第1035話 『連れてきて大正解』
王宮から外へ出た私達。人混みの中を移動していると、こういう環境に慣れないエスメラルダ王妃は、唐突に具合が悪くなった。
大通りは、拓けている。まだ昼は回らないけれど、それでも結構な直射日光。そして沢山の人に、ぶつかったり押されたりで気持ちが悪くなってしまったらしい。
私は別に……だけど、クロエが心配するのでエスメラルダ王妃を連れて、一軒の落ち着いた感じのカフェに避難した。ここでちょっと休憩して、それからこれからの行動を決める。
各々頼みたいものが決まると、店員さんにオーダーを通した。そしてドリンクが運ばれてくると、エスメラルダ王妃はまたメニューに手を伸ばした。
そしてメニューの内容に一通り目を通すと、あるページに書かれているメニューをいきなり声に出して読み上げ始めた。しかもそれは、全てケーキメニューだった。
え? どういう事!?
エスメラルダ王妃は、メニューに羅列するケーキの名前を全て読み上げるとクロエを見た。
「以上です。今、わたくしが読み上げたものの中に、食べたいと思ったものは、あったのですか?」
クロエは、エスメラルダ王妃に聞かれているとは夢にも思っていない。私は軽く彼女の肩に触れた。
「え?」
「クロエ、聞かれているよ」
「え? え?」
「王妃様が、クロエに聞いているよ。なんでか私も解らないけど」
「ケ、ケーキをできすか⁉ わたしに?」
エスメラルダ王妃は、はっとした。彼女の周りには、目の不自由な人はいない。だからどうしても、見える人の基準でものを見てしまう。慣れていないから。
エスメラルダ王妃は、もう一度クロエに向かって言った。口調は相変わらず強いけれど、私に向けるものとは少し違うかもしれない。
「クロエ。あたなに言いました。好きなケーキはありますか? 聞いていなかったのでしたら、もう一度読み上げましょうか」
「え? あ、はい! ありがとうございます、王妃様! でも……」
今度は、クロエの脇をつついた。
「あひんっ」
「遠慮しなくていいの。変に余計な気を遣わない方が、時にはいい場合もあるんだよ」
「は、はい。そ、それじゃ……ティラミスが食べたいです」
「ティラミス! うん、いいねそれ。私もそれにしようかなー。本当はベイクドチーズケーキにしようかなって思っていたんだけど、なんだか無性にティラミスが食べたくなっちゃった」
「ティラミスを食べたいのね、解りました。アテナ、店員を呼びなさい」
あれ? さっきの私のベイクドチーズケーキのくだり、聞いてた? もしもーし。絶対無視したよね。でもまあ今はいいか。
「すいませーーん、追加の注文いいですかー?」
「はい、どうぞ」
手をあげると、直ぐに店員さんが来てくれた。
「わたくしは、このクイーンショコラというケーキにします。まとめて注文なさい、アテナ」
「は、はーーい」
えーーー。クロエに敵意を向けなくなったのはいいけれど、今度はなんか私の事を召使いみたいな扱いになっちゃったんだけど……
ふんぬーー。なんか、納得いかない。だけど彼女と不仲なのはいつもの事だし、まあいいか。
「すいません、それじゃーー」
ティラミスを2つと、クイーンショコラを1つ。ドリンクに続いて、追加注文をした。エスメラルダ王妃は、クロエに言った。
「あなたは、随分と大人びたケーキが好きなのね」
「い、いえ。ティ、ティラミスは食べた事がなくて……」
「食べた事がない? 驚いた。食べた事がないのに、注文をしたのですか?」
「は、はい。以前、美味しいティラミスの話を聞いた事があって、いつか食べてみたいなって思っていたので」
「そういう事ですか。ならばその願いは、今日叶うという訳ですね」
「は、はい、王妃様のお陰です。ありがとうございます」
注文したケーキが運ばれてきた。おいしそー!! ケーキが私達の目の前に置かれると、私だけがはち切れんばかりの声をあげていた。
「わあーーー! 美味しそう!! しかもティラミスなんて、久しぶりーー!! じゃあ、早速。パクリっ!! んんーーー、絶品ね、これ! 凄く冷えていて美味しいよ! クロエもほら!!」
「は、はい。それでは頂きます、王妃様」
ティラミスは、エスプレッソコーヒーやフレッシュチーズを使用した四角い形をしたケーキで、このお店のものは全体的にトロンと柔らかくて、フォークではなくスプーンで掬って食べる。
クロエは、目の前に置いてあるスプーンを見つけようと、手でテーブルの上を探った。エスメラルダ王妃は、彼女にスプーンをとってあげようとしたけれど、私はそれを無言で止めた。
クロエは自分でスプーンを手に取ると、それを使ってティラミスを救って食べた。
「美味しい!! 王妃様、とても美味しいです!!」
「それは良かったですね。ところでクロエ、あなた歳はいくつなのですか?」
「はい、9歳です」
「9歳……エドモンテの1つ下ですね。なら、子供らしくもう少し、甘いケーキのほうが良かったのではありませんか」
私はニヤリと笑って、クロエの代わりに答えた。
「クロエは、ブレッドの街出身なんです。だからちょっと大人な感じの方が、好みなのかも」
「なるほど。ブレッドの街といえば、珈琲が盛んな街ですね。それなら、合点がいきました」
やっぱりエスメラルダ王妃の、クロエを見る目は急変していた。どう見ても、彼女を気に入っているように見える。
でもあの、いつも周囲の者へ見境なく全体攻撃してばかりのエスメラルダ王妃が……そんなこと、ありえるのだろうか。ううーん、解らない。だってエスメラルダ王妃が、エドモンテとルーニ以外に、ここまで親切にするなんて見たことがなかったから。
もしありえるのだとすれば、クロエの事を相当に気に入ってしまったという事だから……王宮からクロエを連れてきたのは、大正解だったのかもしれない。