星夜の魔法に願いを
12月25日。
朝、目を覚ますと、枕元に包装された袋が置いてある。
クリスマスでもあり、私の誕生日でもあるこの日の恒例イベントなので、特に驚きもしなくなった。
高校2年生の17歳なのではしゃぐことも無く、眠たい目を擦りながら慣れた手つきで袋を開けた。
中に入っていたのは、ベージュのダッフルコート。
手触りも良く温かそうで、袖を通すと少しサイズが大きかったけど、着心地も良くて学校にも着ていけそうだった。
「…………よし」
この日、私は決意した。
毎年私にプレゼントを贈ってくれる人に、今年こそ会いに行く──!
※ ※ ※ ※ ※
疑念は、小学4年生から持っていた。
この段階でサンタクロースは存在しないと友達から言われ、本当かどうか突き止めるために行動を起こした。
その年の24日、眠い目を擦りながらベッドの中で、プレゼントが来る瞬間を待っていた。
友達曰く親が持ってくるらしいけど、サンタクロースはいると信じて疑わなかった私はそわそわしながら、その瞬間を目の当たりにした。
日付が変わった、午前0時ちょうど。
天井から、粉雪のようなキラキラと青く輝く光が枕元に降ってきた。
とても綺麗だった光に目を奪われていると、その光の粉雪が集まって形を成していき、プレゼントの箱が現れた。
サンタクロースは来なかったけど、サンタクロースは魔法で私にプレゼントをくれたと歓喜した。
それが嬉しくてつい大きな声を出してしまい、危うく起きているのがバレそうになったけど。
その日は嬉しさのあまりよく眠れなかったけど、よく考えるとあの魔法はなんだったんだろうと考える。
絶対に正体を知りたいと胸躍らせ、
私はあの日の高揚感を、12歳の今もずっと追い続けているのだ。
親に聞いても何も知らないと言われた。
けど、父方の祖父母なら何か知っているかもしれないと言われ、すぐに連絡するために玄関にある受話器を取った。
セカンドライフを謳歌するためにイギリスに住んでいる2人は、そういった魔法の類の話交わす大好きだった事を思い出した。
そして電話でプレゼントの事を話すと、祖母は「次に日本に帰って来たときに教えてあげる」と言ってくれた。
結局帰って来たのは2年後、つまり今日だった。
この日をどれだけ心待ちにしていたか、私は貰ったばかりのダッフルコートを着て、夕方に祖父母の家へと駆けていく。
※ ※ ※ ※ ※
「久しぶりだねぇ」
「2年生の時以来かな~」
まるで外国に来たみたいな洋風で広いリビングは、暖炉で火を焚いて部屋を暖めて、そのそばではゴールデンレトリバーのワッフルが伏せて寝ている。
「そうそう、はいこれ、プレゼント」
「わぁ~! おばあちゃん、ありがとう!」
祖母からクリスマスプレゼントに手編みのマフラーを貰うと、2階から革ジャンを着てジーンズを履いている祖父が降りてきた。
「メリークリスマース!!」
「おじいちゃん!?」
「すぐ出るぞぉー!!」
「えぇ!?」
相変わらずワイルドな祖父はすぐに私を連れ出し、黒くて大きなハーレーに乗ってどこかへと走り出した。
そこは、墓地だった。
寒空の下を2人乗りして駆け抜けた先で、見たことの無い場所が私の視界に飛び込んできた。
いつも学校への登下校をする道の隣に、こんな墓地は無かったはずなのに。
「驚いたか?」
「うん、でもどうなってるの?」
確かここには駐車場があったはずだけど、混乱して全く考えがつかない。
「魔法使いの墓はな、こうやってちゃんと専用の墓に埋葬してやらんと、化けて出てきちまうからな」
「……誰のお墓?」
「そりゃ──お前の父親だよ」
言葉が出てこなかった。
お父さん……お母さん曰く、私のお父さんは私が生まれてすぐに事故で死んじゃったとは聞いていた。
お母さんは今も毎日仏壇の前で手を合わせているし、でも魔法使いとか、そんなことは1度も聞いたことは無い。
