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第6話 私は勇者を攻撃し、青年は信念を咆哮する

「ロネっ!」


 私の意識と関係なく、喉奥から声が飛び出した。

 人の呻き声と歓声、魔法が爆ぜる音と金属の衝突音。戦場の中に私の声は溶け込んでいく。


「後はお前らだ」


 自分の声は薄れていくのに、相手の声ははっきりと聞こえる。耳から鼓膜を通過し、心臓を激しく叩く。

 私は右手でナイフの柄を強く握った。自分の呼吸がどんどん短い間隔になっている。


 エルの周囲に五つの岩石が浮遊した。アイスピックのような形状だ。

 岩は、私を目がけて一直線に飛来した。

 私は右に跳躍して、岩を避ける。

 岩石は地面深く突き刺さった。


 エルの攻撃は一度で終わらない。間隔を置かず、何度も魔法は射出され続ける。

 考えている暇はない。私は一心不乱に駆けだした。


 空気を穿つ鈍い音と共に何度も撃ちだされる魔法は、確実に私との距離を縮めている。

 魔法は一撃ごとに加速した。

 肩を掠めるほどに接近している。気流の乱れが皮膚を撫でた。


 これ以上は避けられない。


 私は左手を振り切って、迫りくる攻撃をかき消した。

 だが、絶え間ない魔法の連撃がその後ろに控えている。

 腕一本で全ては消しきれない。

 私はこれから自分を襲うであろう苦痛を覚悟した。


 その瞬間、目の前を風の弾が通過した。アーティの魔法だ。

 風は多くの岩を巻き込んだ。粉々に吹き飛ばす。


 さらに、エルの周囲にある岩が霧散した。

 今度はロネの魔法だった。

 まだ二人は生きているのだ。


 エルが私を目がけて跳躍する。

 私の体は、視界の外から飛び込んで来たものに突き飛ばされた。

 よろけた私の視界に、ロネの大きな背中が広がった。

 空気を震わす甲高い金属音が鳴る。剣が衝突した音だ。


――ロネっ!


 口から出そうになった彼の名前が喉奥に引っ込む。

 素早い剣撃がロネの体を切り裂いた。

 七色の太刀筋に沿って、血液が飛び散る。

 エルは間を置かずに、ロネの体に三本の岩を刺しこむ。どれも十五センチ以上ある棘状のものだ。


「くぅっ……うおおっ!」


 ロネは呻き声を吐き出しながら、両手で握った剣を力一杯に振る。

 エルは後方へとステップを踏み、その剣を回避した。呼吸一つ乱れていない。


 ロネの口から一気に血が溢れ出す。

 咳き込んだ反動で体がふらついている。

 だが、彼は倒れなかった。


「守ると決めたら、絶対に守る。止めると言ったら……必ず止めてみせるっ!」


 ロネは吠えた。自分を鼓舞するように、咆哮を上げた。


「……変わらんな」

「お前だって……変わってないはずだ」

「そう見えるのなら、お前は分かってない。あの村から出たところで、見てる世界は小さいままだ」


 ロネの荒い呼吸が聞こえる。限界に達しているのだ。

 いつ気を失うか、分かったものじゃない。


 メルナは地べたにうずくまるアーティを庇うように立って、攻撃に備えるように構えている。

 先ほどの風魔法は、苦し紛れの中で振り絞った力なのだろう。

 まともに戦えるのは私とメルナだけ。だが、メルナでは相性が悪い。

 何としてもこの左手をエルに届かせる。

 状況を好転させるためには、それしかない。


「ロネ」


 私はロネの霞んでいる瞳を見つめる。


「もう一度だけ力を貸して」

「貸すさ……何度でも」


 私は地面を蹴って飛び出した。まっすぐな視線でエルを捉える。

 距離は二十メートルほど。勝負はすぐに決まるだろう。

 エルはその場で剣を薙いだ。そして、棘状の岩を撃ちだす。

 私は左右に二回跳ねて、自身を狙う岩を回避した。

 そのまま勢いよく、ナイフを振りかぶる。振り下ろしたナイフはエルの持つ盾に衝突した。

 反動で痺れる右手に、意地でも力をこめる。


 さらにそこへロネが飛び込んだ。剣先をエルへと向け、勢いよく突き出す。

 だが、剣は届かない。

 エルは剣を体の前で構え、ロネの一撃すらも防いだのだ。


 私たちを仕留めるように、エルは地魔法で岩の刃を空中に作り出す。

 私は構わずに左手を伸ばした。

 エルの地魔法は、ロネが消してくれるはずだ。


 ついさっき、アーティとロネの魔法が私を守ってくれた。

 アーティの風魔法の後に、ロネの魔法が発動したのだ。

 つまり、魔法が無条件で無効化されるわけではない。

 全ての魔法を断つ剣というのは、裏を返せば斬らなければ魔法を消せないということだ。


 今、エルの剣はロネが止めている。


 ならば、左手を防ぐものは盾だけだ。


――届けっ!


