第103話 『恩賞 その1』
トゥターン砦に、クラインベルト王国の騎士団が雪崩れ込んだ。その数は、ざっと500~600人。砦の周囲にも配置され、砦内も武装した騎士達が歩き回っていた。
その騎士団の団長は、赤髪でショーカットの似合う綺麗な女性だった。しかも、話してみるとその性格は、正義の塊のような人で、ルーニ様の事はもちろんだけど、私やセシリアの事まで物凄く心配してくれて気を使ってくれた。…………確か名前は、青い薔薇の騎士団団長のローザ・ディフェインという方だったと思う。
トゥターン砦は、ドルガンド帝国……つまり敵国領という事で、速やかに奴隷として捕まっていた人たちも含め全員を救出して、王都に戻る事になった。敵兵は、生きている者、死んでいる者全てを捨て置くという。ただ、アーサー・ポートインは騎士団によって逮捕された。
シャノンの方はというと、周辺を警戒していた騎士がその姿を見たとの事だった。話によると、スキンヘッドの大男と、顔に傷のある男に連れられて逃げ去ったという。
私はその話を聞いて、そのシャノンを連れ去った男達は、王都のスラム酒場で戦ったリトルフランケとスカーという男達だと思った。シャノンはスラム街で育ったと言っていたし、あの二人とは知り合いなのだろう。騎士団は、ルーニ様とその他の捕らわれていた人たちの救出に力を尽くしていて、シャノン達をもう追撃する事はしなかった。
それを聞いて、私はなんとなくシャノンとはまた何処かで再会するような気がした。
「ゆっくりでいいから……ゆっくりでいいから、馬車に乗って」
「ボクが手を貸そうか?」
「ありがとう。セシリア、マリン。でも、セシリアこそあんな怪我をして、大丈夫なんですか? アーサーがセシリアのお腹を貫いたって」
実際に見るまで、認めたくはなかったけどセシリアの事をアーサーから聞いた時には、最悪の展開を考えた。
「そうね。確かに満身創痍だったわ。だけど、これを隠し持っていたお陰で、助かったの。一応私の最後の奥の手と言う事で、あなたにも、当然アーサーにも秘密にしていたから」
そう言ってセシリアは、スクロールを取り出して見せた。
ああ、そういう事だったんだ。回復系魔法の何かスクロールを、セシリアは隠し持っていたんだ。それを消えゆく意識の中で、なんとか発動して一命を取り留めたんだ。
「さあ、お嬢さん方。ぼちぼち王都へ出発するぞ」
御者が言った。馬の嘶き。馬車が動き出す。私とセシリアとマリンは、三人一緒に馬車に乗せてもらい、ルーニ様の乗る馬車の後ろをついて走った。
ホーデン湖は、迂回して戻らなくてはならず、多少の時間はかかってしまったけど、その間も500~600人の騎士団が護衛してくれているので気持ちは、落ち着いていた。
ホーデン湖を脇に眺めて、馬車を走らせていると、ふとお世話になったアンソンさんの事を思い出した。また、全てが落ち着いたら改めてお礼に伺いたい。
――――クラインベルト王国、王都に到着すると、お城の前では、もう陛下とゲラルド様が出迎えにいらっしゃっていた。
私達は、馬車を降りると陛下に跪いた。その横をルーニ様が駆けていく。その後ろに獣人の女の子。
「お父様―!!」
「おお!! ルーニ! ルーニ! 無事じゃったか! 良かった、良かった」
陛下がルーニ様を抱きしめた。涙を流して喜んでおられる様子を、微笑ましく思って見ているとゲラルド様がこちらをギロリと睨んでいる事に気づいて、慌てて視線を落とした。
「セシリア・ベルベット。テトラ・ナインテール。二人とも大儀であった」
「はっ!」
セシリアとほぼハモる形で、跪いて返事をした。
「二人には後程、国から恩賞を与えるが――それとはまた別に、余自らも何か褒美をとらす。それまで、暫く休むがよい」
「はっ! ありがとうございます!」
セシリアが立ち上がった所で、私は更に続けて言った。私の意外な行動を見て、セシリアが驚いた顔をする。
「恐れ入りますが陛下――――」
「うん? なんだ?」
ゲラルド様が凄まじく恐ろしい形相をした。でも、もう私はあの頃の臆病な私ではない。私は近くで成り行きを見守っていたマリンの所に行き、戸惑う彼女の手を引いて再び陛下の目前で跪いた。
「マリン……陛下に名前を申し上げて下さい」
「え? ボク? は……はい。ボクは、マリン・レイノルズと申します」
ゲラルド様が何か言おうとしたが、陛下はそれを手で制した。
「ほう、それで?」
私は、彼女のお陰でホーデン湖を渡り切る事ができた事、それにトゥターン砦までついて来てくれてルーニ様救出に大いに貢献してくれた事、裏切り者のアーサー・ポートインと戦ってくれた事、全てを話した。
「陛下、このマリン・レイノルズがいなければ、ルーニ様救出はありませんでした。彼女にもどうか……どうか、お言葉を頂けないでしょうか?」
「え? え? いいよ、テトラ。ボクはいいからー?」
その場から逃げようとするマリンの手を強く握った。
「褒美ではなく、お言葉か――」
「はい、陛下。王国の為、ルーニ様の為、陛下の為。そして、友人の為。それらの為に、マリン・レイノルズは助力してくれました。もし陛下の一言でも頂ければ、マリンの慈悲と勇気ある行動は報われます」
「なるほど。よかろう。後程、マリン・レイノルズにも恩賞を与えよう」
「ありがとうございます」
私がこんな事を言うなんて…………マリンの顔を見ると、俯いて照れている様子だった。そして、セシリアが言った。
「じゃあとりあえず、皆でお風呂にでも入って旅の疲れと汚れを落としましょうか?」
私は、「はい!」っと言ってマリンの手を引いてセシリアについて行こうとした。これから、色々な事がかわるような気がする。私は前を向いた。しかしその時。誰かが私の肩を掴んで行く足を止めた。
振り向くと、そこにはゲラルド様が立っていた。
「小娘、少し付き合ってもらおうか」
「え? ははは……はい」
背中を冷や汗がつたった。
私は、ルーニ様を助け出す事によって自分自身が生まれ変わったかのように強くなったと思っていたけど、それは勘違いだったかもしれないと思った。
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〚下記備考欄〛
〇ローザ・ディフェイン 種別:ヒューム
クラインベルト王国の国王直轄の騎士団『青い薔薇の騎士団』団長。アテナやルシエルとは親友だが、彼女には騎士団の任務があり行動を共にする事はできなかった。でもまた今度、アテナ達とはキャンプしようと約束している。
〇アンソン 種別:ヒューム
ホーデン湖で漁師をしている老人。ルーニを救出しにトゥターン砦に向かうテトラ達に協力し、ホーデン湖を渡す手助けをする。そしてとびっきりの豚汁をご馳走してくれた。食いしん坊のマリンはこの豚汁で骨抜きになった。