第1049話 『対抗馬 その2』
謁見の間。ガスプーチンは3人のお姫様を連れて、フィリップ王とメアリー王妃、カミュウ王子の前に進み出ると一礼してこちらを振り向いた。4人の目線は、一直線に私――
「アテナ王女!!」
「え? あ、はい!」
不敵な笑みを浮かべるガスプーチン。この人、パスキアの宮廷魔導士らしいけど……やっぱりなーんか、胡散臭いんだよねー。
「今日この日、この瞬間より拙僧等ら4名は、アテナ王女に対し、カミュウ王子との縁談相手の座を賭けて、宣戦布告いたしますぞ!! ハッハッハッハッ」
え? なんで笑ったの? カミュウ王子に目をやる。明らかに困っている表情だけど……この3人の中には、カミュウが想いを抱いている人はいないのかな。
3人の姫達のうち、1人が前に出てきてガスプーチンと並ぶ。顔を上げて、私を見た。この子は、確かモラッタ・タラ―。伯爵令嬢だっけ……
「アテナ王女殿下! 無礼を承知で申し上げますが、カミュウ様への想いを賭けて、わたくし達と勝負して頂けますか?」
「私は……でもカミュウ王子は、それでよろしいのでしょうか?」
「よろしいも何も、これはわたくし達とアテナ様との勝負。カミュウ様は、関係ありませんわ。もしもわたくし達がアテナ様に勝てば、アテナ様はそれで綺麗すっぱりにカミュウ様への想いを断って頂きたく存じます。それが、わたくし達の望み。そういう事でございますの、ホホホホ」
「へえ……なるほど、そういう事か」
フィリップ王を見た。
「まあ、そういう訳でのう。エスメラルダ王妃にもアテナ王女にも大変申し訳ないが、この者達は、本気でこの申し出を言いに来よったのじゃ。これまで何も聞かされておらなんだし、まさかのこのタイミングで飛び入り挑戦者が現れてしまったという事については、そちらとしても面白くないじゃろうがな。王として、臣下の意見を蔑ろにもできんしのう。できればこの申し出を受けてやって欲しい」
「受けてやってほしいですと⁉ 私達は、クラインベルトの王妃と第二王女であり、それに私は第一王子ですよ。互いの繁栄と平和、そして調和のために、遥々とこの国まで縁談に来ているというのに、その私達に対して陛下の今の発言は、恐れながら正気の沙汰とは思えません。まさか……まさかと思いますが、貴国は、我が国を馬鹿にしているのではないのですか?」
「なにを!! 馬鹿にしているのは、そちらではないか!!」
「な、なに⁉」
エドモンテの言葉に対して、フィリップ王の直ぐ隣に座る男が勢いよく立ち上がり言い放った。あれは、第一王子、エリック。
「我が愛する弟の、純真な心ををもてあそんでいるのは、そちらではないのかと言っているのだ!! そちらのアテナ王女だが、あまりこの縁談には気乗りをしていない様子! そもそもこの縁談は、そちらのエスメラルダ王妃から持ち掛けられたものではないのか? いったいどちらが相手を馬鹿にしているのだ!!」
「エリック、よせ! 失礼だぞ」
「はっ! 父上! つい、熱くなってしまい、申し訳ございません。ですが、大人しく聞いていれば……」
「まあ、落ち着け。大した事ではない」
大した事では、ない? これには、エスメラルダ王妃もピクリと顔がひきつらせる。
「お互いに色々とある訳だが、これはちょっとした余興だと思って、呑んではもらえないかね。これでアテナ王女が勝ってくれれば、なんの問題もなかろう。そればかりか、力を示せばパスキアの皆は、手を叩いて祝福するであろう。そうじゃ、カミュウとの縁談について、その権利があると証明して見せれば、誰も文句は言わなくなるであろうし……のう? どうであろう?」
どうであろう? って、そちら側は、もうそのつもりなんだろうけど……チラリとエスメラルダ王妃を見た。彼女は、我慢している。そしてなぜか、頷いている。
