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心、死ぬ。

 正直、心が死んだ私は、何をするにも楽しくないと感じていた。現場のCMがテレビ画面に流れてくると、息も出来なくなるぐらい苦しくなる。なので、咄嗟にチャンネルを変えたりとしたが、なかなか気が休まらない。


 それに、コンビニみたいな人がいる所だと、あの人らに会うかもしれないと思うと、心臓がバクバクと鼓動が止まらなくて、怖い。怖い。怖い。


「いらっしゃいませ」


 と、爽やかな声で言われても、心の中では何を思っているのか、詮索してしまう自分が怖い。し、相手は私の悪口を陰で言っている。と、決めつけてしまうのも嫌だ。レジで並ぶだけの時間が、ただただ恐怖でしか無かった。


 でも、散歩では、茶ダックスの愛犬まめたろーが、いつも泣く私を心配していたのか、ずっと傍を離れなかった。そのおかげで、人を避けた時間帯を選べば、散歩には行けるようになっていたが、



 空って、こんなにも赤かったっけ……。

 風って、こんなにも冷たかったっけ……。



 そこだけ別世界に来た様な感覚がして、見ている景色が全部、作り物の様に見えた。まるで、動画のタイムラプスみたいに、外の景色だけ動いて、自分は止まったまま。


 そんな笑顔も無く、(うつろ)になっている私を見ていたせいか、夫は「近々、精神科にでも行こうか」と心配そうに言ってきた。実は、もう既に訳言って予約もしていた様だ。


「何も出来なくて……ごめんね……」


 私は未だ非力な自分を責めながら泣いていたが、「君は君で、ゆっくり休めばいい」と彼はそう言って、テレビの画面を、私の好きなお笑いの動画に変えたりしていた。


 しかし、それから2週間の間は、夜になると、何故か目から涙が零れていて止まらない。寝ようとすると、小さい頃に受けた嫌な思い出も同時に蘇ってきて、その度にわんわんと子供のように泣いていた。


 明日を迎えるのが怖い。

 このままどうなってしまうんだろう。


 不安を抱えてしまうと、夜も眠れなくなっていたので、必死に布団で顔を覆い隠しながら、朝を待つ。




 そして、病院の日。私は近くにある大きな総合病院の中にある精神科に、夫と一緒に行った。

 初診という事もあったので、受付で番号が書かれた紙を受け取り、その足で広くて綺麗な待合室で待つ事にした。番号は105番だ。

 すると、女医の先生が問診という事で私の元へ来て、そのまま問診室へと連れていかれた。


 そして、そこでは『栗山』と書かれた名札を付けた人から、


「ここで答えた事は、ちゃんと診てもらう先生にも伝えておきますので安心してくださいね」


 と、前置きを置かれた。


「あ。はい……」


 そう答えたはいいが、見た目はものすごい綺麗、スタイルが良い……。という訳ではない。しかし、どこか素朴で、親しみを感じるような優しい顔つきで、後ろに1つ縛った長い黒髪が、とても印象的だ。


「今日は何をしに来られましたか?」

「えっと、最近全く眠れなくて、寝ても寝ても寝足りない状態がずっと続いています」

「それは辛いですね。いつもは何時頃に寝ていますか?」

「あぁ。最近眠れないので、深夜1時頃には……」

「それで、いつも起きるのは何時頃ですか?」

「えっと、朝はいつも早いので、支度をすると考えると、5時頃には……」


 そう言うと「なるほど、それは早いですねー」と言いながらも、白い医療用テーブルの上に置かれたカルテに、何かを書き始めた。きっと、今まで質問してきた事を書き留めているのだろう。


「それと、ここ2週間、何故か夜になると涙が止まらなくなるんです」

「それは、どんなことを思い出して……、あ! 別に無理して話さなくても大丈夫ですよ!」

「あ。大丈夫です。実は仕事場で……」


 と、商品を投げつけられた事や、優しかったはずのパートリーダーやメンバーが、突然豹変してきつくあたってきたから、内心裏切られた気持ちがした事も全部話した。


「それは大変だったでしょう」

「いえ。大丈夫です」


 それから家族構成やら自分の性格等について、こと細かく聞かれ、問診は終わった。


 そして、診てもらう先生が問診にいた先生とは別の先生である為、暫く2時間近くはかかるそうだ。なので、その間、病院の中にある売店で、ベーコンが入ったピザパンを頬張りながら呼ばれるまで待つ事にした。


