プロローグ
深夜の公園の奥。
いつもなら、まばらにいる人影も今日はない。
背後には意識を失った、僕にとって最も大切な、世界のすべてと引き換えてもいい人が倒れている。
両腕は砕かれて動かない。膝立ちの状態で、体を2本の闇色の杭で貫かれ、地面に縫い留められて倒れることもできない。
片目も潰れて見えないし、浅く息をするのが精一杯で、声だってまともに出せない。
このボロボロでどうしようもない状況の全ては、目の前の"絶望"に抗った結果だ。
複雑に組まれ、重ねられた方陣の上に、上半身だけ顕現した"異界の王"。
ほんの一部しか顕現していないのに、目にするだけで恐怖が、畏怖が、絶望が、魂の奥から湧いてくる。
特定の姿、形は無く、変幻自在だが、今は僕の思考を読んでか髭もじゃの筋骨隆々な海賊王みたいな姿を取っている。
極上の晩餐を前にたまらないといった様子だ。
"異界の王"を挟んで反対側から駆けてくる探偵さん。
よれたジャケットとシャツ。ぼさぼさの黒髪に、背が高くひょろっとした見た目はいつも通り。
でも、いつもはやる気なさそうで"だるい"が服を着て歩いてる感じなのに、僅かに残った体の感覚と視界でもはっきり分かるほど怒っている。
怒りがコントロールできるギリギリまで高まってしまっているようで、探偵さんの周囲の空間が高熱で焙られたように揺らいでいた。
あ。ちょっと髪の端が燃えたからコントロールできてないかも。。。
怒りの矛先は間違いなく僕だ。
やり過ぎてしまったようで後が怖い。
痛みとは別に顔が引きつってしまう。
駆け付けた探偵さんが"異界の王"と言い合っているけど、意識が遠のいてきた僕の耳には聞こえていなかった。
話が終わったのか、それぞれの視線が僕に注がれる。
僕は、探偵さんに最後の言葉を口にした。
(――――頼みます。)
声にならなかった言葉は、確かに届いた。
何事か叫びながら探偵さんが変転するのと、僕が闇に飲まれたのはその直後だった。