第1005話 『ヌマグロ その2』
本心は、ザカや村の皆を助けてあげたい。
彼らの村の生活は、このフィッシュフォレストにある恵みで成り立っているようだった。
例えば、フーナさんの家によ寄った時に、彼女が出してくれた幼虫や鼓動する豆。緑色のジュースもそうだけど、皆この森で採れたもの。
村を見渡す限り、彼らは農耕を営んでいるようには見えなかった。家畜もいない。だから生活の基本は、狩り。もしも狩りができなかったり、獲物が仕留められなかったり見つからなければ、生活は成り立っていかなくなる。
だから大きな獲物であるヌマグロが現れて、大騒ぎになっている。
ザカの家に戻り、早速魔物に関する事が記されている本を開いて読んでみた。するとそこには、やはりヌマグロの事が載っていた。ルシエルとノエルが、私を挟んで左右から覗き込んでくる。ザカはカルビと一緒に少し離れた場所で、愛用の銛を磨いていた。
「おおーー!! こいつかーー!! なかなか凄そうな奴じゃねーか!! こんな魔物、オレは知らなかったぜ」
「ノエルは、どうですか?」
「うーーん、ノクタームエルドに似たような奴がいるが……でも違うな。こいつは、初めて見るな。泥の中を泳ぐのか」
「はい。流線型の身体が特徴的で、泥の中もスイスイと泳ぐそうですよ。本気を出せば、スピードもとても速いみたいです。あと、ナワバリを決めるとそこで遊泳したりするそうですよ」
「アハハハ、おっもしれー奴だぜ。しかもこいつ、顔に髭があるな。面白えな」
「はい。髭がありますね。えっと……これは、探知する為のもののようですよ」
「探知する髭?」
「そうです。ヌマグロが生息しているのは、泥沼ですから。とうぜん、泥の中は透明度がないので、目が見えない訳です。だからこの髭を使って、周囲の状況を知るらしいですよ」
「ほうほう、そうなのか。なんでも書いてあるな、この本は」
「アテナは、とても素敵な本を私にくれました。えへへ、私の宝物です」
「確かにいいものだ。それで、そのヌマグロなんだけど、今は何処にいるんだ?」
ルシエルがそう口に出すと、私とルシエルはザカの方を見た。
「マダ、キイテナイ。ダカラ、イマカラウオッシュニ、イバショ、キイテクル」
「いや、いい。場所なら、あたしがもう聞いた」
ノエルだった。
「ノエル、本当ですか? いつの間に聞いたんですか?」
「ホントか? もう聞いたのか?」
「やめろ! 寄ってきすぎだ。ちょっと離れろ! そしてルシエル、お前はどさくさに紛れてあたしの脇腹を摘まむな」
「シシシ、バレたか」
「シシシじゃねー、次やったら潰すからな」
「え? 潰すって何を!?」
ルシエルは震えながら、ノエルから少し距離を取る。でもふざけてそうしているのは、誰が見ても解った。ノエルは続けた。
「ヌマグロは、どーもこの村から少し離れた場所にある、大きな湖サイズの沼にいるらしい。ウオッシュ達は、狩りに出て森の中でヌマグロと遭遇した。そして仕留めようとしたが、一撃ではやれなくて戦闘になった。そして狩る側だったはずのウオッシュ達は返り討ちに合って、命からがら逃げたらしい。ヌマグロは、その後も攻撃をしかけてきたウオッシュ達を襲おうとしたけど、フィッシュメン達も激しく抵抗。暫くして、その湖サイズの沼の方に逃げて行ったらしい」
「そうだったんですか。でも、その大きな沼の方に逃げて行ったからって、今もそこにいるとは限らないんじゃないですか?」
「いや、そこにいる。その本にも書いてあるだろ。ヌマグロは、ナワバリを作る。とても大きな身体らしく、ナワバリを作ったらそこで遊泳する。つまりお気に入りの場所を見つけるにしても、その巨体が遊泳できる位のナワバリでないといけない訳だ。見つけりゃ、簡単には手離さないだろうな」
ザカは強く頷いて、ノエルの言った事に対して強く肯定した。
「ソウダ。タシカニ、ソノトオリダ。ウオッシュタチガ、ヌマグロト、ソウグウシタバショ、ソノチカクニハ、オオキナヌマガアル。ソンナヌマハ、チカクニヒトツシカナイ。ダカラ、キットソコニイル。『ヘドロプール』トイウ、バショダ」
「ヘ、ヘドロプール!?」
「すっげー、ネーミングだな。ってルキア……そのリアクション、その沼を知っているのか?」
「はい、実はそこでカトル君は、フーナさんと出会ったみたいで……」
驚くルシエルとノエル。ザカもびっくりしているようなので、彼もどうやらそこまでは、2人についての話を知らなかったみたい。
ルシエルは立ち上がると、自分の荷物から弓矢を手に取り装備した。それを見たノエルも、愛用の戦斧を手に取り背負う。
「もしかして、これから行くんですか?」
「そりゃそーだろ。暗くなるまでは、まだ時間があるしな。善は急げ。さっさと済ませて、ここへ戻ってこようぜ」
「魔物狩りなら、望むところだしな。それに、カトルの目を覚まさせて父親のもとへ連れ戻すっていう面倒くさい依頼よりも、あたしの性分にあっている」
「め、面倒くさいって……でも、解りました。ヌマグロもずっとそこにいるかどうか、誰にも解りませんからね。早い方がいいでしょうし、行きましょう!」
「おっ、ルキア。やる気だなー」
ルシエルがからかってきたので、頬を膨らませた。
「やる気も何も、決めたら行きましょう!」
ヌマグロを狩って村に持ち帰れば、ザカもフーナさんも族長も村人皆が喜ぶ。そしてカトル君を、牢から出してもいいって約束も既に得る事ができた。なのに、なんだかずっとモヤっとした何かが、心の中で燻っていた。
きっとそれは……私が既にもうアテナに会いたくて仕方がなくなってきているのだと思った。アテナに、会いたい。会って顔をみたい。
縁談の話に決着をつける事ができれば、アテナは、マリンとクロエと共に私達のもとへ戻ってくる。でもそれは、明日からもしれないし明後日かもしれない。一週間後だってありえるかもしれない。そう、ぜんぜん目処が立っていない状態。
つまり、今日の可能性もあるという事。
私達が王都から出て、このフィッシュフォレストの森にいる間にも、アテナの用事はもう終わってしまって、王都で私達を探しているかもしれないと思った。きっと心のモヤっとしたものの正体はこれ。
ああ、こんな事なら、合流できる事になったらお互いに直ぐ解るような、何か方法を考えておけば良かったなと思った。だけどあの時は、アテナの縁談の事で皆頭がいっぱいだった事を思い出した。