 手の平がロネの赤い盾に触れたその一瞬で、盾は消えさった。

 そのまま、エルの肩に手を伸ばしていく。


「……甘いな」


 冷たい声に背筋が震えた。

 左手が制止していた。

 私の手首を、ついさっきまで盾を持っていたはずの右手が掴んでいたのだ。


「このっ!」


 私は左腕を全力で前に突き出す。

 だが、びくともしない。

 血流が止まってしまうほど、骨を砕かれてしまうほど、エルは強く手首を握りしめていた。


 ロネの剣先を受け止めた剣を、エルは横に倒す。そして一直線に薙ぎ払った。

 剣はロネの腹部に、真一文字の傷を刻む。


「解放……するんだ……お前を……」


 ロネは喘ぎながら、焦点の定まらない瞳をむき出しにする。

 苦痛に顔を歪ませ、歯を食いしばって立っている。


「勘違いしてないか? 俺は自分の意志でここにいる」


 エルが言い終えた時には、ロネは倒れていた。

 地面と腹の間から、血生臭い液体が漏れ出している。


「ロネっ!!」


 私は声を上げながら、エルから逃れようと腕を引く。

 だが、押しても引いても動かなかった。


 もう一方の手にあるナイフを突き出す。

 エルとの間に浮遊した盾形の岩に阻まれ、刃は止まった。


 もう、できることは全てやった。

 万事休すというやつだ。


「その首飾りは……」

「え?」


 エルの視線が下がっていた。


「いや、お前ももう終わりだ」


 聞き間違いだったのだろうか。

 いや、そんなことはない。確かにエルはネックレスを見ていた。


 エルが剣を向ける。

 それが今にも突き出されようとした時、エルの手が離れた。

 ほぼ同時に、何かが飛んでくるような重い音が響く。


 私の心臓が縮み上がった。

 眉間すれすれに、黒い球体が飛び出したのだ。

 凄まじい衝突音が鳴る。まるで、大型車の衝突音だ。


 エルの体が十数メートル先へ吹き飛ばされ、地面を二、三回転した。


 球体は来た方向へと戻っていく。

 直径三十センチはある鉄の鎖に繋がれていた。


「よくやったよ。てめえら」


 鎖を握っているのはマスルだった。

 二メートルはありそうな鎖の両端に、自身の体より大きな鉄球が繋がれている。


「周り、見てみろ」


 私たちの周囲を王国の兵士たちが取り囲んでいた。

 衛生兵がアーティやロネの元へ駆け寄り、応急処置を施している。


「てめえらが暴れてくれたおかげで、戦線を簡単に上げられた。それに、てめえが作った隙でこいつを叩きこめた」


 マスルは鎧の揺れる音と共に、笑い声を上げた。


「思ったよりやるじゃねえか。あと、下がってろ」


 マスルは鎖の中心を掴み、二つの鉄球を引きずるようにしながら私の横を通り抜ける。

 エルは頭を押さえながら立ち上がった。額から流れる血が目に入らないように、片目を閉じている。


「魔法で防ぎやがったか、くそったれ」


 マスルは体をしならせるように反動を付けながら、鉄球を一つ浮かせる。鎖に繋がれた鉄球は、頭上で円を描きながら回転していた。

 風が巻き上がり、嵐のような風の音が鳴り響く。

 人間業とは思えなかった。


「全部隊、撤退しろっ!!」


 エルが叫びながら指揮を出す。


「動けるやつらだけで追えっ! 女神に仇なす逆徒どもを許すんじゃねえ!」


 周囲の兵士たちが声を上げながら、手に持った武器を天に掲げる。

 魔王軍は壁を作るようにしながら、後退していく。

 私たちの周りで、戦場が慌ただしく動いた。


「逃がすかよっ!」


 鉄球が真っすぐにエルへと突進していく。

 エルの前方に分厚い岩石の壁がそそり立つ。

 しかし、鉄球は衝突間際に軌道を変える。弧を描くように壁を避けて回りこんだ。

 エルは両手で剣を構えると、鉄球を正面から受け止める。


「やっぱ、身内にゃバレるか」


 マスルは力一杯に鎖を引き、鉄球を振り回す。


「腕の立つ者だけ迎撃に回れっ! 残りはさっさと下がれ!」

「そうだエル、てめえに礼をしなきゃなんねえんだわ」


 マスルの言葉など聞いていないかのように、エルはマスルに岩石を飛ばす。

 だが、魔法は鉄球の回転に吸い寄せられるようにして砕かれていく。

