第100話 『決闘 その1』 (▼テトラpart)
ついにトゥターン砦の砦長が、私の前にその姿を現した。
「小娘―!! ドルガンド帝国の砦長、このガザーナンド様に槍を向けるとはな!! このままただで済むとは思うなよ!!」
「それはこちらのセリフです。痛い目にあいたくなければ、さっさとこの砦から逃げ出しなさい!」
「おのれーー!! 生意気な小娘だ!! いったい何者なんだ!! 貴様らは!!」
「私はただのメイドです!」
そう言い放つと、そのガザーナンドという名の、偉そうな男目がけて突っ走った。何人もの兵士がガザーナンドを守るように、目前に次々と立ちはだかる。私は、槍を振り回しその全てを打ち倒した。
砦に入ると、ガザーナンドは悲鳴をあげて逃げ出した。あんなに、偉そうにしていたのにもう逃げてしまうなんて…………
あまりにも早い撤退にあっけにとられてしまったが、直ぐにルーニ様のもとへ急がなければならないという事を思い出した。
「セリシアさんとアーサーは、無事に中へ侵入しルーニ様を助けたのかな。さっきのガザーナンドっていう男が、ここの責任者だと思うけど逃げちゃったし……」
だけど、安全だとは限らない。
警戒しつつ周囲を見回しながら、奥へ進む。すると、驚くべき事に見覚えのある顔と鉢合わせした。そのメイド服の女は、これから逃げだそうと荷物をまとめていた。
「シャノン……」
「え? テトラ!!」
「どうして、こんな事を……」
「まさか、あなたがここに…………てっきり私はもうあなたが、ルーニ様誘拐を手伝った罪で処断されているものだとばかり思っていたけれど。まさか、そのあなたがルーニ様を助けにこんな人里離れた帝国領までやってくるなんてね」
「私自身も驚いています。だけど、ちゃんと理由があって私はここまで来たんですよ」
「フフフ……アハハハハ!! …………つまりあなたを騙した私への復讐って訳ね」
シャノンの言葉に、槍を握るその手に力が入る。汗が滴り落ちる。
「そんな事はどうだっていい! シャノン!! すぐにルーニ様がいらっしゃる場所を教えなさい!!」
「アッハッハ。なぜそんな事をあなたなんかに教えなければならないの? 嫌だって言ったらどうするの? すぐにビビッては、お漏らししていた弱虫のあなたが、私をぶちのめすですって? 冗談でしょ?」
私の事なんて今はどうだっていい。心を乱されるな!! 今はルーニ様救出が最優先だ!!
一呼吸――――槍の穂先をシャノンへ向けた。
「力ずくでも、教えてもらいます!」
言い放った刹那、シャノンは自分の荷物の側に置いてあった槍を手に取り襲い掛かって来た。槍を受けて、返す。しかしシャノンも攻撃をかわす。
「テトラ!! おまえに私の気持ちがわかるまい!! 王都の遥か片隅にあるスラム街で、私がどんな惨めな生活を送って来たか!!」
槍が交差する。撃ち合い弾ける。シャノンがこんなにも槍を使えるなんて……だけど、負けられない。
「幼い頃は物乞いでもなんでもやったよ!! そうしなければ生きていけなかったから! だから、王族や貴族を見ると未だに虫唾が走るんだよ。反吐がでるんだよ!! そんな奴らに尻尾を振って媚を売る、薄汚い狐娘にもね!!」
シャノンの突き。喉。それを弾いた。
「私はもっと、悲惨な人生でした!! 住んでいた村は帝国に襲撃されて、ほとんどの人が殺されました。私も迫害され、何日も木に吊るされて石を投げられた。何度も死んで楽になりたいと思ったけど、死ぬ勇気もない!! そんな悲惨な出来事を、何度も何度も繰り返した!! 自分自身に絶望し、失望した!! でも!! でも今は、前を向いて生きている!!」
「ハハ!! 何が前を向いているだ!! このお漏らし女が!!」
反動のついた大きな攻撃を受けて、勢いをつけて突き返す。シャノンが防ごうとしたところで再び槍が交差。――ここだ!! 絡めてシャノンの槍を跳ね上げた。シャノンが再び槍を掴もうと跳んだところを狙って、くるりと回転しながらその腹に石突を押し込んだ。
――方円撃!!
シャノンの顔が苦悶に歪む。
「ぐふうっ!! くそ……こんなところで……」
シャノンは、その場に倒れた。
「シャノン…………」
私は気絶しているであろうシャノンを横目に、再び周囲を見回しながら砦の中を走った。ルーニ様を探さなければ。
北門の方まで抜けていくと、何十人もの砦の兵士や盗賊がそこら中に力尽きて転がっていた。その無数の屍の中で今もなお、戦闘を繰り広げている二人がいた。アーサーとマリンだった。
「ひと思いに撃ち抜いてあげるよ! 《貫通水圧射撃》!!」
マリンの水属性魔法。貫通力に特化した魔法で高圧の水を、一直線に放って相手を打ち抜く。――え? どういうこと?
