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第1014話 『失恋』



 気が付くと、焚火の前でいつの間にか眠ってしまっていた。



「カトル君……」



 隣を見ると、誰もいない。焚火の炎はいつしか小さくなっていて、僅かにパチパチと音を立てている。


 そう言えば、あの後カトル君とお茶を飲んで少し会話をした。そして眠くなってきて、ちょっとうつらうつらしていると、カトル君が「そろそろ寝よう」って言ったので眠る事にして……テントを使っていいよって言ったんだっけ。


 ガサッ


 テントに近づく。中からは、かすかなカトル君の寝息が聞こえてきた。



「どうしよう。まだ真っ暗だし、もう一度寝ようかな」



 周囲は、真っ暗。耳をピンと立てて、少し集中してみる。あれ?



「どうしたんだろう? そう言えば、さっきから誰の声も聞こえない」



 あれだけヌマグロ狩猟達成の宴で大盛り上がりしていたのに、今は誰の声も聞こえなかった。もしかして、もう宴は終わって皆休んでいるのだろうか。


 辺りは、虫や蛙の鳴き声が延々としていた。


 私は、その場で立ち上がると、また周囲を見回した。



「そう言えば、ルシエルもノエルもカルビも……戻ってきていない。皆、宴を楽しんでいたから、そのままそこで眠っちゃったのかな」



 気になってくると、眠れない。ちょっと様子を見てこよう。


 傍に置いていた太刀、『猫の爪』を背中に背負う。太刀は一般的な剣に比べて、長さがあるので身長の低い私がルシエルと同じように腰に差して歩くと、地面に引きずってしまう。だから背中に背負っていた。


 あとは、破邪の短剣。エスカルテの街のギルドマスター、バーンさんが私にくれたもので私の宝物。この短剣は、アンデッドに強い特性を持っているので、御守りとしていつも腰に差している。



「さて、それじゃルシエル達……どうしているのか、ちょっと見てこようかな」


 ガサッ!!


「え? なんだって?」


「きゃああっ!!」


「ひええ!! な、なに⁉」



 いきなりテントの中から、カトル君が顔を出してきたので、思わず声をあげて驚いてしまった。



「ご、ごめんなさい。起きているとは思わなくて、驚いてしまいました」


「こちらこそ、ごめん。それはそうと、まだこんな暗いのに……ルキアは何処に行こうとしていたの?」


「え? その……ルシエル達が戻ってこないから気になって」


「あれだけ食べてお酒を飲んでいたから、きっとそこらへんで酔いつぶれて眠っちゃっているんだと思うよ」


「そうかもしれない。でも、それならそれで、一目その姿を見ておけば安心できるから」


「ルシエル達は、冒険者として同じパーティーの仲間というよりは、家族みたいなものなんだね」


「うん、そうだよ」


「そう。それじゃ、僕も一緒に行こうかな。起きちゃったし。それに朝が来て王都に帰る事になれば、もうここに来る事はないと思うから……今のうちにこの場所も、色々と見ておきたいし……」



 カトル君のお父さんは、きっとこの事を知っていたのかもしれない。カトル君のフーナさんへの想い。今にして思えば、そういう感じはしていた……


 私がそう思っている事を見透かしたかのように、カトル君はテントから出ると私の方へ向き直って言った。



「僕の父さんは、僕がこの村に来ている事も、フーナを追っていった事も……実は、知っているんだ」


「え? それってやっぱり……」


「そうだよ。結局、フーナは人間の僕を、恋人としては見てくれなかった。だから一緒にはなれない。でも、種族を超えてフーナの事は今でも素晴らしいと思っている。僕の父さんは、そう言って思っている僕の事を恥ずかしいって思っているんだ」


「ラトスさんは、私達にこの依頼の話をしてくれている時、凄くカトル君の心配をしていました。この森に来た時だって、一緒に来てくれました。危険なので、そこからは王都へ戻ってもらいましたけど」



 カトル君は、ラトスさんが本気で心配していたという私の話を聞いて鼻で笑った。



「違うよ。僕と父さんは、王都に住んでいる。王都に住む者は、街での生活を中心としているし、魔物なんて恐ろしいとか汚らわしいとか、そんな風に思っている。実際、口に出さない人でも、そう思っている人が普通だよ」


「でも私もフーナさんに会いましたけど、とても素敵な人だと思いました」


「ルキアは、パスキアの国民じゃないじゃないか。クラインベルトはどうか解らないけれど、パスキアの王都に住んでいる者はだいたいそうなんだよ。魔物は魔物。人間に害をなすもの」



 フーナさんとは、いい友達になれたと思った。だからすっかり忘れていた。彼女は魚の魔物だという事を……ザカに会ったばかりの時は、私達もそう捉えていたはずなのに、いつの間にかザカとも仲良くなって……



「ずばり言うよ。僕の父さんは、息子が魔物に恋心を抱いているなんて絶対他人には知られなくないし、そんな事はあってはならないって思っているんだよ。だから僕は、父さんから逃げてこの森にやってきた。フーナに会う為に」


「それでラトスさんは、カトル君を追ってこの森へ来たんですね」



 頷くカトル君。



「そう。追ってきた父さんを森で撒いて、フーナに会いに向かった。そして他のフィッシュメンに捕まり族長に怒られて、牢に入れられた。頭を冷やせってね」


「……でもお父さんは、カトル君の事を……それにフーナさんも」


「解っている。僕は明日起きたら、王都へ大人しく戻るよ。この森にも二度とこない。フーナの心は、ウオッシュに向いている。こうしてみると、僕はただ一人。狂っていただけだった。人は人で、魔物は魔物……って僕以外の皆はそう理解しているのに、僕だけ狂っていて家出までなんかして……」

 

「カトル君は、狂ってなんかいないです。例えばですけど、私は魔物でもあるカルビの事を家族として愛しています。相手を好きになったり大切にしたいって思う事に、種族とかそういうのは関係ないと思いますよ」


「……ルキア」


「カトル君とフーナさんは、一緒になれませんでした。確かにそれは残念ですけど、出逢った事や、胸に抱いた想いは無駄ではないと思います。気持ちはしっかりと伝わったはずですから」


「……そう……そうだね。ありがとう、ルキア」



 私がこんな事を言うのはとてもおかしいかもしれないけれど、カトル君はまだ若い。少年だ。だからここで転んでも、ぜんぜん起き上がれるし全てこれからだと思った。


 大丈夫。彼ににっこりと微笑みかけると、彼も微笑み返してくれた。



「それじゃ、ちょっとルシエル達を探しに行ってきます」


「それなら僕も一緒に行くから」



 カトル君がそう言ってこちらに来ようとした時、後ろで草陰が動いた。人影。誰かが飛び出してきて、カトル君に襲い掛かろうとした。


 私は咄嗟に、太刀『猫の爪』を抜いてカトル君を助けようと横へ払った。

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