第1028話 『パスキアは、パスキアと その1』
ガスプーチンは、エスメラルダ王妃から私とエドモンテにも視線を移し、また何とも言えない人を小馬鹿にしているような、大袈裟な深々としたお辞儀をして見せた。
「では陛下には、この件につきましては、既にご説明の上、上奏させて頂いておりますが、エスメラルダ王妃他クラインベルト王族の皆様方、そしてこの場にお集まりいただきました、このパスキア王国の偉大なるフィリップ国王の臣下の皆様方にもこの場を借りて、申し上げましょうぞ。拙僧とここにいる3人の姫君は、アテナ王女とカミュウ王子の縁談に断固反対致します。そしてその理由を、これより語らせて頂きたく存じます」
エスメラルダ王妃のガスプーチンに対する嫌悪感は、限界を迎えようとしていた。私も言いたい事があるのなら、さっさと話せばいいのになと思っていた。
そう……なのに、なかなかこのガスプーチンという男は、本題に入らない。もったえぶって私達を挑発したり、ここに集まっている者の気持ちをあおったり……
はっきりと解る事は、ガスプーチンはあえてそういう態度をとっているという事。
エスメラルダ王妃の、扇を手にしている腕が震えている。そのままガスプーチンに投げつけるのではと思った時、エドモンテもそれに気づいて、エスメラルダ王妃の代わりにガスプーチンに言った。
「これはまた随分と、性格が悪い宮廷魔導士ですね。うちの爺……失礼、ミュゼ・ラブリックとは、また違う」
「ハッハッハッ、エドモンテ殿下。それは誉め言葉として受け取らせて頂きますぞ」
「貴殿が私の言葉を勝手にどう受け取ろうが、それはそちらの勝手。ですが私の母は、多忙な身でしてね。それでも娘の将来の為と両国の繁栄と調和、平和の為に押してこのパスキア王国までやってきているのです。貴殿らがこの縁談に反対と申し立て、上奏もされているというのならば、さっさとその内容をここで話せばいい」
おおーー!! いつもは、憎たらしい弟だけど、今はエドモンテを心の中で応援。私もこの宮廷魔導士はなんか嫌だから、知らないうちにエドモンテに心の中で声援を送っていた。もっとー! もっと言ってやれって。
私だったら、相手の挑発にのって「ムッキーー、もっとちゃんとしなさいよー!! こんなんでも一応、王女って事になっているんだからね!! それなりの敬意を払いなさい!!」っとか、怒りに任せて言ってしまいそう。
これでも一国の王女なのに、毎日キャンプや冒険者として好き勝手やっている自分を見て、一番笑ってしまうのは私自身なのにね。人の事を、とやかく言えない。あはは。
あと、エドモンテを応援してしまっていてアレだけど、そう言えば私はこの縁談を断りたかったんだ。だから本来なら、ここはガスプーチンを応援しなきゃいけないのに……ガスプーチンの態度と物言いに腹を立てて、エドモンテを応援してしまっている。
ガスプーチンは、エドモンテに対してまたわざとらしくお辞儀をする。対して、無表情のエドモンテ。
「さあ、それではいい加減、話して頂けますか。簡潔にお願いしますよ」
「ええ、解りました。それでは簡潔に申し上げさせて頂きます。拙僧がこの縁談を反対する理由。それは3つございまして――」
はあ!? 3つ!? え、そんなに!? てっきり11つだけだと思っていた私は、ガスプーチンの言葉に驚きを隠せなかった。
エスメラルダ王妃とエドモンテは、特に動揺しているようにも見えない。まあ、あの2人からすれば、私の駄目な部分なんて、山のようにあるんだろうけど。
流石に長くなってきたので、メアリー王妃がフィリップ王をつついた。するとフィリップ王は、軽く咳払いをするとガスプーチンに言った。