 岩の砕け方はアーティの風魔法と同じだ。

 つまり、鉄球を動かす力は筋力だけではない。風魔法が作用している。

 不自然な鉄球の軌道は、風によって生み出されたものだろう。


「てめえが消えて、副隊長に昇格しちまったんだよ。ありがとなっ!」


 鉄球が再びエルに向けて襲い掛かる。

 エルは体の前に剣を構え、遠心力と風によって加速する打撃を受け止めた。

 しかし、勢いを殺しきれずに後方へと突き飛ばされる。

 マスルが鎖を引いて球体を手元に戻すと、左右から魔王軍の兵士がエルを庇うように飛び出した。

 飛び出した兵士は、炎の弾丸を副隊長に撃ちながら後退する。


「任せて!」


 メルナが生み出した水の壁が、炎を完全に飲みこんだ。


「えへへ……ひよこちゃんの分」


 ふんっと、マスルは一息吐きながら笑った。


「ありがとよ。けど、もうお前らは戻っていいぞ」

「でも、戦いは終わってないよ?」

「もうじき終わるだろ。やけに撤退が手早い。というか、てめえら二人だけじゃ戦力不足だろうが」

「うぅ、それは……」

「メルナ、下がろう」


 うなだれるメルナと共に、私たちは衛生兵と足並みを揃えて撤退する。


 前線では、副隊長とそれに連なる兵士が南下する魔王軍を追っていた。

 だが、ここで仕留めきることはできないだろう。エルも撤退したはずだ。


 エルはこのネックレスを知っているような口ぶりだった。そうだとしたら、なぜ知っているのだろう。

 期待と不安が二重の螺旋階段のように、うねりながらこみ上げてくる。

 私は首元で揺れるネックレスを握りしめた。




 大聖堂の側には、野営用の天幕が二つ併設されている。男性用と女性用だ。

 私とメルナは女性用の天幕へと入る。

 大きな布で外と隔たれた円形の内部は、浮遊する炎で照らされて暖かい。

 支柱の近くには簡易的な寝袋が積み重ねられている。


 女性兵士たちは十数人ごとに集まりながら、それぞれに身なりを崩している。

 興奮した様子で大聖堂を守りきった余韻を味わっていた。


 衛生兵の話によると、ロネやアーティは大聖堂内に用意した救護スペースで安静にしているらしい。

 指揮を執っていた副隊長が帰還し、戦いが完全に終わったことが告げられると、私たちは朝まで眠りについた。




 翌日、朝日が昇ってから兵士たちの帰還が開始した。

 アーティは天幕の外で私たちを待っていた。アヤメのような濃い紫の瞳が、遠慮がちに向けられている。


「アーティーっ! 心配したよー! 怪我はもう大丈夫?」


 メルナは一目散に飛びつき、アーティを抱きしめる。


「ちょっと、痛いってば」


 引っ付くメルナを、アーティは引きはがす。


「そーだよね、ごめんごめん」

「もう……」

「アーティ、ロネはどう?」


 アーティは首を横に振る。


「まだ起きてないわ。でも、傷は良くなってきてるみたい」

「そっか、よかった」

「じゃあ、そろそろ私たちも行こう。みんなとはぐれちゃうよ」


 私たちは兵士たちの後に続いて、大聖堂を後にした。

 昨夜の疲れなどないかのように、メルナは意気揚々と歩いている。

 その反対に、アーティの口数は少なかった。


 王都ピスフに到着する時には、沈んでいく夕日が王都を淡い橙の光で包み込んでいた。

 一等地を見守るかのようなしだれ桜は、夕日に照らされて輝いている。

 怪しく燃えるような光景に既視感を感じた。


 聖地が守られたことを知った人々は、喜びの声を上げて私たちを出迎える。

 お辞儀をしたり、手を振ったりする町人に囲まれながらの帰還は、まるでパレードのような凱旋だった。

 メルナは嬉しそうに飛び跳ねていた。


 私は人々には目を向けず、ぼんやりと夕日を眺めていた。

 金のネックレスが光を照り返す。

 戦場で見たエルの反応が気になってしまう。それは金具の錆びのように広がって、頭の動きを鈍くしていた。

第6話を読んでくださり、ありがとうございます。

とりあえず一区切り。

ブクマ登録等があると、うさぎ跳びしながら喜びます。

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