第1003話 『フーナとカトル その2』
フーナさんは、カトル君と出会った話を続けて話してくれた。
「私は村を抜け出して、『ヘドロプール』に辿り着くと、久々に味わう解放感や広い泥沼で泳げる事に感極まってしまって……到着するなり、頭から飛び込んでもう気が済むまで泳いだわ。そして泳いで泳いで泳ぎ疲れた後、沼の近くの木陰で、少し休んでいたの。そしたら、森の中に人間の気配を感じて……」
「カトル君だったんですね」
「そう、その通りよ。そこで、カトルと初めて出会ったの。それからカトルは、私の事をじっと見ていて……最初は、私のようなフィッシュガールという種族が珍しいから、好奇心で見ていると思っていたんだけれど、どうもそうではないって気づいたわ。そして彼は、私を恐れもしないでズカズカと近づいてきて、こうして手を握ったの」
「えええ!! も、もしかして一目惚れだったんですか?」
「ふう、そうなるわね。私は、先に言ったようにウオッシュっていう名の彼氏がいたし、人間とお付き合いするなんてちょっと考えられなかったわ。でも人間に、想いを寄せられるなんて衝撃的だった。ルキアは、彼氏いるの?」
突然のフーナの質問。私に彼氏がいるか聞かれて、顔が真っ赤になる。
「い、いません! いた事もないですし……」
「そうなの? ルキアは、とっても可愛いからその気になれば、きっといい彼氏さんが見つかると思うわ」
「そ、そうでしょうか?」
「見た所、あなたは凄く恋愛に関しては消極的な感じがするもの。もっと怖がらずに、殿方にアタックを仕掛けていかないと。ウフフ、カトルの話から少し脱線してしまうけど、私とウオッシュの出会いもそうだったわ。私は彼の猛烈なアタックに負けて、お付き合いを始めたのよ」
「そうなんですか。いいですね、彼氏さんがいるって」
「ルキアにも、そのうち絶対に素敵な彼氏さんができるわよ。あら、いけない! これ以上、話が長くなっても遅くなっちゃうし」
そう言って、チラリとザカに目をやる。するとザカは、立ったままじっとして私とフーナさんの会話が終わるのを待っていた。
「それじゃ私、これからカトルの所へ行って、話をしてくるわ。カトルが納得して、私を諦めて王都へ帰ると言ってくれれば、直ぐにルキアに知らせるわね」
「はい、ありがとうございます」
話が纏まる。これでどうにか、カトル君をラトスさんのもとへ連れ帰る事ができて、冒険者ギルドの依頼を達成したと報告ができる。ここまでの事、ルシエルとノエルにも後で説明しておかないと。
フーナさんと一緒に、彼女の家を出る。
「それじゃ、フーナさん。よろしくお願いします」
「ええ、それじゃまた後で」
複雑な顔をしているフーナさん。それもそう。自分の事を好きだと言ってくれている人に、自分に対する気持ちを諦めて欲しいと言わなくてはいけないんだもの。
私だったら、どうだろう。私の場合は、そもそも相手がいないから、もし誰かに好きって言われたら、「はい」って答えちゃうのかな。
でも冒険者は続けたいし……誰か好きな人ができて、何処かで一緒に住むとかなったらそれは、ちょっと困るかもしれない。
あれ!?
そんないつもは考えないような事に頭を巡らしていると、アテナの縁談の事を思い出してしまった。アテナは、お断りするとハッキリと言っていたけど、今はパスキア王子との縁談でマリンやクロエと共に、パスキアの王宮にいる。
……なんだか……アテナが縁談すると聞いた時はびっくりしたし、このまま縁談が進んで私達のもとへ戻ってこなかったらって怖くなったけど、ちょっとアテナの今の気持ちが理解できた気がした。
アテナは、私のお姉ちゃんのような人。私と同じように、まだまだこの世界を知りたいと思っているし、旅や冒険を続けたいと思っている。それで色々な土地を巡って、様々な場所でキャンプをしたいと――
だから、アテナはきっと冒険者として……キャンパーとして、私達のもとへ戻ってくる。
「ギョ? タチドマッテ、ドウシタ? ルキア」
「え? あっ、いえ、大丈夫です。それじゃ、ザカの家に一旦もどりましょう」
「アア、ソウダナ」
歩き始めると、ザカは私の方を見て言った。
「フーナガ、ナゼアンナニ、コトバガウマイカ、ワカルカ?」
「え? どうしてかな。もしかして、一生懸命に勉強したからですか?」
そのままの応え。陳腐な回答に恥ずかしくなった。でもザカは、にっこりと笑う。
「ソウダ、セイカイ。オデタチハ、ボウケンシャヲ、オソレテイル。イジメラレルカラ。デモ、フーナハ、ニンゲンガスキダ。ダカラ、コトバヲベンキョウシテ、ニンゲントカカワロウトシタ。デモソレデ、カトルトノモンダイガオキタ」
「そうだったんですね。でも言葉に限らず、勉強する事は良い事だと思います。私、あまり頭が良くないから……アテナ……私と一緒に冒険者をしていて、お姉ちゃんみたいな人なんですけど、いつも色々と教えてもらったりしています」
「ナルホド。タシカニ、シラナイコトヲ、シルノハイイコトカモシレナイ」
「じゃあ、ザカももっと勉強すれば、もっと上手に話ができますね」
「ギョギョ! ナンダ? オデハ、イマデモ、ジョウズダロ」
ザカと2人で、大笑いした。
そして気が付くと、ザカの家の前についた。人だかり。
ザカの家の前は広場になっていて、先ほどまではそこで、ルシエルとカルビがこの村の子供達と遊んでいた。だけど今はそこに、何人もの傷ついたフィッシュメンが倒れこんでいた。
それに気付いた私とザカは、驚いて一緒に駆けていく。他のフィッシュメンも直ぐに駆けつけてきて、傷ついているフィッシュメン達の手当てをした。




