第1006話 『チャララッチャーチャー』
私達がヌマグロを狩りに行くというと、族長をはじめ、村の皆は私達を見送ってくれた。
村にやってきた時は、人間である私達の事を凄く警戒している様子だった。更に冒険者だと知ると、まるで恐ろしいものでも見る目をする村人もいて……
だけどザカは、違った。フーナさんだってとても有効的な人だし、族長もそうだった。ルシエルやカルビと遊んでいた子供達だって、楽しそうだったし打ち解けてくれていた。
彼らにとって、冒険者は天敵なのかもしれない。だけど私達は、彼らと出会い、彼らの事を知る事ができた。それでいい人達だって理解できた。だからこの調子で徐々にでも、もっと仲良くしてもらえたらいいなって思う。
皆に見送られ、最初に通ってきたトンネルのようなゲートをまた通って外へ出る。するとウオッシュさんが、数人のフィッシュメンの戦士を連れて追ってきた。ルシエルが手をあげる。
「おー、どうした? お前らもお見送りか」
「ショウキカ? オマエタチダケデ、ヌマグロヲカルナド。オレタチデモ、サンジュウホドアツメテ、カリニデルンダゾ」
「大丈夫だって。危なくなったら、ちゃんと戻ってくるから」
「ソコマデイウナラ、モハヤイウコトハナイガ……」
ウオッシュさんは、そう言って私の方を見つめた。
「あの……なんですか?」
「ルキア……ダッタナ」
「はい」
「フーナガ、オマエヲシンパイシテイタ。マモッテヤレト……」
「フーナさんが……」
「オマエヲ、キニイッテイル」
私はウオッシュさんに、元気に微笑んでみせる。
「大丈夫です。私は冒険者としてまだまだですけど、一緒にいるルシエルやノエルはとても強いですから。本当にピンチの時は、私を助けてくれます。ですからウオッシュさん達は、私達がヌマグロを仕留めた後、村まで運ぶ係りをお願いしたいです。いいですか?」
「ソレハ、モチロンダイジョウブダガ……」
「それじゃ、行ってきます。心配しないで、待っていてください」
「…………ワカッタ。クレグレモ、キヲツケテナ」
私とルシエルは、ウオッシュさんと村の戦士達に手を振った。『ヘドロプール』という大きな沼のある場所は、既にノエルが聞いているみたいで、先頭に立って私達を誘導してくれている。
暫く歩いていると、ルシエルがノエルのお尻を軽く叩いた。
パシンッ
「きゃっ!」
「ヒャハハ。ルキア、今の聞いた? キャって言ったぞ。いつもは狂暴なノエルがキャってな。ウハハ」
「てめー、絞め殺すぞ!」
「まあ、絞め殺すって! 聞きました、奥さん?」
「私、奥さんじゃないですよ……」
ルシエルがちょっかいを出した理由は、私には少し解っていた。ノエルは、どうも道に迷ったみたい。だけど、このジメッとして薄暗く、密林のようなフィッシュフォレストなら誰でも迷ってしまうと思った。
「誰だーー!!」
「な、なんだ⁉ ぎゃっ!!」
ドシャッ!
唐突にノエルが叫んで、それにびっくりしたルシエルが足を滑らせて尻もちをついた。私は直ぐにルシエルにかけよって、彼女の手を掴んで立たせた。
ルシエルは、泥で汚れたお尻を摩って悲しい目をする。
「あーー、嘘だろー。これもうスカートだけでなく、パンツまでグッショグショになっちゃってるよー。泥だから、汚れちゃっているしー」
「大丈夫ですよ、後で洗えば元通りですよ。それより、ノエル!!」
ノエルは、誰かの気配を感じたので叫んだ。見ると近くの木々の影に人……ううん、魚の姿が……私達は、そのシルエットを見て一斉に叫んだ。
『ザカ!!』
「ツイテキタゾ」
「なんでだよ、なんでついてきた? ヌマグロって奴は危険なんだろ?」
ルシエルは、勝手についてきたザカに困ったように言った。だけどその表情は、少し嬉しそうにも見える。
ザカがいれば、目的地まで迷わないで辿り着ける。それにこのフィッシュフォレストにも詳しい。でもルシエルがザカの姿を見て少し嬉しそうにしたのは、それだけじゃない気がした。ザカはもう、私達と友達だから……
だから彼が私達を心配して追ってきてくれた事が、素直に嬉しい。
「キケンダカラコソ、キタ」
「でもよー、ウオッシュ達を見ただろ? ザカも怪我するぞ。いや、怪我で済めばいいけどよ」
「ルシエルタチハ、ケガシナイノカ?」
「オレは、まあしないね。だってAランク冒険者だしな。因みにAランク冒険者っていうのは、めちゃくちゃ強いんだぞ!」
「ソウカ。ナラ、ノエルハドウナンダ。チイサイシ、アブナイ」
「あたしもAランク冒険者なんだよ。心配無用だ。あと小さいは余計だ。こういう種族なんだよ、ドワーフってのは」
「ソウカ。ルシエルト、ノエルハ、ワカッタ。ジャア、ルキアトカルビハ? ドッチモチイサイシ、ヨワソウ。ダカラ、オデガイッショニ、イッタホウガイイ」
ザカに弱そうと言われてしまった。ルシエルかノエルが、自分の時みたいに言い返してくれるのかなと思っていたら、何も言わない。しかも少しニヤニヤしている。じゃあ、自分で言うしかない。当たり前だけど。
「わ、私はとても弱かったです。だけど今は、それなりの経験を積みましたし、戦闘も少し自信があります。それに先にも言ったように、冒険者ですから」
「オデダッテ、センシダ。フィッシュメンノ、センシ。ダカラ、ルキアタチト、イッショニイキタイ」
アテナなら、どう判断するんだろう。それでも駄目って言うのかな。あの本の説明を見る限りでは、ヌマグロっていうのは、強力な魔物のようだった。
悩んでいると、ルシエルが大きく息を吐いて言った。
「ハアーーー。解った。確かにザカがいてくれた方がいい。ヌマグロって奴とも戦った経験はあるんだろ?」
「アル。ナンドモナ」
「そうか。じゃあ、慣れているだろーし、いいんじゃねーかな。なっ、皆」
「あたしは別に……むしろ、道案内を頼めるし、好都合じゃないか」
「ザカがいいなら、私も賛成です。心強いです」
ウーー……ワウ。
「キマッタナ」
ザカは、持っていた銛を頭上でグルグルと勢いよく回転させると、大きく跳躍して私達の目の前に格好良く着地した。そして、決めポーズと決めセリフ。
「チャララッチャーーチャーー。ザカガ、ナカマニナッタ」
私達は、ザカがこんな感じにふざける事ができるのだと驚いて大笑いした。そしてルシエルは、親指を立てて返した。
「何言ってんだよ。ザカは、既にもうオレ達の仲間だぜ!」
誰とでも仲良くなってしまうルシエルのそういう所は、アテナと同じ。だけどルシエルの場合、魔物とも凄く仲良くなっているような気がする。
ルシエルは、そういう特別な力を持っているのかもしれない。




