第1044話 『エスメラルダとアテナ その3』
クロエは、エスメラルダ王妃の事について更に色々と知りたくなったようで聞いてきた。
「王妃様が、ヴァレスティナ公国からクラインベルト王国にやってこられたのは、セシル国王陛下との結婚で……政略結婚だったのですよね。王妃様はそれで良かったのでしょうか?」
「それで良かったっていうのは、幸せだったのかって事?」
クロエは静かに頷いた。
「どうかな、それは本人達でないと解らないかもだし。私は絶対嫌だって思っているけど、中には政略結婚がいいっていう女性もいるみたいだしね……エスメラルダ王妃がそういう人なら幸せかもしれない」
「…………」
クロエと話を続けていると、エスメラルダ王妃の方も話は終わったようで、彼女は私達の方を振り向いて手招きをした。
「終わったみたいね。クロエ、それじゃ行きましょうか」
「は、はい……でも王妃様、ブラッドリーさんとこんなに長く……何を話していられたのでしょう?」
「え? そんなに長かった?」
「ええ。そういう風に思えましたが」
腕時計を見る――――あれ……確かに結構な時間が経っている。なんだか遠い昔の記憶を思い出してクロエに話したり、色々と考えていたから全くそっちに頭がいっていなかった。
何かに夢中になっている時は、自分が思っているよりも時間の経過が恐ろしく早い時があるけど……きっとそれかもしれない。
でも……クロエにそう言われると、確かに不思議に思ってしまった。いくらブラッドリー・クリーンファルトがトリスタン・ストラムと同じく、このパスキア王国で最強と呼ばれる騎士であったとしても、他国の王妃とこうも長々と話をする事などあるのかなと。
それでふと考えられるのは……ブラッドリーは、エスメラルダ王妃と以前からの知り合い……とか?
でもクラインベルト王国に、ブラッドリー・クリーンファルトが来たなんて話を聞いた事がない。もしかしたら、私が留守の時にやってきて、それで知り合ったとかそういうパターンもあるけれど、ブラッドリーはパスキアの双璧と言われた人だし、もしクラインベルト王国にやってきて、お父様やエスメラルダ王妃に会っているならその話は、誰しもが知っているはず。
だとすると……
「アテナ、クロエ! 何をしているのですか。早くこちらへ来なさい」
エスメラルダ王妃が、明らかにイラついた声で言った。私は面倒くさそうに「はいはい」っと言った返事と態度を見せると、クロエの手を引いてエスメラルダ王妃のもとへ行った。
私はブラッドリー・クリーンファルトの方を向いた。するとブラッドリー・クリーンファルトは、私の隣にいるクロエを見て言った。
「大事なお話の間、この子は私が見ていよう」
「じゃあ、ちょっとの間だけお願いできるかしら」
ブラッドリー・クリーンファルトは頷く。私は、クロエに言った。
「それじゃ、ちょっとエスメラルダ王妃と話をしてくるね。その間クロエは、ここでブラッドリーさんと一緒に待っていてくれる。もし魔物が出たとしても、彼がいれば大丈夫だから」
「はい、解りました」
にっこり笑い、クロエの頭を軽くポンポンと触ると、ブラッドリーさんに「ちょっと行ってきます」と伝えた。
エスメラルダ王妃と2人で、湖畔を歩く。それが私にとって、とても面白いようなくすぐったいような、もどかしいというかなんというか……言葉にするのは、とても難しい気持ちになってしまっていた。
ちょっと前の私は、エスメラルダ王妃と2人して、こうして湖畔を歩くなんて考えられなかったから。それに彼女のこの今、身に着けている服。もと公爵令嬢であり、一国の王妃でもあって、プライドの超高い彼女が決して身に着けるタイプのものではないと思っていた。
でも、だからと言って……
「アテナ」
「……なんでしょうか」
「湖の周辺を散歩するというのは、とても気持ちのいいものですね」
「……そうですね」
言って自分に嫌悪する。
そりゃエスメラルダ王妃に嫌われているのは解っているし、私も嫌っている。だけど今の返事は、完全に私が悪かったから……
私の縁談を進めたいから、そうしているのは解っているけれど……心の内はどうであれ、今のは彼女の方から、歩み寄ってきてくれた。なのに、それに対して私の行動は、流石に大人げないと反省をした。
「何処まで歩くんですか?」
「そうですね。でも折角ですから、もう少し歩きたいと思います。あなたは、わたくしと違って武術に長けていますし、もしも魔物が出ても何も心配する事はないのでしょ?」
「ええ。それに武に長けた者なら、他にも近くにいますけどね」
そう言って、歩いてきた方をチラリと振り返った。
「随分と長く話をしていたようですし、なんだか楽しそうでした」
「そうですか? 別に楽しくはありませんでした」
「そうですか。でも私にもクロエにもそう見えました。もしかして、ブラッドリー……クリーンファルト卿とは、以前からお知り合いだったのですか?」
ついに聞いてしまった。以前の私なら、考えられない行動だった。
エスメラルダ王妃の事を敵視していたし、彼女も私の事をそう捉えていたと思っていたから。だけどパスキア王国に来てから、私もエスメラルダ王妃も少し変わった風に思えた。
エスメラルダ王妃は、ブラッドリー・クリーンファルトを以前から知っていたのかどうか……彼女はその質問には答えずに、別の事を口にした。
「アテナ。あなたは、どうしてもカミュウ王子との縁談を進める気はないのですね?」
気が付くと、エスメラルダ王妃は足を止めてこちらに振り返っていた。