第1030話 『エスメラルダからの呼び出し』
謁見の間でのこと。閉会した後、私はエスメラルダ王妃に部屋に来るように言われたので向かった。
コンコンッ
「アテナです」
「入りなさい」
パスキア王宮。エスメラルダ王妃のいる部屋に入ると、そこはとても広くて豪勢な部屋だった。あれ、私やマリンやクロエの部屋と、なんだか違う。
その部屋の豪華さに目を奪われていると、エスメラルダ王妃が言った。
「自分の部屋に比べて、随分と豪勢で優雅な部屋だと思っているのですか?」
「え? 別に私的にはあの部屋で十分に満足しているけど……でも私だって王族なのに、物凄い差だなって思って」
「答えは簡単です。わたくしは、それなりの部屋を用意するようにと、パスキア側に事前に言っていたからです。どうやらこの国は、わたくし達クラインベルト王家に対して、下手に出る気はないようです。あなたの実母、ティアナの時は違ったようですが……いえ。ここで話すのは、やめましょう。ここはパスキアの王宮。何処でわたくし達の話を聞かれているか、解りませんからね。兎に角、人というものは、声の大きい方の言う事を聞くものなのですよ。覚えておきなさい」
確かにそれはあるかも。エスメラルダ王妃なら、この国へ到着するなり、こういう豪華な部屋を用意しておくように言っていそうだし、彼女はクラインベルト王国の王妃であると共にあの大国、ヴァレスティナ公国のエゾンド公爵の娘なのだから、扱いには特に気をつけるかもしれない。
対して私は王女と言っても第二王女だし、国務から逃げ出して冒険者になって気ままな旅暮らしを送っている事もバレているみたいだし……縁談相手としても他に候補がいたし、パスキア側の人達にちょっと好ましく思われていないのだとしたら、当たり前の扱いなのかもね。
でも考えてみれば、今使用させてもらっている部屋が最悪という訳でもない。普通の宿の一室と比べたら、大きさはまあ同じ位だけど、凄くいい部屋だし……だけど本心をいうと、落ち着かないのも事実。
エスメラルダ王妃が言ったように、ここはパスキア王宮。何処で誰が私達を見ていて、話を聞かれているかは解らない。私の部屋やこの部屋だって、常に誰かが聞き耳を立てていたり、覗いているのかもしれない。そういう事は王宮なら、普通にありえる話。
エスメラルダ王妃は、私の事をツンとした目で見た。
「まあ、いいでしょう」
「はあ? 何が?」
「はあ? 何が? ではありませんよ。クラインベルト王国の第二王女ともあろうものが、なんと腑抜けた声を出すのですか。まったく……ここにパスキアの誰かがいなくて良かったですよ。恥を見られなくて済みました」
恥!? 一瞬、またエスメラルダ王妃に対して、怒りが沸いた。だけど我慢。ここはクラインベルトの王宮じゃないんだから。
彼女がこういう物言いをする事は事前に知っていた訳だし、彼女に対して腹が立つのなら私が我慢しないと。同じように振る舞っていては駄目だよね。おさえて、私。
悔しくないって言ったら嘘になっちゃうけど、私にはルキアやクロエがいる。2人は私の事を実の姉のように慕ってくれている。だから少しでも、2人の見本になれるように頑張らないと!
私は我慢した。だけどなんとも言えない苦虫を嚙み潰したような顔で、もう一度聞いた。
「それで、何がいいのですか?」
「縁談の件に決まっているでしょう。あなたは、冒険者みたいな下賤な身分に身を堕として、くだらない事ばかりをしているから、そういう事も解らないのですよ」
「む、むぐ!」
我慢、我慢! 彼女と同じ土俵にあがっちゃだめだよ私! ルキアやクロエの顔を思い浮かべて、心を落ち着かせる。ふーふー。
「なんですか、その明らかに不満気な顔は? もういいわ。今更、あなたに何を言ってもどうにもならないでしょうし……多くを求めても仕方の無い事なのかもしれません。それでは、これから少し外出します。あなたはわたくしの共をしなさい」
「はあ!? と、共って……」
「言葉通りです。縁談の件について、話をしなくてはいけません。唐突にライバルが出現しましたし、なによりあのガスプーチンという男は……どうやらわたしくし達、クラインベルト王家の事をあまり好ましく思ってはいないようですしね」
「つまり、これからどうするかって事ですか?」
「そう言っているでしょう。兎に角、ここで……王宮内で話をするつもりはありません。こういう事は、あなたの方が得意でしょ? 安心して話ができる場所へ案内しなさい」
ううう……そういう事か。でも正直言うと、嫌だって思った。
だって、もうカミュウ王子の事が好きだっていう可愛い女の子が、3人も出てきたんだからそれでいいじゃんって思う。
でもまだドワーフの王国でゾルバ以下、鎖鉄球騎士団に協力してもらった事についての借りも完全には返せてないとは思うし……ゾルバの事が嫌いだけど、彼らがいたからこそ、あの時に助かったドワーフは何十人、もしかしたらもっといたはず。
ん? そう言えば……
「あれ、エドモンテは?」
「エドモンテは、この部屋にはいませんよ。それに連れてはいきません。考えてもみなさい。クラインベルトから来た王族3人が、王宮から抜けて何処かへ向かえば、余計な人目を引くでしょう?」
「余計な人目をあえて引けば、もし誰かが私達の後をつけてきていた場合、捕らえて誰の差し金か解っていいんじゃないですか?」
エスメラルダ王妃はあきれた顔で私を見た。
「それでは、余計な波風がたつでしょう? つけてくるものがいれば、それはパスキアの王族、もしくはあのガスプーチンという男の手の者。もしくは、大臣か将軍……どちらにしても、パスキア王国の者です。そんなもの、あぶり出した所で結果、縁談が不利になるだけでしょう」
不利になっていいんだけどなーって思う。本当に考えが一致しない。まあ、私とエスメラルダ王妃では、望みが違うから当然なんだけど。
「ここであなたとこんな話を、いつまでしていても仕方がありません。準備なさい。出かけますよ」
今日は、慌てて起きたから朝ごはんもまだ食べてないのに。しかもこれから、エスメラルダ王妃と一緒に何処かに行かなきゃならないなんて……
エスメラルダ王妃からは、見えないように顔を反らして、凄く嫌な顔をしてみた。だけど、どうにもならないんだものなーと、諦めた。