「今まで黙っててすまなんだ、けどアイツに釘を刺されていてな、12歳になるまでは言うなってさ」
「……どうして12歳なの?」
「人間は、12歳になるまでに魔法を学ばないと、一生魔法が使えんから……お前を、魔法使いもせんためだった」
お父さんは魔法使いで、多分おじいちゃんも魔法使い。
魔法みたいなモノをはっきりと見たことがあるせいか、それとも遺伝なのか、魔法使いの存在についてはすんなり受け入れられた。
「魔法使いは大昔の禍根のせいで、常に命を狙われている存在でな、アイツもそれに巻き込まれて…………」
「おばあちゃんとお母さんは、知ってるの?」
「いや、血縁じゃない人間に教えてはならん掟がある」
「そうなんだ……」
何時間にも思える数秒の沈黙。
実感が何も無いせいでどんな顔をすればいいのか分からず、私はじっと墓石を見つめる。
もう私は、魔法使いにはなれない。
お父さんに言わせてみれば、もう魔法使いにならなくていい、かな。
話について行けてるか不安だけど、お父さんとおじいちゃんが私を守るために頑張ってくれていたのは分かった。
「……あー、すまん、こんなしんみり話すつもりじゃなかったのにな……つまりだ、お前に毎年プレゼントを贈っているのはアイツだよ」
「え……でも……」
「墓石に手を添えてみな、お前の最初で最後の魔法だ」
言う通り、おそるおそる右手を墓石につける。
その瞬間、あの日に見た青く美しい光に墓石と私自身が包み込まれる。
「っ!?」
気付くと辺り一面が夜空に覆われ、体が宙に浮いたような感覚に包まれていた。
私は魔法の青い光の風に乗り、満天の星が輝く世界へと入っていく。
これが、魔法。
そして驚く私の前に、その人は現れた。
「……お父さん」
写真で見たままの優しそうな顔を見て、思わず涙がこぼれてしまう。
会った事は無くても、すぐに分かった。
「大きくなったね」
水を蹴るように脚を動かし、勢いよく胸に飛び込んで抱きしめる。
何度会ってみたいと願っていたか。
何度話してみたいと思っていたか。
私の元にプレゼントを届けてくれたていサンタクロースは、お父さんだった。
それに私の事を守ってくれた。
もしも2年前に魔法使いの話を聞いていたら、きっと言うことを聞かずになろうとしていたかもしれない。
「コート、似合ってるよ」
きっとこれは、魔法が作り出した奇跡なんだ。
死んだお父さんが最期に、私に会うために遺した星の魔法。
その輝きが、もう消えかかっていた。
「あ、ああ……」
「ごめんな、お父さん昔から魔法が苦手だったから」
「ううん、そうじゃなくて……」
咄嗟に言葉が出て来なくて、もっと話したい事がたくさんあるのに。
「そうだ、これだけは必ず話さないと」
「……何?」
「名前の由来」
曰く、魔法使いにとって星は暗闇を照らす希望の象徴。
曰く、魔法の原点は星に願いを込め、多くの人々に幸せを届けるモノ。
魔法使いにとって星とは、この上ない幸運を意味するのである。
「だからそう名付けた、どうか大切にしてほしい」
「うん……分かった……」
お父さんの願いは、心に刻んで受け取った。
それを聞いて私も、肩から下が消えかかっているお父さんに伝えたい言葉が決まった。
ありきたりで、ありがちかもしれないけど。
私は生まれて初めて、心の底から溢れ出す思いを言葉にした。
「お父さん、ありがとう──」
※ ※ ※ ※ ※
幸せに生きる。
お父さんの願いは、私の願いになった。
あれから私も、仏壇の前で毎日手を合わせる事が習慣になり、心なしか笑う事も多くなったかもしれない。
冬休みが終わり、新学期。
小学生でいられるのも後3ヶ月も無いけど、私に不安は無かった。
星のように、暗闇も照らす光になれるように、魔法のように人々に幸せを届けられるようになりたい。
私にとっての、お父さんみたいに。
「いってらっしゃい、叶星」
「いってきますお母さん」
大好きな2人に手を振って、今日も私は歩き始めた。
Fin.