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一筋の希望

 違う担当の山本さんが運転する乗用車の中。私は揺られながらも、呆然と外を眺めていた。見慣れたはずの畑。遠くに(そび)える山々。何キロか離れた間隔で建てられている家。そして、緑が生える木々。その風景一つ一つを見ると、何だか懐かしい。


 途中、トンネルに入ると、色黒で銀縁の眼鏡をかけた、中年の山本さんがこう訊ねてきた。


「一体何があったんだ?」

「あぁ……それは……」


 私は彼に事の詳細を全部話した。長年、工場の異変に気が付かなかったことや、1ヶ月休んだとしても全く変わってなかったこと。あらゆること全て。


「あはははは。なぁーるほどねぇー。あそこは昔っから、なぁーんも変わってねぇなぁ」

「そうみたいですね……」

「あぁ。なんせ、あそこは社長もワンマン経営で独裁的でな。上が悪ければ、その部下も部下だしなー」


 彼は笑ってそう言いながら、怠そうに運転していた。


「そうみたいですね。私、何も知りませんでした」

「まぁまぁ。そーやって自分を責めるんでない」

「だけど……」


 そう言いかけた時、山本さん宛に電話がかかってきたようで、「先程、合流しました」と電話していた。恐らく電話相手は佐賀さんだろう。話が終えるまで暫く黙る。


「ったくなぁー。ああやって、いつまでも同じことやってるから、下が全く育たないんだよなぁぁ!」

「それは、言えますね」


 そして、電話終わった後はでかい愚痴を零していたので、思わず笑ってしまった。


「あ。そういえば、来る道中でもう一人、乗せることになったから、少し遅くなるけどいいか?」

「あー。大丈夫です 」

「ありがとう」


 彼は笑顔でそう言うと、市街地まで、時速60キロ近いスピードを出しながら車を飛ばした。



 市街地に着いた私らは、もう一人乗せるという人を探すと、牛丼屋の前でその人が待っていた。見た目は50近い女性の方で、黒い帽子と黒縁の眼鏡をかけている。手には何かが入った白いビニール袋を手にしていた。


「あ。あの人ですかね?」

「あぁ。そーだな」


 そう言って彼女の所まで車を止めると、その女性は後部座席にいる、私の隣に乗ってきた。見た感じ、穏やかそうな人だ。


「こん、にちは……」

「こんにちは!」


 私は警戒しながら挨拶をすると、彼女は何故か笑って返してくれた。


「おー。遅くなってごめんなぁ」

「かなり待ったよぉー。全くもぉー」

「いやいや。乗せないといけない人が出てきたからなぁー」

「まぁ! 驚かせちゃって、ごめんねぇー!」


 彼女と山本さんは、どうやらお知り合いの様で、市街地の中にある事務所に着くまでの間、2人は絶え間なく会話を続けていた。


「あっ。いや……」


 私はと言うと、未だに顔色を伺いながら、手前に持っていたバックを強く抱きしめ、黙り込む。一体どうなるんだろうか。一抹の不安を抱えながら事務所へと向かった。



 

「あー! やっと着いたぁー!」


 明る過ぎる彼女の声と共に、派遣の事務所があるビルに到着した私達は、山本さん先導で事務所に向かう。そして、中に入るとエレベーターに乗り込んで、5階のボタンを押す。扉が閉まった後は終始無言で、ボタンの上にある液晶画面に、映し出されたデジタル数字を、呆然と眺めていた。


 だけど、不思議な事に、事務所に行くのは今回が初めてだった。多分、家から遠いせいか、あまり行かなかったからかもしれない。

 でも、あっという間にエレベーターが止まって事務所に着くと、玄関前に佐賀さんが待っていた。


「佐藤さん! お疲れ様です」

「あ。佐賀さん……」

「山本さん、わざわざありがとうございます」

「おぉ。佐賀ぁ。いいって気にすんなぁー。んじゃ。ここ借りるねぇー」

「分かりました」


 と言って、彼と彼女は別の部屋へと移動した。部屋と言っても、簡易的な仕切りで仕切られている場所だ。


「山本さん、分かりましたよー。あ。佐藤さんは僕についてきてください」

「あ。ありがとうございます……」


 でも、私が通された場所は、きちんと扉も付いていて、個室という個室だった。

 佐賀さんは「ちょっと待っててくださいね」と言うと、事務室みたいな所から、何かノートを持っていき、奥に座る私と対面になる形で座る。


 だけど、先程の件で正直気まずかった私は終始、バックを抱きしめていた。


「改めて聞きますが、一体何があったのですか?」

「実は……、あの時上司の方々が、二度とこうならないようにすると言ってくださったのに……。また……パートさんに怒鳴られて……」


 しかし、それ以降、言葉が出なくなってしまい、涙が止まらなくなってしまった。


「つまり、何も改善されてなかった。と」

「はい。その通りです……」

「なるほど……、具体的に教えて貰っても大丈夫です?」

「それは……」


 でも、このまま放置してはいけないと思った私は一旦、一呼吸置く。そして、先程工場で起こった出来事を、山本さんに言ったのと同じ様に言う事にした。


「なるほど。それは完全に信用無くしますよね」

「はい。なので、あの工場には、もう二度と行きたくないと思っています」

「用件は改めてわかりました。そして、今後はどう致しま……」


 と言いかけた時、事務室に置かれた電話が突如鳴り出した。


「はい。もしもし……」


 出たのは近くにいた山本さんだったが、聞いた途端、直ぐに個室にいる佐賀さんにこう言ってきた。


「佐賀さん。現場の本社から電話が来たぞ」

「えぇ!? 本社からですか!? 一体……」

「あぁ。本社宛に匿名の電話がかかってきて、佐藤さんに起こったことの詳細を聞きたいんだと」

「なるほど……」


 匿名は多分、確信はないけど、あの人だ。

 本人に直接聞いてないので、確かではないけど、あの時、パワハラ相談の張り紙の写メを送ったのは確かだ。まさか本社に繋がっていたとは……。驚きを隠せない。


「あ……」


 言いかけた時には、既に私は一人、個室に取り残されていた。窓から降り注ぐ、昼から夕方までの間に放たれる光がとても眩しい。まるでそれが、一筋の光の様に見えた。




――その後


 個室から出た私は、佐賀さんにこれから残りの有給を使ってゆっくり休む。という考えを伝え、事務所を後にしようとした。が、


「もう帰っちゃうの?」


 と、ある人に呼びかけられた私。


「はい。もうお世話になったので……」


 と言い返し、帰ろうとしたら、ある人はこう言ってきたのだ。


「良かったらこっち来るか?」と。

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