第1013話 『アテナのように……』
夜遅くまで、宴は続いた。ルシエルとカルビは、まだザカやウオッシュさん、それに他のフィッシュメン達と、ご馳走を食べてお酒を飲んで、踊ったり騒いだりしているみたい。
ノエルもヌマグロの肉を食べながら、ずっと一人でお酒を飲んでいる。
そろそろ眠たくなった私は、カトル君に言った。
「そろそろ眠くなりましたね」
「ああ、そうだね。でも僕、寝る場所無いし。もう一度、牢に戻ろうかな……あそこなら眠れるし」
「それなら、私達のキャンプに来ませんか?」
「キャンプ? キャンプってここは、村だよね。もしかして外に……」
「違います。ザカには、家を使っていいって言われたんですけど、私達は4人いるのでそうなるとちょっと狭いかなって思って。でも幸いテントを持っているので、族長に言って村の隅にテントを設営させてもらえるようにお願いしました」
「そうなんだ。でも、そのテントに僕がお邪魔してもいいのかな」
「多分大丈夫ですよ。この分だと、ルシエルは確実に戻ってこなさそうですし。焚火の許可ももらっているので、テントを使わなくても毛布と焚火さえあれば私、外でも眠れますので」
「逞しいと言うか……凄いな。流石、冒険者だね」
「フフ、キャンパーです」
そう言ってにこりと笑うと、カトル君も笑った。フーナさんの事で、落ち込んでいたみたいだけど、少し話をした事もあってか、だいぶ元気を取り戻してきているような気がした。
私はまだ恋をした事もないし、憧れみたいなものはあるけど、正直よく解らない。だけど失恋すると、つらいという気持ちは理解できる。
テントは、族長に許可をとった時にもう設営していた。カトル君と一緒にそこへ向かう。村の隅にある場所で、真っ暗だった。辺りからは虫の鳴き声と、蛙か何かの声。
「確かにテントだ。この辺薄暗いし、沢山虫がいそうだけど」
カトル君が、虫を気にするようなセリフを言ったので驚いた。だって、フーナさんに会う為に父親を振り切ってこの森で1人、彷徨ったりしていた位なのに、虫なんか気にするなんて。でもそれは、心が落ち着いてきている証拠。
「虫は沢山いますけど、このフィッシュフォレスト全体がそういう森なので、しょうがないと思いますよ。それに虫対策はできますよ」
「虫対策?」
既にテントの前には、薪を組んで焚火の準備をしてある。私はザックから火打ち石を取り出すと、予め集めていた枯草に火を点けた。
枯草についた火は、初めは小さなものだったけど、両手で掬って息を吹きかけると煙が立つ。すると枯草に火が点き、いきなりボアっと燃え上がりメラメラと音を立てた。
「うわっ!! 凄い、火だ!!」
「えへへ。ちょっと待っててね」
火の点いた枯草を薪の中へ押し込む。外側には太い薪が見えるけど、実は内側に組んでいる薪は、枝みたいな細い物でよく乾いている。そして着火しやすいように、この森に来る前に見かけて取っておいた針葉樹の枯れた葉も押し込んでいたので、一気に火が点いた。
メラメラと火が炎になり、ゆらゆらと踊り出す。
「うわー。焚火だ、焚火。一気に明るくなった」
焚火。薪に火を点けただけなのに、カトル君は感動をしている。でも思い出すと、私もそうだった。初めてアテナと出会った時、私は賊に捕まって奴隷として売り飛ばれかけていた。それを偶然通りかかったアテナが、私達を見つけて助けてくれた。
私達は、精神的にも体力的にも限界だった。アテナはそんな私達を救う為に、美味しいご飯を作ってくれた。その時に見た、焚火。暖かくて安心した。冷静になって考えてみれば、薪に火をつけただけなのに、あの時私達には特別な火に見えたのを今も覚えている。
私達を癒してくれて、安心を与えてくれた魔法の炎。目を閉じると鮮明にあの時の記憶が甦る。恐怖と絶望の渦にいた私達に、暖かなぬくもりをあたえてくれたアテナの圧倒的な優しさ。
「えっと……カトル君はちょっとここで座って待っててください」
「え? 何処か行くの?」
「ううん、何処にもいかないですよ」
私はそう言って、焚火から少し離れる。そして近くに生えていた木の枝を、ナイフで切り落として手に入れた。生木。葉の沢山ついた枝、それを持ってカトル君のいる場所へ戻ってくると、焚火にその枝を突っ込んだ。物凄い白い煙が、焚火から舞い上がる。
「ごほおおっ!! ごほっ、ごほっ!! ルキア、君は一体何をやっているんだ⁉ これはどういうつもり!?」
「ごめんなさい、煙がそっちに行っちゃった。もう少し、こっちへ来てくれますか?」
煙が直撃。カトル君は、目から涙を流しながらも咳込む、そして私のいる方へと慌てて逃げてきた。
「ごほっ……凄い煙……それで、なぜこんな事を?」
「虫よけですよ」
「む、虫よけ?」
「虫は煙を嫌うから」
「な、なるほど。でもどうしてこんなに煙が……」
「それはさっきの枝だからかな。水分が多いと、沢山煙がでるんですよ」
私が説明するとカトル君は、なるほどと感心した顔をした。
えへへ。実は、これも全部アテナから教えてもらった事。それを私は、カトル君に説明しているだけ。単なる受け売りを披露しただけだけど、ちょっとアテナのようになったような気がして、嬉しくなった。
「ちょっとだけ、待っていてください。今、温かいお茶を入れてあげますね」
「お茶か……凄くいいね。ありがとう」
水の入ったポットを焚火にかけると、2人分のマグカップと茶葉を用意した。
この茶葉は、購入したもの。だけど、そのうち私もアテナのように、お茶にできる葉や薬草などを自分で見つけて選別して、干して乾燥させたりブレンドしてみたりして、手作りの美味しいお茶を作ってみたい。
そうだ!
パスキアの王子様との縁談の件。それが終わってアテナが戻ってきたら、薬草茶の作り方を本格的に教えてもらおうと思った。きっとアテナなら、教えてくれるはず。今からその事を考えると、凄く楽しみだな。