疑心暗鬼と救済
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そして、次の日は結局、昨日の件は私が悪いと言われたまま、2階にある広い食堂の片隅で落ち込みながら、1人お昼を食べていた。 今日の昼飯はバタバタで作ったおにぎり2つ。1つは、わかめが混ぜ込まれたおにぎり。好きな筈なのに、あまり喉が通らない。ゆっくりと噛み砕きながら、水筒に入った麦茶で無理矢理、喉に通す。
「お疲れ様!」
「あ。お疲れ様です……」
すると、隣に秀子さんが座ってきた。最近は時間が合えば、こうして席に座って一緒に食べることが多い。 席は決まって外の景色が目の前に見える、ベストな位置。背後では澤部さんたちがいつも五月蝿そうに騒ぎながらご飯を食べているのだが、今は時間が合わない為、不在だ。
「あら! どうしたの? 元気ないけど……」
秀子さんは私のやつれた状態を見るや、「疲れた時はチョコ、良いからね!」と言いながら、一口サイズの小さなミルクチョコを渡してきた。
「実は……」
私は周りを見渡しながら、小声で事の詳細を話した。
そう。最近寝てないのに、作業中に寝ている! だとか、度々疑いをかけられる事や、昨日、商品を投げてきた事も全部含めて。
「えぇー!? 眠たいのは人間誰しも同じよ! それなのに……。いやいや。そんな酷い事言うなんて信じられないねぇ!」
「そうですよ……。自分なりにカフェイン飲んだり色々と試してはいるんですが……」
「実はねー、ここだけの話になるんだけどね。その声、こっちにも聞こえてきたんだよ!」
「えっ!?」
すると、実はあの時、秀子さんがいる部署にも響くほどのデカい声だったらしく、何事!? と、秀子さんも思っていたらしい。
そのせいか、表情は眉間に皺を寄せていて、とても険しかった。
「だからねぇ。とても心配したんだよ。だけどねぇ……。澤部さんも、わざわざあんなにでっかい声で、怒鳴らなくてもいいのに、ねぇ……」
「確かに……」
しかし、話している最中、突然息が出来なくなるほど胸が苦しくなってきた。こんな事1度もなかったのになぁ……。
「それと……、話している時、思い出す度に胸が苦しくなってくるんです。だから、最近の私、私じゃないように感じて……。変なんです」
「それは、大変だわね! 早めに上司に言って、早退してもらった方がいいんじゃない?」
「でも、まだやらないといけない事があるし、そう早退なんて……」
そう言いながら、痛む胸を抑えるが、本当は既に限界を迎えていた。
「んー……。人手が少ないから抜けたら大変かぁ。愛ちゃんなんでも出来るから!」
「いやいや。私なんて……」
「でも、無理はしちゃダメだからね。1人で抱えてないで、ねっ! 今みたいに、ちゃんと話すんだよ!」
「は。はい……」
そして、「あんな奴らに負けないで、強くなるんだよ」と言い残し、秀子さんはその場を後にした。
強くなれって言われてもなぁ……。
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その後、苛立ちを募らせながら家に帰ってきたら、夫が座りながらテレビを見ていた。
「あ。ただいま……。ううっ!」
すると、また突然胸が苦しくなってきたので、思わず胸をつかみながらその場に蹲ってしまった。
「愛」
「え?」
「明日、仕事休め」
その姿を見た、見た目が厳つい丸坊主の夫はこう言って、「あんまり眠れてないんだろ?」とも言ってきたのだ。
実は、普段から仕事の話はあまりしないけど、商品を投げつけてきた日の夜は、こういうことがあって。と相談をしていた。
「でも、仕事に行かないと人数が……」
私は休む事に抵抗感を覚えていた。だって休んだら、みんな白い目で見てくるから……。
「それは会社の都合だ。愛は疲れているんだろ?」
「疲れてはいるんだけど……。でも会社が……」
「君は派遣社員だ。直属の人間では無いんだろ?」
「あ。うん……」
そういえば、何でこんなに切羽詰まっていたんだろう。派遣なのに……。
私はふと、疑問に思ってしまった。
「なら、直接派遣会社に、そこの現場でやられた事も含めて話せば、休ませてくれるだろ?」
「う。うん……多分……」
「それと、有給あるんだろ?」
「あっ……」
そして、使ってない有給が沢山あったことに気がついた。確か、6年半以上務めていると、一律20日有給休暇が付与される。つまり、今残っている有給は、それと去年使えなかった有給分合わせて、30日以上あったのだ。
「それなら、それを使って休めばいいさ」
「いいの?」
「あぁ。ゆっくり休め」
普段はぶっきらぼうで、亭主関白気味な夫だが、この時はとても穏やかな顔になった夫。
だけど、その時、今まで詰め込んでいた重荷が思いっきり取れた感覚がした。と同時に、鋼メンタルだったはずの心が……。
*
それからというものの、スマホ越しから、今まで起きたことを全て話し、「暫く休みます」と言った。そしたら、担当の佐賀さんも声に怒りを滲ませながら……。
「それは……。上司にも言わないといけない事案ですね。注意するにも違う方法があったはずです」
「はい。それはそうだと思います。もっと違う方法があれば、私だってこんなに……」
「それに、佐藤さんは悪い所もあって反省し、今までやってきたんですよね」
「はい。そうです。事の今までも佐賀さんに全部相談してきました」
「そうですね。いつも話だけ聞いて、何も出来ずじまいで、本当にすみません」
そう言って、スマホ越しから謝ってきたけど、話を聞くだけでも、救われる人だっている。間接的だけど、こうして、話を聞いて貰えるだけでも、とても嬉しかったのは本当だ。
「いえいえ! 謝らないでください! 佐賀さんは悪く……ありませんよ! 私が……全部……悪いん……です……」
私は冷静に保っていたつもりだったが、走馬灯のようにあの時の事を思い出してしまい、涙が全然止まらない。
「いえ。今回の件に関しては、貴方は悪くありません。もっと違うやり方があったと、僕は思います。それも含めて、上司の方に伝えても、よろしいでしょうか?」
「あ。はい。お願い……、致します……」
最後は溢れる涙でスマホが濡れるほど、泣きながら電話を切ろうとした。
「あ。それと、気になることを1つ、言ってもよろしいでしょうか?」
「はい? 何でしょう?」
すると、今度は佐賀さんがこんなことを言ってきたのだ。
「先程、健康診断の結果も見ていたのですが、もしかしたら、糖尿病の可能性もあるので、今一度病院でみてもらった方がいいと思います」
「と、糖尿病!? ですか!?」
「はい。ではお大事にしてくださいね」
は。はぁ……」
でも、確かに秀子さんから沢山お菓子もらったりしていて、家でもよく食べていたから、糖尿病の可能性もあるかもしれない。血糖値が急激に下がって……。て、いやいや。ないない。
そう頭の中で否定しながらも、電話を切った。




