第1025話 『怖いもの知らず その3』
モッチャモッチャモッチャ……
「はあーーー、美味い。このパン、最高だね。ふっくらしていて、匂いに食感、甘みも最高。とても美味しいよ」
エスメラルダ王妃とエドモンテは、揃って仲良くマリンを睨みつけた。
「あーー、ごめんごめん。黙っているよ。ボクは、ここにはいないと思って続けて続けて」
もう、マリンは……でもこのいつもの感じには、とても助けられる。
「エスメラルダ王妃には、今一度念を押しておきますが、私はカミュウ王子との縁談は承諾しましたが、結婚する気は微塵もありません。先に言われましたけど、カミュウとは2人でキャンプにも行きました。それは成り行きでしたけど、それで彼が優しくていい人であると解りました。素晴らしい王子様です。でも私の結婚したくないという気持ちは、一切変わりません。相手が誰でもです」
「ならあなたは、ずっとこのまま独り身でいるつもりなのですか。クラインベルト王国の王女ともあろうものが……嘆かわしい。モニカもそうですよ。あなた達2人は、いつまでたっても……」
モニカは、私以上に思い通りにはならないだろうと思った。だってあの性格……って、モニカの事は今はいいんだっけ。
「アテナ。あなたは王女です。クラインベルト王国の繁栄と平和の為に、その身を捧げるべきなのです」
「嫌です。私はあなたとは違う」
「な、なんですって⁉ 今のは聞き捨てできませんよ! もう一度、言ってみなさい!!」
「まあまあ落ち着いて、母上。それに姉上も、あえて母上を挑発するような事を言わないで頂きたい」
エドモンテが間に入る。同じテーブルでこんな話をしているのに、マリンはまったくのマイペース。マリンのペースでマリンペース。
「だって私は、最初にちゃんと言ったもん。私は結婚はしないって。でもドワーフの王国での件もあったし、私が呑んだ最初の条件はエスメラルダ王妃と会って話を聞く事、そしてパスキア王国に行ってカミュウ王子と縁談をする事。その縁談を進めて結婚するなんて言っていないし、その気もないの」
「それは、一国の王女にあるまじき発言ですよ! あなたは、国の為に尽くすべきなのです!」
「だから嫌なの! どうしてもっていうなら、私は今すぐこの地から去ります」
「へえ、そうなのですか。ならば直ちに追っ手を差し向けます」
「いつかのように、鎖鉄球騎士団にね。でもまた返り討ちよ」
「それだけではありません。ヴァレスティナ公国からも、あなたを拘束する為に兵を差し向けます」
「できるものならやってみればいい。そんなの全部返り討ちなんだから」
私とエスメラルダ王妃は、会話をするといつもこうなって、ヒートアップしてしまう。だから私は、彼女とはいつも一定の距離を保っている。なのにいつもエスメラルダ王妃から、私の方へ声をかけてきては、小言や意地悪な事を言ってくるのだ。
エドモンテが溜息を吐いて、私達に付き合っていられないとばかりに、呆れた顔を左右に振った。そこでマリンにデザートの苺が運ばれてきた。苺には、練乳がふんだんにかけられていて、とても美味しそうだった。マリンは、その苺のヘタを掴むと口に運んだ。
「これは美味だ!! これボク、大好きだよ!! あえて言おう! 美味であると!!」
あまりの美味しさに、咄嗟に思った事を口に出してしまったマリン。慌ててごめんなさいとばかりに、自分の口を抑える。
エドモンテがマリンを睨みつけると、2人の目が合ってしまった。すると何を思ったのかマリンは、練乳入りの苺が沢山入った器から、美味しそうな苺を一粒摘まむと、エドモンテに差し出した。
ああ、きっと手で払われる。そう思った刹那、マリンは更にエドモンテの顔の手前に苺を差し出した。エドモンテは怪訝な顔を一瞬見せたけれど、なんとマリンが差し出した苺に被り付いた。
このエドモンテの行動には、流石の私とエスメラルダ王妃も目を丸くして驚いた。まさか、エドモンテが……マリンに苺を食べさせてもらうなんて、このヨルメニア大陸がひっくり返ってもそんな事はないと思った。
「と、兎に角、エスメラルダ王妃。あなたがカミュウ王子との縁談を、私に続けろというのならまだ続けてもいいと思っています。でもこれ以上は、何より相手にも失礼ですし、今は結婚を一切考えていないという私の気持ちは、はっきりとカミュウに伝えようと思います」
「そんなあなたの勝手な言い分は通りませんよ!! 全てセシル王に報告します!!」
「どうぞ、ご勝手に。お父様なら、きっと私の気持ちを尊重してくれるから」
「……縁談は続けると言いましたね」
「言いました」
「なら、続けなさい。あなたはカミュウ王子と結婚するのですから」
「だーかーらー、嫌だって言っているでしょ!!」
どうあっても譲らない。まあ、私もそうなんだけど……
暫く睨み合っていると、苺を食べながらマリンが言った。
「ちょっといいかな」
『今、取り込み中だから!!』
私としたことが、エスメラルダ王妃と一緒にハモってしまった。迂闊にも、彼女と同時にマリンに言い放ってしまったし、振り向くタイミングもまさかの同じ。でも気まずいのは、向こうも一緒。
「それでマリン。なに?」
「傍から聞いてて凄く気になったんだけど、エスメラルダ王妃はアテナのお母さんなんだよね」
『…………』
私もエスメラルダ王妃も、マリンの質問につい黙ってしまった。
「だとすれば、なんだかおかしいなーって思って。アテナはエスメラルダ王妃の事をずっと、エスメラルダ王妃って言っているからさ。普通なら、お母さんとかママって呼ぶよね。それかママン」
「呼ばない。お母様か、もしくは母上だ」
私達の代わりに、エドモンテが突っ込んでくれた。
「そうか。じゃあ、それでいいか。だけどアテナは……」
ガチャッ!!
マリンが続きを喋ろうとした所で、部屋の扉が開いた。そして慌ただしい感じで、パスキア王国の外務大臣ロルス・ロイスが入ってきた。エスメラルダ王妃が彼を睨む。
「どうしたのですか、ロルス。ノックもせずに」
「申し訳ありません。いや、ちょっと……少し面倒な事になりして」
「面倒な事とは、なんなのです?」
「……はい。とりあえず、王から直接。ですので、これから謁見の間に一緒に来て頂きたいのですが」
少し面倒な事……なんだろう……
「じゃあ、ボクはこの辺で」
「え? そうなんだ。それじゃマリン。そういえば、クロエがどうしているか気になるから、様子を見ておいて」
「わかった……その頼み、任されたよ。あっ、そうだ。アテナ」
「ん?」
「…………やっぱりいいや。それじゃまた後でね」
食堂でマリンと別れると、私はエスメラルダ王妃と弟エドモンテと共に、ロルス・ロイスの後についてフィリップ王のいる謁見の間へと移動した。