第1033話 『エスメラルダとクロエ その1』
パスキア王国の王都。
パスキアは、クラインベルト王国の隣国で北方に位置する国。地形や気候などもよく似ていて、草原や森林など緑も多い。そして見渡せばクラインベルトと同様に、肥沃な大地に加えて農耕地帯が広がっている。
豊かな国で、いくつかの大きな街もあり、王都などでは沢山の人が行きかっている。エスメラルダ王妃と一緒に、急遽この王都へと繰り出す事となった私は、この人で溢れかえった王都の大通りを人を掻き分け進んでいた。そう、クロエも巻き込んで。
「ちょっと! アテナ!」
「はーーい」
「この大勢の人は、たまりません!! 気がおかしくなってしまいそうです! どうにかなりませんか!!」
大通りは、沢山のお店の他に露店がいくつもある。そういうエリアでは、足を止める人達も多く、ごったがえしている。そして私達は、今まさにそこに突入している。
エスメラルダ王妃は、私と話をしたいと言って王宮を出た。そう……あそこでは、何処で誰が聞いていたり、見ていたりしているかも解らないから。王宮という場所は、得てしてだいたいそういう所。クラインベルト王国だって例外じゃない。
「アテナ!! たまりません!! このパスキアの民達を今すぐどうにかしなさい!! できないというのならば、直ぐにゾルバを呼びなさい!!」
「そんな事したら目立っちゃうでしょ!! それに折角、ミネロッサとメリッサが気を利かせてくれたのに、連れ戻されて無駄になっちゃう!!」
「それでは、どうにかなさい!! 耐えられません!! この砂埃や他人の汗の臭いなど、吐きそうです!!」
「っもうー、仕方ないなー」
昔――私がまだ幼い時に、このパスキアには一度来た事があった。そう、お父様とお母様と。その時もこの王都は、クラインベルト同様に凄く活気があった。それを見たお母様は、いきなり馬車から1人飛び降りて市場に走って行ったのを覚えている。
フフフ、あの時、お父様とゲラルドは飛び上がる位にびっくりしてお母様の後を追った。そしたらお母様は、市場でとても美味しそうな見た事もない位の大きなトマトを手に取っていて、かぶりついていたっけ。あはは。
一国の王妃が、他国の市場で美味しそうなトマトを見て走り出して行って、噛りつくなんて普通じゃ考えられない。
あの時、お父様と姉のモニカは驚いて大笑いしていた。私は、お母様だけずるいって言って、ゲラルドが止めようとしてくれたのにも関わらず、サッと腕を抜けてお母様のもとへ駆けて行って一緒にトマトを噛った。
その時、お父様は本当にお母様……ティアナとアテナはよく似ていると言ってくれて、凄く嬉しかった。
「わたくしの話をちゃんと聞いているのですか、アテナ!!」
「え? あ、はい! それじゃ、もう少し人の少ない場所へ行きましょうか。クロエ、またちょっと移動するよ」
「は、はい!」
通りから反れて、比較的人の落ち着いている道へと入った。
「はあ、はあ、はあ」
沢山の道行く人達に押されて、ぶつかって、ぶつかられて――エスメラルダ王妃は、息を切らしていた。まだ王宮を出たばかりだというのに、大丈夫なのだろうかと不安になる。やっぱりゾルバ……は、なんか嫌だから副官のガイか、ゾーイを連れてくれば良かったかな。
「ア、アテナ……はあ、はあ。ちょっと待ちなさ……うえええ……」
「きゃああっ!! ちょ、ちょっと待って!! こんな場所で吐かないでよ!! ううーーん、どうしよう!!」
待って、こんな所でリバースしたら大変な事になっちゃう!! しかも一国の王妃がなんて、完全に黒歴史に……周囲を見る。いくつかのお店。その中にいい感じのカフェを見つけた。
「あそこ! あそこに行きましょう!! エスメラルダ王妃、クロエ、お店に入るから」
「はい!」
「ううう……」
ぐったりしながらも、なんとか吐かずについてくるエスメラルダ王妃。そしてその隣で、そんな具合の悪い彼女の事を心配するクロエ。
クロエは、エスメラルダ王妃の具合の悪さにみかねて、彼女の背中を摩ってあげようとした。その手をエスメラルダ王妃は、咄嗟に払った。
バシイイ!!
「ひっ!」
「あなた、なにをするのですか!!」
「ちょ、ちょっと……クロエはあなたを心配して……」
「下賤の身分でありながら、このわたくしに触れようとは、許される事ではありません!! ついてくる事は許しましたが、またその汚い手でわたくしに触れようとしたら、ただではおきませんよ!!」
「ご、ごめんなさい!! お許しください、王妃様!!」
震えているクロエ。私は、エスメラルダをキッと睨みつける。
「な、なんてことをいうの!? クロエは具合の悪いあなたの事を心配したのよ!!」
「そんなのは知りません! だいたいこの娘は、平民であっても見るからに更に身分の低い者!! そのような者が、高貴なわたくしに触れるなどありえない事なのです。こうして共を許している事だけでも、特例中の特例なのですよ!」
「身分だのなんだのに拘って……それこそ、くだらない。そんなものよりも、クロエの優しさの方がよっぽど価値があるわ」
「な、なんですって!」
エスメラルダ王妃と睨み合う。するとクロエが私の服を引っ張った。
「アテナさん、王妃様は今、とても体調が悪くなっていて……だから」
だからイラついている……とか? でも心配してくれているクロエに対して、もう少し配慮ってものがないの。そういうのができるから、王族なんじゃないの!! 王族が国のトップなんだとすれば、皆の事をちゃんとよく見て、誰もに賞賛されるような行動をしないといけないんじゃないのって思う。それが上に立つ者でしょ。
「アテナさん、どうか王妃様を休ませてあげてください」
「……解ったわ。それじゃ、あのお店まで歩ける? ちょっとそこで休憩しましょ」
エスメラルダ王妃は、ムッとした顔のまま私とクロエのあとに続いた。




