第1027話 『相応しくない』
私だって、心中ではこの縁談を無かった事になるように望んでいるように、私とカミュウが結婚する事になったとしても、この国の全ての人がそれを祝福してくれる訳ではない。
私とカミュウの縁談を、反対する者達がこのパスキア王国にもいた。それはそれで、私としては願ったりかもしれない。カミュウはとても優しい性格をしているし、女の子みたいで可愛いと思う。とても魅力的な人だと思った。だけど私は、まだ結婚なんてしたくない。この気持ちは、変わらない。
だからフィリップ王が、私達の縁談に対して反対している者達がいて、今日ここへ押しかけてきているという話を聞いた時、ここへ私にとっての援軍がやってきたような気持になった。これで縁談が反故になれば、私はこのまままたルシエル達と合流して、冒険の旅に出る事ができるから。
とりあえず、上手くそうなったらいいな。誰だか解らないけれど、この反対してくれている4人には感謝かな。私にその気はないのに、ズルズルと縁談を進めるのも気が進まないし、カミュウにも悪いし。
この縁談については、断固反対する。そう言って、王のいるここへわざわざ押し掛けた4人。それぞれがエスメラルダ王妃、そして私に対して名乗り始めた。
「お初にお目にかかります、アテナ王女殿下。私は、パスキア王国タラー伯爵の娘で、モラッタ・タラーと申します」
如何にも貴族令嬢といった感じの女性。歳は、私より少し上のようにも見えるけど……
「御挨拶は、モラッタが先程致しましたので省略させて頂きます。私の名は、デカテリーナ・ギロントと申します。パスキア王国、ギロント将軍の娘にございます。この度は、エスメラルダ王妃、アテナ王女、エドモンテ王子と、クラインベルトの王族の方々がいらっしゃっているというのに、このように無作法にも押しかけてしまい、誠に申し訳ございません。この通り、心よりお詫び申しあげまする」
デカテリーナさん……歳は……ううーーん、ちょっと年上な気もするけれど、肌や髪を見る限りは若い。でも身体は、ゲラルドやエスカルテの街のギルマス、バーンも驚く程大きくて筋肉隆々。
師匠に組技から剣術まで教わっている私は、直ぐにこういう体格の人を見ては、強さを計ってしまう。でも将軍の娘ともいうし、とても強そう。
そう言えばローザのお父さんは、とても誉れ高い騎士だった。デカテリーナさんは、将軍の娘だと言っていたし、体格はぜんぜん違うけど、ローザの事をなんとなく思い出しちゃった。
フフ……デカテリーナさん、腕っぷしも強そうだけど、可愛らしいピンク色のドレスを着ているし、パスキアの騎士とか軍人だとかいう訳でもなさそう。だったら、身体は趣味で鍛えているのかもしれない。
でもやっぱり、彼女が纏っている武芸者の雰囲気から、騎士かもしれないとも思える。そしたら、ローザとどちらが強いかな……などと、またそういう事を考えてしまう、自分を少し恥じた。
「モラッタや、デカテリーナが先に申し上げましたので、重ねてのお詫びになりますが、どうぞお許し下さいませ。今日は突然押しかけてしまい、誠に申し訳ありませんでした。私は、パスキア王国教育大臣ベートの娘で、デリザ・ベートと申します。突然の事と存じますが、カミュウ様の事を思うと、いてもたってもおられずに、恐れ多い事と思いましたが、このように押しかけてしまいました。どうか、寛大なお心でお許しくださいませ」
えっと……貴族令嬢に将軍の娘、そして大臣の娘か。このとり合わせって……もしかして……
3人の娘が一斉に挨拶をすると、最後にガスプーチンが前に出た。目線は、私ではなくエスメラルダ王妃に向けられている。
この男に限らず、フィリップ王だってこの縁談が、エスメラルダ王妃の考えによるものだと理解している。私とカミュウの気持ちの行方などより、この縁談が纏まれば両国の利益なるかどうか差し計っているはず……なんだけど。
エスメラルダ王妃は、ガスプーチンを睨みつけるような目で見た。これから彼が話す内容は、だいたい察しがついているという顔。私もここまでくれば、なんとなく何を言ってくるのか……そしてフィリップ王が私達を急遽この謁見の間に呼び、この3人の娘がなぜ今私達の前にいるのか察しがついていた。
ガスプーチンは、エスメラルダ王妃に対して、大袈裟ともいえる大きな礼をしてみせた。そして覗き見るように顔をチラリとあげる。
「よろしいでしょうか? エスメラルダ王妃」
「なんなのですか? 言いたい事があるなら、はっきりとおっしゃいなさい!」
「では……先にご紹介に預かりましたが、拙僧はこのパスキア王国の宮廷魔導士を務めさせて頂いております、ガスプーチンと申します。そしてこちらの見目麗しい淑女のお三方ですが、拙僧と同様にカミュウ王子とアテナ王女の今回の縁談を、こぞって反対しておる姫君にございます」
「は? 意味が解りませんね。それはどういう理由で、そのような事を申しているのですか?」
「はい、では誠に恐れながら申し上げさせて頂きますれば――まず、拙僧と致しましては、カミュウ王子のお相手にアテナ王女は、相応しくないのではと結論に至った訳でございます」
ガスプーチンは、そう言って私の方をチラリと見た。そして私の事を少し小馬鹿にしたような表情で、笑ったようにも見えた。
カチーーン!! な、なんなのよ、あの宮廷魔導士!!
相応しくない!? そりゃ、私はこんなだし、普段は好き勝手な事をしているし、エスメラルダ王妃やエドモンテに言わせれば、冒険者という下賤な身分に自ら身を堕としているらしいけど、それにしてもそんな言い方ってあんまりじゃない!
確かに、縁談が破綻すれば私の望む所。だけどなんとなく、見下されて小馬鹿にされているようなこの気持ち。確かにカミュウ王子は、可愛いし優しくて両親であるフィリップ王やメアリー王妃をはじめ、兄弟や家臣の者達にも愛されているような人物には違いない。
だけど、こんな皆集まっている公の場で、私がカミュウ王子に相応しくないなんてわざわざ言うなんて……
……でも望む所というか、私的には願ったりな展開なのかなとも思う。かなり癪な感じだけど。
「まあそうは申しましても、相応しくないとだけ言えば良くない誤解を招きますので、その理由についてご説明させて頂きたいのです。よろしいですかな、エスメラルダ王妃」
エスメラルダ王妃は、頷く事もなくガスプーチンを、親の仇でもあるかのような目で睨みつけた。でもエスメラルダ王妃にとっては、この縁談を破綻させようとするガスプーチンの存在は敵以外に何者でもなかった。