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第1029話 『パスキアは、パスキアと その2』



 私は、エドモンテの近くまで行くと、耳もとで囁いた。



「だってさ。これじゃあ、仕方ないよね。こんな感じになってしまったけれど、もうこの縁談は終わりって事で、解散しようか。私もまたもとの生活に戻りたいし……あなたもこんな事に、いつまでも付き合わされたくないでしょ」


「姉上……ガスプーチンだけでなく、私は姉上に対しても呆れてものが言えませんよ」


「えへへ。それはひょっとして、あなたなりの誉め言葉だね」


「物言いが、ガスプーチンと似てきましたよ」


「ちょっと、それはやめなさい」



 弟とコソコソ言い合っているのを見て、ガスプーチンは怪訝な顔をする。しかし直ぐに笑みを作る。



「ですが、この件についての問題を解決する手立ては、あるのです」



 ガスプーチンの言葉に、エスメラルダ王妃の眉が微かに動いた。



「どんな方法ですか? どうせ、またなんとも言えないような事を言いだすのでしょうけども、この際です。折角ですから、聞いてあげましょう」



 エスメラルダ王妃とガスプーチン。お互いに、顔には微笑を浮かべているが、私達には2人の間に火花が飛び散っているのが見えた。フィリップ王やメアリー王妃もそれは見えているみたいで、その表情には苦笑を浮かべている。



「ふむ。それでは、ずばりと申し上げましょう。つまるところ……クラインベルト王国も、パスキア王国になって頂ければいいのです」



 は? 私もエスメラルダ王妃もエドモンテも、揃って顔をしかめた。どゆこと?



「そうすれば、何も問題はないでしょう。フフーン、まさに万事解決。拙僧らパスキア人は、パスキアの英雄の血脈や王家の歴史や伝説を、この先も大切に守っていかなくてはなりません。しかし時代が進むという事は、当然変化もある訳でして、受け入れねばならない事も多々あるものです。ですから、エスメラルダ王妃様、アテナ王女、エドモンテ王子もそうですが、是非とも我らがパスキア人になって頂きたいのです。そうすれば、何も問題などありはしません」


「ほう、見事な考えじゃ、ガスプーチン。極めて斬新な考えではあるが……ふむふむ。改めてその考えを精査してみれば、理にはかなっておる。流石は、我がパスキア王国の宮廷魔導士じゃな」


「お褒め頂き、恐悦至極でござりますれば」



 エスメラルダ王妃は、ガスプーチンとフィリップ王の会話を断ち切るように言葉を放った。



「我がクラインベルト王国を、あなた方は、馬鹿にしているのですか? こうしてわたくし達が、わざわざ貴国へ足を運んできて頭を下げて、縁談を申し込んでいるというのに……この言いよう!! 恥を知りなさい!! わたくしは、クラインベルト王国の王妃でありますよ!! このような場で、しかもわたくし達は縁談の話をしに来ているのに、貴国に対して従属しろというのですか? ふざけた話です!!」



 エスメラルダ王妃は、物凄い剣幕で叫ぶように言った。ガスプーチンは、それでも笑みを浮かべ、エスメラルダ王妃の怒りを受け流している。


 結局、ここはパスキア王国で、ガスプーチンもクラインベルトではなくパスキアの臣下であり、エスメラルダ王妃に従う必要はないのだ。だからと言って、かなりの挑発をしてくるなと思った。


 メアリー王妃が、エスメラルダ王妃を気遣うように言った。



「お気を悪くされないでください、エスメラルダ王妃。ガスプーチンは口は悪いですが、いつもこの国の先々を案じてくれていて、こういう国事に関する事などに対しては、特に心配してこういう物言いをついついしてしまうのです。有能な男なのですが、時折変な物言いをしてしまうのです。でもそれは全て、パスキアの繁栄と未来、そして平和の為……」


「申し訳ありませんが、メアリー王妃。わたくしには、このガスプーチンという胡散臭い魔導士が言っている内容は、別の事に聞こえます。先程も言わせてもらいましたが、これは貴国に対して、我が国に跪けと言っているように聞こえます」



 ガスプーチンは、エスメラルダ王妃がこういう反応をすると予め解っていたかのように、ニヤリと笑みを浮かべた。



「いえいえ、決してそういう真意ではございませんぞ。まさかまさか、帰国に対し従属せよなどと。ですからこれは、併合ですよ」


「併合ですって⁉」


「そうです。我が国とクラインベルトが一つの国になれば、領地も防衛力も国産力も全て二倍。いや、それ以上になるかもしれません」


「宮廷魔導士如きが随分と、ズケズケとものを言いますね。ガスプーチンといいましたか。もしそうなったとして、それではこの併合して巨大になったこの国を誰が治めるというのですか?」

 

「おっほっほーー!! それは、決まっておりますぞ」

 


