一筋の希望
*
違う担当の山本さんが運転する乗用車の中。私は揺られながらも、呆然と外を眺めていた。見慣れたはずの畑。遠くに聳える山々。何キロか離れた間隔で建てられている家。そして、緑が生える木々。その風景一つ一つを見ると、何だか懐かしい。
途中、トンネルに入ると、色黒で銀縁の眼鏡をかけた、中年の山本さんがこう訊ねてきた。
「一体何があったんだ?」
「あぁ……それは……」
私は彼に事の詳細を全部話した。長年、工場の異変に気が付かなかったことや、1ヶ月休んだとしても全く変わってなかったこと。あらゆること全て。
「あはははは。なぁーるほどねぇー。あそこは昔っから、なぁーんも変わってねぇなぁ」
「そうみたいですね……」
「あぁ。なんせ、あそこは社長もワンマン経営で独裁的でな。上が悪ければ、その部下も部下だしなー」
彼は笑ってそう言いながら、怠そうに運転していた。
「そうみたいですね。私、何も知りませんでした」
「まぁまぁ。そーやって自分を責めるんでない」
「だけど……」
そう言いかけた時、山本さん宛に電話がかかってきたようで、「先程、合流しました」と電話していた。恐らく電話相手は佐賀さんだろう。話が終えるまで暫く黙る。
「ったくなぁー。ああやって、いつまでも同じことやってるから、下が全く育たないんだよなぁぁ!」
「それは、言えますね」
そして、電話終わった後はでかい愚痴を零していたので、思わず笑ってしまった。
「あ。そういえば、来る道中でもう一人、乗せることになったから、少し遅くなるけどいいか?」
「あー。大丈夫です 」
「ありがとう」
彼は笑顔でそう言うと、市街地まで、時速60キロ近いスピードを出しながら車を飛ばした。
*
市街地に着いた私らは、もう一人乗せるという人を探すと、牛丼屋の前でその人が待っていた。見た目は50近い女性の方で、黒い帽子と黒縁の眼鏡をかけている。手には何かが入った白いビニール袋を手にしていた。
「あ。あの人ですかね?」
「あぁ。そーだな」
そう言って彼女の所まで車を止めると、その女性は後部座席にいる、私の隣に乗ってきた。見た感じ、穏やかそうな人だ。
「こん、にちは……」
「こんにちは!」
私は警戒しながら挨拶をすると、彼女は何故か笑って返してくれた。
「おー。遅くなってごめんなぁ」
「かなり待ったよぉー。全くもぉー」
「いやいや。乗せないといけない人が出てきたからなぁー」
「まぁ! 驚かせちゃって、ごめんねぇー!」
彼女と山本さんは、どうやらお知り合いの様で、市街地の中にある事務所に着くまでの間、2人は絶え間なく会話を続けていた。
「あっ。いや……」
私はと言うと、未だに顔色を伺いながら、手前に持っていたバックを強く抱きしめ、黙り込む。一体どうなるんだろうか。一抹の不安を抱えながら事務所へと向かった。
*
「あー! やっと着いたぁー!」
明る過ぎる彼女の声と共に、派遣の事務所があるビルに到着した私達は、山本さん先導で事務所に向かう。そして、中に入るとエレベーターに乗り込んで、5階のボタンを押す。扉が閉まった後は終始無言で、ボタンの上にある液晶画面に、映し出されたデジタル数字を、呆然と眺めていた。
だけど、不思議な事に、事務所に行くのは今回が初めてだった。多分、家から遠いせいか、あまり行かなかったからかもしれない。
でも、あっという間にエレベーターが止まって事務所に着くと、玄関前に佐賀さんが待っていた。
「佐藤さん! お疲れ様です」
「あ。佐賀さん……」
「山本さん、わざわざありがとうございます」
「おぉ。佐賀ぁ。いいって気にすんなぁー。んじゃ。ここ借りるねぇー」
「分かりました」
と言って、彼と彼女は別の部屋へと移動した。部屋と言っても、簡易的な仕切りで仕切られている場所だ。
「山本さん、分かりましたよー。あ。佐藤さんは僕についてきてください」
「あ。ありがとうございます……」
でも、私が通された場所は、きちんと扉も付いていて、個室という個室だった。
佐賀さんは「ちょっと待っててくださいね」と言うと、事務室みたいな所から、何かノートを持っていき、奥に座る私と対面になる形で座る。
だけど、先程の件で正直気まずかった私は終始、バックを抱きしめていた。
「改めて聞きますが、一体何があったのですか?」
「実は……、あの時上司の方々が、二度とこうならないようにすると言ってくださったのに……。また……パートさんに怒鳴られて……」
しかし、それ以降、言葉が出なくなってしまい、涙が止まらなくなってしまった。
「つまり、何も改善されてなかった。と」
「はい。その通りです……」
「なるほど……、具体的に教えて貰っても大丈夫です?」
「それは……」
でも、このまま放置してはいけないと思った私は一旦、一呼吸置く。そして、先程工場で起こった出来事を、山本さんに言ったのと同じ様に言う事にした。
「なるほど。それは完全に信用無くしますよね」
「はい。なので、あの工場には、もう二度と行きたくないと思っています」
「用件は改めてわかりました。そして、今後はどう致しま……」
と言いかけた時、事務室に置かれた電話が突如鳴り出した。
「はい。もしもし……」
出たのは近くにいた山本さんだったが、聞いた途端、直ぐに個室にいる佐賀さんにこう言ってきた。
「佐賀さん。現場の本社から電話が来たぞ」
「えぇ!? 本社からですか!? 一体……」
「あぁ。本社宛に匿名の電話がかかってきて、佐藤さんに起こったことの詳細を聞きたいんだと」
「なるほど……」
匿名は多分、確信はないけど、あの人だ。
本人に直接聞いてないので、確かではないけど、あの時、パワハラ相談の張り紙の写メを送ったのは確かだ。まさか本社に繋がっていたとは……。驚きを隠せない。
「あ……」
言いかけた時には、既に私は一人、個室に取り残されていた。窓から降り注ぐ、昼から夕方までの間に放たれる光がとても眩しい。まるでそれが、一筋の光の様に見えた。
*
――その後
個室から出た私は、佐賀さんにこれから残りの有給を使ってゆっくり休む。という考えを伝え、事務所を後にしようとした。が、
「もう帰っちゃうの?」
と、ある人に呼びかけられた私。
「はい。もうお世話になったので……」
と言い返し、帰ろうとしたら、ある人はこう言ってきたのだ。
「良かったらこっち来るか?」と。




