第1007話 『二人の出会った場所』
フィッシュフォレスト、『ヘドロプール』までの距離――徒歩にしてあと30分から40分程で到着。私達5人は、泥濘などに気を付けながらも深い森の中を突き進んでいた。
ザカが私の隣に来た。
「ルキアハ、トシハイクツダ?」
「え? 9歳です」
「9サイ……マダ、オサナイ。コドモ。ヌマグロガ、コワクナイノカ?」
「そ、そりゃぜんぜん怖くないって言えば嘘になりますけど……でも大丈夫です」
「ナゼダ? ジブンノ、ツヨサニ、ジシンガアルカラカ」
「それは……ぜんぜんです。正直に言っちゃうと、ぜんぜん自信なんてありません。ヌマグロにも会った事がないので、どれ位恐ろしい魔物かまだ解りません。でも恐ろしい魔物には、今まで何度も遭遇してきました。その経験は、あります」
「ソウナノカ」
「はい。ノクタームエルドでは、ドラゴンとも遭遇したんですよ」
「ド、ドラゴン!? ソレハ、ジョウダンカ?」
「冗談じゃないですよ。地竜、グレイドラゴンですけど、私達の凄く頼りになる仲間で、私のお姉さんみたいな人でアテナと言って……今は別に用事があって、王都で別行動をしているんですけど、そのアテナがグレイドラゴンを倒したんですよ」
「ギョギョ!! ウソダ!! イヤ、ルキアハ、ウソヲツカナイ……ットイウコトハ、ホント……シンジラレナイ」
前を歩いていたルシエルの長く尖った耳が、ピクピクと動いて反応する。
「ちょっと、その話は違うなー」
「え? 違うくないですよ。だってグレイドラゴンは、アテナが一刀両断したって……」
「そうなんだけどさ、その前にこのオレ! このオレ様が、そのグレイドラゴンを操っていた、悪のリザードマンの大将をやっつけた上で、そのグレイドラゴンをヘトヘトに弱らせたのよーう! アテナは、だからこそグレイドラゴンを、さも簡単に倒すような事を成し遂げられたっつー訳よ。言わば美味しいところを、この強くて優しくて賢いルシエルさんから奪っていったのですよ! けしからん!」
「えー。そうですか?」
「そうなんだよ。なんだ、ルキア。その目は!」
「だって……」
「このーー、信じてないな! このアテナ崇拝者め。猫耳と尻尾、そして顔が可愛いからって調子にのりよってからに!!」
「ちょ、調子になんかのってません! ルシエルと違って!」
「なんだとー、この猫娘。最近は随分と言うようになったではないか。いいのか? 今は、お前を守ってくれるアテナはいないんだぞ。オレがその気になれば、延々何時間も繰り返される、消して終わらないくすぐり地獄に突き落とす事も可能なんだよ? やめてって言っても、決してやめないし、止めてくれえるアテナはここにはいないんだぞー」
悪魔のような顔をするルシエル。未だかつてこんな顔をするエルフがいただろうか。ダークエルフなら、こういう顔をする人がいるかもしれないけど……
「く、くすぐるとか、そ、そんなの卑怯ですよ!」
「卑怯ではない。ムヘヘヘ、むしろ力を持っているのに、使わない方がどうかしている。ルキアより、オレのが強いもんね。アテナのいないうちに、蹂躙してやる。そうだ、いい事を思いついた。今日の夜は、王都で宿でもとるのかザカの村でお泊りするのか、この森でキャンプするんか解らんけど、そうなったらルキア……お前をオレの専用抱き枕にしてやる。喉乾いたとか、おしっこ行きたいとか言っても、決して離してやらんからな。可愛いから、意地悪してやる。グヘヘ」
「なっ!! そんなの横暴です!! やめてください!!」
「嫌だね」
「なんでですかー。なんで、そんな意地悪するんですか!」
「だって、ドラゴンの件でザカにオレの活躍をはしょったし、ルキアは可愛いからついつい意地悪したくなるんだよねー。あと、ルキアはいつもアテナにべったりだろー? だからこんな無防備ルキアは、珍しいんだよ。SSレア。このチャンスをどうにか活用しないと、もったえないだろ? なあ?」
狂気に満ちている。ちょっとふざけているのか、それとも本気で言っているのか解らなくなってきた。
「ヒャッヒャッヒャ。くすぐられて泣き叫ぶ、お前の顔を思い浮かべると今から楽しみで、オレの方がおかしくなりそーだぜーい!! ブヘヘヘヘヘ」
「そ、そんなの、やめてください!!」
「嫌だっつってんだろー。この世は弱肉強食なんだぜ。この森にいる生物だって、皆そうして生きているんだ。ヒャッヒャッヒャ。嫌なら、抵抗して力づくで止めて見ろ。なんなら、カルビと2人がかりでもいいぞ。どっちもオレ様の、専用抱き枕にしてやるわ!! フハハー。止めてみろ、止めてみろ! 止められるものなら、このオレを止めてみるがいい! こうなってしまっては、どうにも止まらんぞおお!!」
どんどんルシエルの悪い部分が、暴走してくる。これは、本当にこちょばかしてくるかもしれない。
すると黙って私とルシエルのやりとりを聞いていたノエルが、こちらに振り返った。
「あたしが止めてやる」
「え?」
「あたしが止めてやるっていったんだ。なんなら、あたしも一緒に抱き枕にしてみてはどうだ? 抱き着くまでに、歯が残っていればいいがな」
急に真顔になるルシエル。今までの会話、何もなかったようにザカに言った。
「えっと……それはそうと、そろそろ目的かな?」
「おいこら、そこのエルフ!!」
ルシエルは、ノエルの言葉を無視してタタタと走り出す。私達も後に続く。すると目の前に、湖のように大きな沼が現れた。
フィッシュフォレストの中にある、木々に囲まれた巨大沼。その光景は、ここへ来る前に村でフーナさんが話してくれた場所そのものだった。
ここで、フーナさんは優雅に泳いでいて、カトル君と出会ったんだ。