マリンが戦うその相手とは、アーサーだった。仲間通しで戦闘を繰り広げている。
アーサーは貫通水圧射撃を避けると、レイピアでマリンを攻撃した。レイピアが風切り音を立てて激しく呻る。高速連射で繰り出される攻撃は、マリンを斬り刻む。しかし、マリンは全方位型魔法防壁の魔法を瞬時に唱えてその攻撃を見事に防いだ。
「ほほう、なかなかやるじゃないか。腕に少し自信のある、普通の剣士だと思っていたけど、びっくりしたよ。かなり強いね、君」
「そのセリフ、そっくりそのまま君にかえそう、マリンちゃん。それに君の強さ、ちょっと異常なレベルだよ。まあ、僕には通じないけどね」
「通じない? へえ、そうなんだ。それが本当なら凄いよ。だけど、これはどうかな? 《水玉散弾》!!」
マリンがアーサーに手を翳す。翳した手から、水の散弾が発射された。
「また水の散弾かい!! まったく、面倒くさい攻撃だ!! たあああああっ!!」
アーサーは、向かって来る無数の水弾を、全てレイピアで斬り潰した。剣裁きが見えない程のスピード。
「マリンちゃん、本当に君は何者なんだい? この僕とクロスレンジで、ここまでやり合えるウィザードなんて会った事がないよ」
私は、一体全体何が起きているのか解らなかった。二人の間に入る。
「ちょちょちょ……ちょっと待ってください! 二人とも冷静になってください!! なぜ、二人は戦っているんですか? こんなことをしている場合ではないでしょ? 早くルーニ様を救出しないと」
マリンは溜め息を吐いた。
「そう言ってもねー。ボクは、正当防衛だよ。ボクは、計画通りこの北門で敵兵を倒していた。そしたら、そんな汗水流して頑張っているボクに対して、アーサーがいきなり背後から襲い掛かってきたんだよ」
「え? 背後からって……それってどういう……」
「ちちち……違う! 違うよ! テトラちゃん! マリンちゃんに騙されてはいけないよ!! それに、もうなんとなく感じているだろ? マリンちゃん……いや、この女は、その強さも異常だけど存在そのものが普通じゃない。セシリアちゃんは、この女に腹を貫かれてやられたんだ」
え? セシリアさんが? 腹を貫かれて? え? 意味が解らない。
「うそ⁉ そんなの嘘です!! セシリアさんがそんな…………そんな訳ないです!! セシリアさんは、絶対に無事でいるはず!! だから、すぐに助けにいかないと――それで、セシリアさんは……」
アーサーは首を振った。そして少し離れた所にある扉を指して言った。
「ルーニ様は、この砦の地下3階で囚われている。セシリアちゃんと、その目前まで迫った所でその背後からこの女に、魔法で腹を打ち抜かれたんだ。極めて貫通力の高い水の攻撃魔法――貫通水圧射撃だっけ? その魔法だ」
槍を握りしめた。強く。痺れる位に強く。そして、マリンの方を向いて構えた。
「…………仲間だと思っていたのに」
そう言うと、マリンは面倒くさそうに溜め息をついた。
「ボクも君達の事は仲間だと思っていたよ。まったく……勘弁してほしいものだ。またしてもボクは…………またしても、仲間だと思っていた者の命を奪わなくちゃならないのか」
またしてもと言った。はっきりと、聞こえた。やはり、マリンがセシリアさんを!!
――――水の悪魔。
アーサーが目線で、合図を送って来た。
それに合わせて二人同時に、マリンへ攻撃を打ち込んだ。
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〚下記備考欄〛
〇ガザーナンド 種別:ヒューム
ドルガンド帝国軍人。ドルガンド帝国領、トゥターン砦の砦長。とても偉そうな男だったが、ルーニを助ける為に暴れまわっていたテトラに気圧されてビビッて逃走した。
〇王都のスラム 種別:ロケーション
クラインベルト王国の王都にもスラム街がある。ゴロツキが闊歩し、賊なども目にする場所で騎士団もあまり近寄らない場所。この場所の酒場でテトラたちは大立ち回りをして、ルーニの情報を手に入れた。シャノンは、実はスラム街の生まれだった。
〇方円撃 種別:棒術
テトラの見せた棒術。相手の大きな振りに合わせて懐に回転しながらも懐に入り放つカウンター技。遠心力も加え、脇腹(脾臓や肝臓)や鳩尾などの急所を狙う為、威力も凄まじい。テトラが使用すると、テトラのメイド服のロングスカートが技の発動と共にフワッと舞い上がるので、技の見た目も綺麗で芸術的。まさにこういうのを武芸というのだろう。
〇貫通水圧射撃 種別:黒魔法
上位の、水属性魔法。指先から光線のように細い水を放水する。しかし、高圧力で発射されている水で、岩をも貫通する威力。触れたとしても、切断されるという恐ろしく殺傷能力にずば抜けた水属性魔法。
〇全方位型魔法防壁 種別:防御系魔法
強力な防御系上位魔法。自分の周囲にドーム状(実は球体)の光の幕を張り、物理攻撃や炎や冷気などの攻撃も防ぐ。とても強固な防御魔法。
〇水玉散弾 種別:黒魔法
下位の、水属性魔法。小さな水の弾を無数に生成し、一斉に放って目標を撃ち抜く。水と言えど、その小さな粒は弾丸のように固く感じる。散弾なので、逃げ回る相手や複数の敵にも有効な魔法で、下位魔法に位置づけされはいるものの、物凄く優秀な魔法。
〇クロスレンジ
接近戦闘のできる距離。
読者様
当作品を、読んでくださいました方々並びに、
ブクマ・評価・イイね等を、付けてくださった方々に、
厚くお礼申し上げます。
本当に、作品を作る上で、大きな活力となっております。
('◇')ゞ元気を頂いております!
そして皆さんの温かな応援のお陰もございまして、
こんな私でも、なんとか100話まで作品を続ける事ができました。
当初は、50話位続ける事ができれば凄いなあ~って思っていたのですが、
まさかその倍まできてしまうとは……
これも、皆様の応援なくてはありえなかった事だと思います。
まだまだ頑張っていきたいと思いますので、
よろしければ、これからもどうぞよろしくお願い致します。<(_ _)>
追記:
暑い日が続いていますし、これから夏本番です。
皆様、くれぐれもご無理せず、しっかりと水分をとってご自愛くださいませ。