 パンの味はうん。冷たいけど、玉ねぎとベーコンが乗ってて美味しいや。

 死んだ心も、やっと少しずつだけど、良くなってきたのかな。幸い食欲だけはあったから良かったけども……。


――105……島崎先生――


「呼ばれたな」

「うん。長かったね」

「おぅ」


 そして、電光掲示板に載られた診察番号を元に、夫と一緒に診察室へと入る。すると、白熊みたいな見た目をした、白髪のごっつい先生が、カルテを見ながら診察をし始めた。


「えーっと、先程、問診でも話したと思いますが、今日はどうなさいましたか?」

「あ。えっと……、最近寝ても寝ても寝足りない状態が続いてるんです……」

「うんうん。職場が遠いんでしたっけ?」

「はい。本当は近場にもしようかと思っていたのですが、今いる所が1番長く勤めているのでなかなか……」

「うん。なるほどねぇ~」


 そう言いながら、医療用テーブルに置かれたカルテに色々と書き加えていた。


「実は、最近夜も遅く寝ているので、もしかしたら寝不足ではないかとも思ったのですが……」

「うん。確かに寝不足ですね」


 すると、近くにいた夫が島崎先生にそう言うと、ははは。と笑いながらそう答えていた。実はこの先生と夫は、10年来の長いお付き合いがあるらしい。なので、私に異変が起きた時、この先生には予め、色々と言っていた様だ。夫はそういう所だけ、かなり行動が早いので、毎度驚かされるけど……。


「ですが、昼間に突然、寝てしまう、居眠り病みたいなのもあります。しかし、居眠り病は突発的に眠ってしまうので、佐藤さんの場合はそうではなさそうですね」

「そうなんですね。では、派遣会社の人からは糖尿病と疑われたので、その辺に関しては……」


 私は恐る恐るそう言うと、先生は笑顔でこう説明してきた。


「糖尿病は違いますね。糖尿病ですと、常に手の震えが出てきますし、そもそもここの管轄ではありません。それに、前の健康診断では異常は無かったんですよね?」

「一昨日のなら低血糖で引っかかっていたのですが……」

「去年で何ともなければ問題ないでしょう」

「あ。去年は確かに何ともありませんでした。良かったぁ……」


 一応、職場で行った健康診断の検査結果の書類も診てもらったが、それを見ても糖尿病ではなかったので、内心ホッとする私。


「それと、今の職場の環境が原因の一つでもあるなら、環境を変える事も大事です」

「環境……ですか……」


 だけど、それと同時に秀子さんと別れるのは、正直寂しいな……、とも思っていた。


「はい。まぁ、最初は軽い睡眠誘導剤を出しましょうか」

「誘導剤?」


 しかし、初めて聞いた言葉に私は思わず動揺する。


「睡眠薬とはまた、性質が違いますので、眠りの質を良くする薬。と思ってもいいです。それと、コロナの関係もあるので、1ヶ月分、試しに処方致しますね」

「あ。はい。ありがとうございます」

「それと、この薬を飲んだ後は……」


 そう言って、処方される薬の注意点を聞かされ、来月の予約の話をしながら、その日の診察は終わった。




「受付番号、305番さん。お待たせしました」


 診察を終えた私は、近くの薬局で薬を貰うと、袋を見る。すると、聞いたことの無い薬の名前が書かれていた。「ロゼレム錠」と。


「眠れないんですか?」

「そうでしたが、大丈夫です。ありがとうございます」


 すると、受付の薬局員さんに心配されたが、 私は笑顔で言い返す。


「いえいえ。何かありましたら、いつでもこちらに相談して下さいね。お大事に……」

「ありがとうございます」


 そして、足早に会計を終わらせ、夫と共に薬局から出て行った。


「ロゼレム錠。これで効くのかなぁ……」


 家に帰った私は早速、薬の処方箋を見ながら考えていた。これで本当に良くなったら、良いけど……。

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