第1002話 『フーナとカトル その1』
緑色の液体……ジュース?
これは、結構美味しかった。多分、この森で採れる、食べられる野草をブレンドしてジュースにしたものに、何かの甘い果実を加えて飲みやすくしたもの。
「それで、ご用件は……」
草のソファー。私とザカが座った向かい側に、フーナさんが座った。
フーナさんはフィッシュガールという魚の魔物……っというか種族で、ピンク色の魚人だった。でも魚人と言っても、サヒュアッグのように人に近いシルエットをしている訳でもなく、魚に人の手足が生えている感じだった。
雄はフィッシュメンで、雌はフィッシュガールと言うらしく、フィッシュガールのフーナさんは、ザカよりも身体がやや大きくてピンク色をしていた。それを見て、可愛いと思った。でも人間であるカトル君が、フィッシュガールのフーナさんに恋をするというのは、やっぱり理解ができないでいる。
「やっぱり、カトルの事ですか?」
「はい、そうです。カトル君は、あなたの事を好きだと言っていました。それで牢に入れられているって……」
フーナさんは、少し重い表情をした。私は続けた。
「実は私の他に、今この村に来ている仲間がいるんです。ルシエルとノエルとカルビって言います。私達は冒険者なんですが、パスキアの王都で、ある依頼を受けてこの森へやってきました。カトル君の父親ラトスさんからの依頼で、一昨日からこの森で行方不明になっている息子の捜索をして欲しいというものでした。その息子がカトル君です」
「そうなの……」
フーナさんは、また目線を落とした。
「彼を連れ帰って頂けるのなら、それでいいと思います。そもそも私は彼の事は……何とも思っていません。種族も違いますし、まだ少年です……恋愛対象にもなりません」
「それじゃ、なぜカトル君があなたを連れて行こうとした時に、なぜ一緒に行ったんですか?」
「それは……それは、私はあまり荒事が好きではないからです。それに種族は違いますし、彼はまだ子供でも私は大人。でも好きと言われて、嬉しくない訳はありません。どうにか彼を傷つけずに断ろうと考えて、ズルズルといっていまって……そしたら、一緒に村を抜け出すことになってしまい、私がおつき合いしている彼が……フィアンセが、攫われたと大騒ぎして村の戦士を連れて追ってきたんです。カトルはその時、私を連れて必死に逃げようとして抵抗して、村の戦士に怪我を負わせてしまって」
「それで、牢に入れられているんですね」
「族長がカトルに、王都へ帰れと言っても引き返して、ここへ戻ってくるというのです。私と共にでないと、嫌だと。でも私は、人間の住む王都になんて行けません。カトルは、絶対に私と一緒に帰るというので、だから仕方なく牢に……」
本当にカトル君は、フーナさんが大好きなんだなって思った。だけど確かにフーナさんがパスキアの王都にやってきたら、きっととんでもない事になる。
カルビのように、使い魔だとかそういう手を使えば、魔物でも王都に入る事はできるかもしれないけど、フーナさんの事を一人の素敵な女性として見ているカトル君は、それは許さない。
フーナさんには、ウオッシュというフィッシュメンの彼氏さんがいるし……カトル君には、諦めてお父さんのもとへ帰ってもらうのが一番なんだけど。
……っという事は、じゃあやっぱりカトル君のもとへ行って、フーナさんを諦めるように説得するしかないのでは……
「いったい、私はどうすればいいのか……」
「そ、それは、やっぱりフーナさんはカトル君の事をなんでもないと思っているのなら、はっきりと断ってあげるしかないと思います」
「そうね。それしかないわよね」
「はい。フーナさんには申し訳ないですけど、カトル君が真剣に話を聞いてくれるとすれば、フーナさんしかいないと思いますから」
「……解ったわ。気は重いですけど、確かにその気がないならハッキリと言ってあげるべきよね」
「はい、それがいいです」
「ありがとう、ルキア。それじゃ、カトルの所に言って話をするわ」
「もし良ければ、私も一緒に行きますか?」
「そうね。でも、二人の方が話しやすいし。ここで待っててもらってもいいけど……結構長い話になると思うし」
ザカは、草のファーから立ち上がった。
「ウチニ、モドッテマツカ?」
「そうですね。ザカの家の前では、ルシエルも子供達と遊んでいますし、ノエルもそろそろ戻ってくると思いますし」
「ソウダナ。ソウシヨウ」
「あっ、そうだ!」
フーナさんは、急に何か思い出したように手を叩いた。
「どうしたんですか?」
「肝心な事を言い忘れていたわね」
「肝心な事?」
「カトルとの、出会いを話していなかったわ。あの日、私はフィッシュフォレストを1人で歩いていたの。最近は、この森に冒険者も入ってくるし、危険だとは言われていたけれどどうしてもやりたい事があって、気持ちを抑えきれなかったの。私ったら、思ったら即行動に移すタイプだから」
「やりたい事ってなんですか?」
「ずっと、村の中での生活が続いていたわ。それで私は、久しぶりに泥沼の中で泳いでみたくなって。それで辛抱できなくて……でも他の人に知られたら、絶対村の外は危険だって出させてもらえないから。ウオッシュに、一緒についてきてと言っても、彼なら逆に私が村の外に出ないように考える。だから、1人でこっそりと抜け出して泥沼に向かったの」
「ど、泥沼ですか……」
「正確には、『ヘドロプール』という場所よ。村から少し離れた森の中にある大きな泥沼。場所によっては、底無しになっている場所もあるけれど、私達種族にとっては別に危なくもないし、とてもいい泥泳スポットなの。それにそこで魚を獲ったり、漁もできる場所なのよね」
『ヘドロプール』。物凄い名前だなーって思いつつも、そんな場所がある事を知る。
フィッシュフォレストは、そこらじゅうに泥濘があって大小様々な沼が点在している。『ヘドロプール』という場所は、その中でもかなり大きな沼なのだろうと思った。
そしてフーナさんとカトル君の出会いの話は、まだ続きがあった。