 ガスプーチンは、両手をフィリップ王に捧げるように向けて声を大にして言った。



「フィリップ王以外、他にはおられませーーん!!」


「なにを馬鹿な事を」


「お言葉ですがエスメラルダ王妃。あなたが是が非でも進めたがっておられる、今回のアテナ王女とカミュウ王子の縁談。そちらもそういう似たような目論見があって、進められているのではありませんか。それならば、我が方も同じ。譲るつもりはありませぬぞ」


「よくもまあそのような事をぬけぬけと」


「事実でありまります。そして2つ目の理由もありますぞ。我がパスキア王国は、今回の縁談は、ハッキリ申し上げますれば特にどう転がろうとかまわないというのが本音であります。いや、これはあくまでも拙僧が勝手に申しておる事でこざいますが、陛下の為、このパスキアの為に申しておるつもりなのです」



 ガスプーチンが勝手に縁談の事を、突然結果がどうなろうと構わないと、相手国である私達の目前で、そう言い切ってしまった事に、フィリップ王は流石に当惑してこの場をとりつくろうとした。メアリー王妃もそうだったが、王子や王女たちはもはや傍観に徹してしまっている。



「ちょ、ちょっと待て。ガスプーチンよ。他国の王族に対して、流石に今の言い方は……余は、カミュウとアテナ王女の縁談については、ちゃんと考えてはおるぞ」


「もちろんでございます。ですがこの際、はっきりと申し上げておいた方がよろしいでしょう。ほら、こちらです! この見目麗しき姫君達をご覧ください。おおーー、なんとも美しい……」



 ガスプーチンは、もはや自分の国の王の言葉さえも聞いてはいなかった。暴走。こんな人が宮廷魔導士をしていて、それがまかり通っている国、パスキア。縁談、私は乗り気じゃなかったけれど、こうしてきてみて実際話を進めてみると、見えてくるものも多くある。


 パスキアには幼い時に一度だけ来たことはあったけれど、あの時は何も解らなかった。でも今は、見えるものも多い。自分のいた国と比べて、とても危うさを感じる国、パスキア。


 だからこそ、ガスプーチンもエスメラルダ王妃も、互いに互いの国を乗っ取ろうと画策したのかもしれない。だけどエスメラルダ王妃のこの計画の要であるカードの私は、縁談に乗り気じゃないし、ずっと嫌だと一点張りで言っている訳だけど。



「先ほど、ご紹介させて頂きましたモラッタ・タラー、デカテリーナ・ギロント、デリザ・ベートのお三方は、このアテナ王女の縁談を全面的に反対すると共に、何を隠そうカミュウ王子に対して、トキメキ……いえ、想いをよせている姫君達なのであります。そうですとも、真剣なる縁談を是非とも申し込みたいとおっしゃられている方々なのです。陛下もそうでしょうし、パスキアの者ならば同じ考えに辿り着いていると信じておりますが、拙僧と致しましては……パスキアの王子は、やはり同じパスキア人とご結婚されるべきかと存じます。伝説の勇者と共に魔王と戦った高名な血を、脈々と受け継がせて途絶えさせない事こそ、パスキアの繁栄と栄光を創りあげる道なのだと断言できますぞ」



 そういうことね。つまり、長々とガスプーチンの1人リサイタルに付き合わされて、そろそろ解放されたいなって思っていた所だけれど、ようやく解った。


 要は、私とカミュウの縁談を認めない者達の主だったものが、今日ここへ揃って押しかけた。そしてカミュウとの縁談を進めるのなら、条件としてクラインベルトは、パスキアに吸収されるって事ね。ありえない、絶対にありえる訳がない。私達だけで、決められる問題でもないしね。


 でもきっとまだ、この位じゃまだエスメラルダ王妃は、あきらめない。


 はあーー、そろそろ私もルシエル達のもとへ戻りたいな。ルキアやノエルは、今頃何をしているんだろう。きっとあの子達の事だから、この王都を拠点にして、何か面白い事にまた首を突っ込んでいるに違いないんだろうな。カルビの頭の匂い、嗅ぎたいな。



「と、とりあえず、これからどのようにするかは、一旦考えるとして――アテナ王女には恋のライバルができた。そういう事じゃな。ワッハッハッハ」



 フィリップ王の、なんとも言えないおめでたい言葉。ガスプーチンは、満足したみたいでこの場は一旦閉会した。目的は、とりあえずこの事を皆の前で公表したかっただけみたい。宣戦布告とも言うけどね。


 お父様なら、他国の王族にこんな仕打ちはしない。エスメラルダ王妃の高飛車な態度に非礼があったかのかどうかは何も言えないけれど、お父様ならきっと礼には礼で応える。


 あと、ひとつ気になった事。謁見の間を出てそれに気づいたけれど、ガスプーチンの言っていた、残っている私とカミュウの縁談に反対する最後の理由。まあ、なんとなく想像はつくけど、気になるな。

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