第1039話 『パトロール』
「待って!! ここでいったい何をしているのだ!?」
近づいてきた黒騎士は、ドルガンド帝国の将軍ジーク・フリート……ではなかった。このパスキア王国で、名将トリスタン・ストラムと並んで双璧とも呼ばれる騎士、ブラッドリー・クリーンファルト。彼だった。
「ブラッドリーさん!!」
ブラッドリー・クリーンファルトは、私達のもとへ来ると馬を降りて跪いた。
「これは……驚いた。エスメラルダ王妃と、アテナ様。それに……」
エスメラルダ王妃と、手を繋いでいるクロエに目を向ける。ブラッドリーさんも彼女の気難しい性格は知っているので、そんな彼女が手を握る相手に対して興味を示していた。
「ク、クロエです。クロエ・モレットと申します」
目線が、ブラッドリーさんと合っていない。私が説明しようとすると、エスメラルダ王妃が先に言った。
「この子は、アテナの友人です。彼女は両目とも不自由なのです」
「そうでしたか、アテナ様のお友達……それはそうと、なぜこのような場所に護衛も連れずに出歩いているのですか? この辺りにも、魔物や盗賊なども、徘徊している可能性がありますぞ」
今度は私が答えた。
「この先に湖があるでしょ。王都は人で溢れて活気があっていいけど、少しそういう静かな場所に行きたくて」
「なるほど。ですが、護衛もつけずに出歩くなど……どう考えても関心は、できませんな。王族ならば、尚の事です」
「そうかもしれない。だけど、私はこう見えてもAランク冒険者だから」
「確かに。ロゴー・ハーオンとの手合わせも拝見致しました。アテナ様の武勇に比べれば、我が王国のパスキア四将軍などまったく相手にはならないでしょう。ですが、やはり何があるか解りません。エスメラルダ王妃や、そちらのクロエ・モレットさんは、アテナ様のように戦える訳ではないのですからな」
「心配ありません。わたくしは、自分の身は自分で守れます」
ブラッドリーさんにちょっと叱られていると、エスメラルダ王妃が横槍を入れてきた。
「いや、しかしあなたは、一国の王妃……」
「ブラッドリー・クリーンファルト。では、あなたはどうなのですか?」
「私ですか?」
「そう。あなたは、ここで何をしているのですか?」
「私は、パトロールをしています」
「それはご苦労様です。ですが聞けばあなたは、この国ではあのトリスタン・ストラムと双璧をなす騎士で、閃光騎士団の団長であるとか。その団長が、こんな場所を部下も連れずに1人……」
エスメラルダ王妃のチクチク刺してくるような言葉に、ブラッドリーさんは苦笑い。
「他の団員は私が今、この辺りでパトロールしている事は知っておりますよ」
「パトロール? どうかしらね」
「どうかしらね……とは、いったいどういう意味ですかな?」
「もしかしてミネロッサ王女と、メリッサ王女も知っているのではなくて?」
「なぜ、お二人の王女の名が出てくるのですか?」
エスメラルダ王妃は、あの2人がブラッドリーさんに、私達の監視をするように命じていると思っているみたい。
私も彼を目にした時に、一瞬そうかもしれないと頭をよぎったけれど……本当にそうなのかは、今の彼の表情からは読み取れない。
やっぱりこの人と、トリスタン・ストラムは、あのパスキア四将軍とか言って偉そうにしている将軍達の何十倍も、ううんもっと凄い将軍に見える。
エスメラルダ王妃は、更にブラッドリーさんに詰め寄った。
「それでなんなのですか? 用がないのなら、わたくし達は湖に行きます。湖はもう目と鼻の先、まさかここでわたくし達の行く手を遮り、王都へ連れ帰るというような真似はなさいませんよね」
ブラッドリーさんは、またもや苦笑する。
「まさか……そのような事は致しません。ですが、先程も申しましたようにこの辺りも危険なのです。ですから湖までは、このままこの私が護衛致しましょう」
え⁉ ブラッドリー・クリーンファルトが一緒についてくるの!? ええ!! どうしよう。
困ってエスメラルダ王妃の顔を見た。すると彼女は、特に困ったという表情も見せずに驚くべき事を言った。
「解りました。パスキア王国の双璧と呼ばれたブラッドリー・クリーンファルト。あなたの申し出は受けましょう。ついてくる事を許します。ですがわたくし達は、先に言ったように王都からわざわざ抜け出して、一瞬の安らぎを求めてこの湖まで来たのです。邪魔をするのであれば……」
「フフ、心得ております」
「ちょちょちょ、いいのですか⁉ エスメラルダ王妃!!」
「何がです?」
私はソソソと、まるで彼女の小間使いのように近くに寄ると、耳打ちする。
「だってだってだってー、話をするんでしょ!! 内緒話!!」
「そうです。湖に着いたら、話をしますよ。縁談の件ですが、これからどうするか」
「でも話せないよ!!」
「どうしてです?」
黒い鎧に身を包む、ダンディーなお鬚の騎士。ブラッドリー・クリーンファルトに目を向ける。
「彼はパスキア王国でも、最上位の騎士でしょ。聞かれたら、色々と都合が悪いんじゃないの」
一応気にして言っているのに、エスメラルダ王妃は、私の心配を鼻で笑い飛ばした。
んもーー、何その態度!! だから嫌いなの!! だってこの縁談は、私は当初から言っているように、ぜんぜん乗り気じゃないし断るつもり。だけどドワーフの王国を救う手助けを、エスメラルダ王妃の側近ともいえるゾルバ以下鎖鉄球騎士団にしてもらったから、借りを返すべく仕方なく来るだけ来ただけなのに……
それなのに、なぜ縁談を望まず断る私が、その縁談の件でこうも心配しなくてはいけなくなるのか。いっそ、ブラッドリーさんに私達のたくらみを聞かれて、それがフィリップ王に伝わってお流れになってしまえばいいのに。
ブラッドリー・クリーンファルトが私達にぴったりとついてくるのに、エスメラルダ王妃は一切困った様子がない。
なぜ彼に警護を許したのか。私はその訳を彼女に聞こうとすると、彼女は言った。