まあ、こうなる方が良かったならいいんだけど、まさか向こうから挑んで来るとは思ってもみなかった。
でも最初にガスプーチンらが、私達の前に恋のライバルとして3人のお姫様をつれて現れた時から、既に彼女達がこういう流れになる事を望んでいて、こういう話の運びになるかもねって事は、薄々思ってはいたんだけどね。
もしくは、ガスプーチンが何か意図的に裏で彼女達をそそのかして、そうさせているか……だとしたら、なんの為に……
今も煽っているのだって、単純に考えると単に他国に対してのイメージが悪く、気に入らないからといった理由位しか、今のところは思いつかないけれど……それでも、何か引っかかるものはある。
明らかにお姫様達を焚きつけているし、何か他に狙いがあったりするんじゃ……
「冗談ではない! 姉上はこの国のカミュウ王子との縁談で、わざわざ都合をつけてやって来ているのですよ! 突如現れたライバルを相手に、その座をかけて勝負するなどと、戯れが過ぎますね。もし陛下が本気でおっしゃっているのであるならば、そういう事は私達が国を出発する前に、事前に伝えておくべき事でしょう!!」
更に言おうとするエドモンテを、エスメラルダ王妃は制した。
「母上?」
「エドモンテ、もういいのです。解りました。その勝負、甘んじて受けましょう」
『おおーー!!』
エスメラルダ王妃の言葉に、フィリップ王、メアリー王妃に続きガスプーチンも声をあげる。周囲からも声があがった。
「アテナ」
「はい」
エスメラルダ王妃に呼ばれ、私はフィリップ王、ガスプーチンと3人のお姫様の前に出た。そして腰に吊っている二振りの剣の柄に、手をそっと当てた。
「タラー伯爵の娘、モラッタ。ギロント将軍の娘、デカテリーナ。ベート教育大臣の娘、デリザ。いいわ、クラインベルト王国第二王女アテナ・クラインベルトとして、この勝負を受けましょう」
『おおーーー!!』
更に盛り上がる。その中で2人の王女、メリッサとイーリスに関しては、興奮して立ち上がってしまい、両手を合わせている。この先の成り行きを、ドキドキとした瞳で見つめていた。
「回りくどい事は、私も嫌い。だから、勝負しましょう! 剣でも徒手格闘でもなんでもいいわよ。誰から、勝負をする?」
そう言うと、3人のお姫様達は顔を互いに顔を見合わせてクスクスと笑った。え? なんで?
「な、何が可笑しいの!? 私、何か変な事を言った?」
「いえ、とんでもない。ですが、噂通りの方だなと思いまして」
「噂?」
モラッタの言葉を聞いて、周囲を見る。するとこの謁見の間にいる、パスキアの臣下達からも、忍び笑いのようなものがあちこちから聞こえた。モラッタが続ける。
「アテナ様。わたくし達は、こう見えて、このパスキア王国の由緒正しき高貴な家柄の娘達ですわ。アテナ様がこの王都へ到着するなり、我が国のパスキア四将軍の1人、ロゴー・ハーオン様に勝利しましたのには驚きましたが……わたくし達は、カミュウ様を一途に想う乙女でございます。か弱き乙女。ですが、それでも引き下がれません。カミュウ様をお慕いする想いは、それ程強いのです。しかしながら武芸を極められているアテナ様と剣や腕力で、勝負をつける気もございません」
え? それって、どゆこと? もしかして……どちらが王子様にとって、愛される妻に相応しいか勝負するっていう事? って、それどういう勝負になるの?
てっきり、ロゴー・ハーオンと同じく剣か何かで勝負すると思っていた。だから急に不安になる。
エスメラルダ王妃の方へ振り返り、大丈夫なのかなと視線を送った。だけど彼女は、そんな私の今の心境を一切気にしているふうには見えなかった。ぐぬぬぬ。