一緒にお風呂に入らない?」


「はっ!」



 ルーニ様がそう言うと、セシリアは慌てて再びお風呂に入ったので、私も続いた。まさか、こんな一般の者が入る大浴場にこの国の王女であらせられるルーニ様が入ってこられるなんて。


 ――驚きを隠せない。



「お見苦しいものをお見せして、申し訳ございません。しかし、このような所にルーニ様がいらっしゃられるなんて……少々、戸惑っておりますがお許しくださいませ」



 お見苦しい?


 そう言ったセシリアの胸を何気に見ると、立派なものだった。しかし私のは、更にセシリアを超える、十分すぎる程の大きさだった。贅沢な悩みかもしれないけれど、あまり大きくても、色々と大変な事も多い。――――セシリア位が理想的だと思った。



「えーー、たまにはいいでしょ? アテナお姉さまは、よくこっちのお風呂に入っていたよ。私だってたまには、皆と入りたい。それにセシリアとテトラが今、大浴場にいるって他のメイドから聞いたから来てみたんだよ」



 ルーニ様にそう言われると、セシリアは押し黙ってしまった。ルーニ様がわざわざ、私たちに会いにここへいらっしゃるなんて…………王室メイドのセシリアだけでなく、下級メイドのこんな私にまでわざわざ会いに来てくださるだなんて、夢ではないのかと耳を疑ってしまう。でもこれは現実なんだ。



「この獣人の女の子は、リア。この子も、ルーニと一緒にあの砦の牢に囚われていたの」


「は……はじめまして。リアです」


「ははは……はじめまして、リア。わ……私は、王宮のメイドのテトラです。こちらは王室メイドのセシリア。よ、よろしくお願いしますね」


「はいっ! よろしくお願いしします!」


「セシリアとテトラは、ルーニだけでなくてリアや、同じように捕らわれていた他の人達も助けてくれたから。だからちゃんと、お礼を言いたくて。それで、今がそのチャンスかなと思って、一緒にお風呂に入ってきちゃった」


「も……もったいないお言葉です。ルーニ様!」



 ――なんて、慈愛に満ちたお言葉だろう。


 セシリアと私は、ルーニ様のその眩いばかりに感じる優しさに照らされて、再び風呂の中でもルーニ様に跪いてしまった。それを目の当たりにしたルーニ様に、「お風呂の中でまで跪く人なんて初めて見た」と言って大笑いされた。私は兎も角、セシリアの性格上、こんな事をして笑いをとるなんて考えられない。旅をしていた時も、凛としていて冷静で、時には激しさを見せたセシリア。それを思い出すと、お風呂の中でも慌てて跪いてルーニ様に忠誠を示すセシリアの事を面白くて可愛らしいと思った。


 そして、より好きになった。



「あははは。もうセシリア。お風呂の中でまでやめて」


「はいっ! 申し訳ございません!」


「それでね、二人にはどうしてもルーニから、直接お礼を言いたかったから…………」



 ルーニ様はそう言うと、リアと一緒にこちらへ向き直して続けて言った。

 


「セシリア。テトラ。二人とも、ルーニ達を助けてくれてありがとう。これからもルーニやこの国の為に、力をかしてください。ルーニも、セシリアやテトラが困る事があったら、全力で力になるからね」



 ――ルーニ様とリアに対して、熱いものがこみあげてくる。



「もったえないお言葉……ありがとうございます」



 目に涙を浮かべているセシリア。そして、頬に涙がつたう。こういう場面で一番泣きだしそうな私の方は、なぜか涙が出なかった。ルーニ様にそう言われた事は本当に嬉しかったけれど、私の心にはまだ何かぽっかりと穴が空いているような気がしていたからだ。



「それでね、早速なんだけど――――ルーニができる……できる限りの御礼をちゃんとするから、ひとつお願いを聞いて欲しいんだけど……だめかな? これは信頼できる人にしか頼めない事なの」


「信頼でございますか! ルーニ様の期待に応えられるか不安ではありますが……はいっ! なんなりと、お申しつけくださいませ」



 セシリアは、声を張り上げて言った。そんなセシリアに対してルーニ様は、無邪気で嬉しそうな表情をする。



「このリアの事なんだけどね……リアを無事に、リアがいた村まで連れて行ってほしいの」


「リアをですか? リアが以前まで、暮らしていた村という事ですよね?」



 リアの村は、ルーニ様を攫った連中達に襲撃されたという。



「うん。そうなの。本当はルーニがそうしてあげたいのだけど、…………それは無理だから」



 確かあのトゥターン砦でルーニ様の他に囚われていた人達は、奴隷商に捕まってドルガンド帝国で奴隷として売り飛ばされそうになっていたと、応援に駆けつけてくれた『青い薔薇の騎士団』のローザ団長が言っていた。つまりこの少女も、そういう事――――同じく誘拐されてルーニ様と同じ牢に入れられていた。



「リアが言うにはね、リアの村は奴隷商と結託したその一味の盗賊団に村を焼き払われて、お父様もお母様もリアのお姉さまも殺されてしまったって」


「奴隷商ですか」


「うん。ルーニを攫った者達と同じだよ」



 リアが目に涙を浮かべ、俯く。強く握った手は怒りなのか、恐怖なのか震えている。



「でもね、ルーニ、リアの話を聞いているうちにちょっと変に思ったの」


「変とはいったい、何をでしょうか?」


「うん。リアは、目の前でその賊達にお父様とお母様を…………でも、お姉様については、その賊達から殺したって聞かされたって……」


「なるほど。お姉さんが殺められた事に関しては、賊からそう聞かされただけで、リアが直接見て確認した訳ではないと」


「そういうこと! 何かちょっと、思う所があるでしょ?」



 私は、ルーニ様が何をおっしゃりたいのかという事、そして私達に何を頼み何を望まれているかというがはっきりと解った。


 リアの両親は見せしめの為に殺された。だれど、商品価値の高い獣人の少女、リアは殺されなかったという事。じゃあ、同じく獣人で子供である、リアのお姉さんも同様に殺されていないのではないか。


 殺す理由がない。殺す訳がない。だって商品価値が高いから。


 賊は、両親や村の人達を殺されて泣き叫ぶリアを大人しくさせる為に、逃げ出そうとしないようにそう言って聞かせたのだ。商品として売り飛ばすまで面倒が起きないように、リアから希望を取り上げて大人しくさせたのだ。


 ――きっと、リアのお姉さんにも妹を殺したと、嘘をついているはず。


 私はそうに違いないと思った。



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