「これ、ガスプーチンよ。エドモンテ王子が申すように、簡潔に申せ。これだけの者を、長時間ここに縛らせておくのもいかんからの。それぞれ、国務というものがある」
「そうでしたな、そうでした。拙僧とした事が――申し訳ございません、陛下。では、順に申し上げましょうぞ。理由の1つ目ですが、まずパスキア王国についてであります。遥か昔、このヨルメニア大陸は魔王によって闇に覆われました」
歴史の話。今から遥か3500年以上昔。クラインベルト王国や、このパスキア王国。ドルガンド帝国だってそうだけど、このヨルメニア大陸に魔王と呼ばれる魔族の王が出現し、人間を殺戮し、街を壊し、その文化などを破壊し、人間という人間の生きていた痕跡すらも、根絶やしにしようとして暴れまわった悪魔の王がいた……っていう歴史がこの大陸にはある。
私はその話を子供の頃に、お母様やお父様。そしてクラインベルト王国の宮廷魔導士であり、オズワルト魔導大国の天才魔導士とも呼ばれた、ミュゼ・ラブリックこと爺にも昔話として何度も聞かされた。魔王の話は、まだ幼かった私には衝撃的な話で、とても怖かった。
でも最後には、魔王は人間によって倒された。そう勇者と呼ばれる存在に――
今の世界では魔王はいなくなり、勇者と共に魔王を倒す為に力を貸した勇者一行と言われる者達は、その後も伝説となり語り継がれた。
ガスプーチンは、その話について話をしている。なぜそんな遥か大昔の伝説と、私の縁談が関係があるのか。
「ここにいらっしゃいますパスキア王国の者であれば、皆ご存じであろうと思います。この偉大なるパスキア王国は、かつて大昔にこのヨルメニア大陸を絶望の淵へ突き落とした魔王を倒した、偉大なる勇者一行の縁のある国。勇者と共に旅を重ね、魔王を倒した者の血統を受け継ぐ王家であります。つまりパスキア王家は、魔王を倒した偉大なる者の直系でありますぞ。対してクラインベルト王家は、悲しいかな特にそういった血統はありませんな! ですから……」
エドモンテが口を挟んだ。
「貴国に対して、我が国は見劣りしている。貴殿はそう申されているのですか? それならば、聞き捨てできませんね」
「いえいえ、そのような失礼な事を申しているのではありませんぞ。ですが人は、噂するでしょう。我が国の王子と、貴国の王女ではとてもつりあわないのではと……宮廷魔導士として、それはどうかと考えますし……今も勇者とその一行を崇める民からの、無用な怒りもかいたくはありませんからな」
「そうですか。それなら貴殿は、カミュウ王子のお相手は、遥か大昔の魔王を倒したという者達の直系が相応しいと考えておられる。そう解釈すればいいのですか」
「いえいえ、そうは言っていませんぞ」
「そう言っているでしょう」
「滅相もありませんぞ。その証拠に、このパスキアの第一王位継承者エリック王子は、既にご結婚されておりますが、お相手は大昔の勇者一行の直系ではありません。要は何が言いたいかと申しますれば、この国は偉大な国なのですよ、エドモンテ王子。つまり拙僧はこう思っております。パスキア王族と吊りあうのは、同じパスキア人のみであると」
エドモンテは、ガスプーチンの言葉を鼻で笑った。
「話にもなりませんね。何を考えているのかと思えば、下らない。伝説など、所詮は伝説。古臭い考えだ。そんなものに、国交を左右されるとは、愚かな。陛下の懐刀は、このように愚かな事を申していますが、それでいいのですか、フィリップ陛下」
エドモンテは、ガスプーチンの言っている事はくだらないといった態度で、フィリップ王に言葉を求めた。でもフィリップ王の表情は、硬かった。
フィリップ王は、なんとガスプーチンの言葉に耳を傾けている。既に王や王妃、パスキアの者はパスキアの者と結ばれるべき。そういう考えに至っている、もしくはそちら側よりの考えを持っていると察した。




