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第5話 私は敵軍を遊撃し、勇者は戦場を支配する

 俺は目を覚まし、大きく体を伸ばす。


 ニワトリとカラスの鳴き声を混ぜたような、けたたましい鳥の鳴き声が王城内に響いている。灰色の羽を持つ、メルヘ王国にしか生息しない鳥類らしい。


 大きく柔らかいベッドから体を起こし、金と革で装飾されたクローゼットを開ける。

 毎朝、この無駄金を張り付けたような飾りを見なければいけないのは、とても目覚めが悪い。もっといい金の使い方があるだろう。

 俺はクローゼットから黒いローブを取り出した。新品なはずのローブはすでに生地が劣化していて、汗と埃を吸っているような臭いがする。

 やはり、こういうチープさがある方が落ち着く。


 室内には、東側と西側に窓がある。

 東の方向では、厚く積み重なった雲の隙間から朝日が伸びていた。

 俺はその光を背にして、西の窓から外を眺める。

 向こうにはピスフ王国があるのだろう。今夜、あそこで戦いが起きる。


 俺は窓枠の上に丁寧に置いたネックレスを身に付ける。首から垂れ下がった銀色のリングに、鼠色の曇天が映っている。

 リングの左部分に彫られた窪みを指でなぞる。窪みは半分に分けたハートの右側だ。


 自室から出て、階段を下り、一階にある大広間を横切る。大広間はこの城に足を踏み入れる者を最初に出迎える空間だ。

 色とりどりの宝石が装飾されたシャンデリアの光が、ステンドグラスやタイルのように研磨された石材を照らしていた。

 眩暈がしそうなほど豪華絢爛な空間に対して、今この空間はもの寂しい雰囲気が漂っている。

 もしも大声を出せば、トンネルのように声が反響し、人数の少なさを実感することができるだろう。


 大広間のさらに奥には食事をするための部屋がある。

 大理石の長机が繋げられて、大きな一つのテーブルとなっている。それが部屋の中には三つずつあり、それに沿って整列するように背もたれ付きの椅子が並んでいた。

 大広間ほどではないが、これまた立派なシャンデリアが均等な感覚を開けて天井にぶら下がっている。

 現在この部屋は、集団の中で主要な人物のみが立ち入る、作戦会議室のような役割を持っている。ここでパーティーのようにご飯を食べることはあまりない。


「おはよう」


 窓の外を見ていた男が、こちらを振り向く。細身だが痩せすぎているわけでもなく、身長が高いためにスタイルがいい。

 肩まで伸ばした、水飴のように透き通った銀色の髪と、藤色のマントが揺れる。男は半月のような瞳を優しく細めた。


「おはようです、レヴェルさん」


 彼の名はレヴェル・プレデール。

 現在、この世界で魔王と呼ばれている人間だ。


「今夜、エルが仕掛けたら、次は僕たちの番だからね」

「大丈夫なんすか、エルは」


 エルは今夜、部隊を率いて大聖堂を陥落させる。

 本当なら、レヴェルが指揮を執るはずだったが、計画が変更になったらしい。


「大丈夫だよ。彼は強いから」

「強い……勇者だから?」

「それだけじゃない。エルにも、強い愛がある。愛に動かされる人は強いんだ。君もそうだろう?」


 レヴェルの視線は俺のネックレスを捉えていた。


「不思議なことに、君はこっちに来た時より強くなっている。鍛錬の成果を上回るくらいに」

「この世界に慣れていく……みたいな、そんな気がしてます」

「期待しているよ、ツカサ。君がこの世界に来たことには、きっと意味がある」


 俺は窓の外に浮かぶ、重苦しい曇り空を見上げた。

 意味は分からない。だが、元の世界に帰ることができれば、分からないままでも構わなかった。

 俺は結実の頭を撫でる時のように、ペンダントのリングに優しく触れた。




 私たちは王国聖守隊を始めとした、ピスフ王国の兵士と共にピスフ大聖堂へ向かった。

 日が上ってから王都を出発し、夕暮れ前には大聖堂へ到着する。


 大聖堂の大きな門は、東側に構えられている。門の正面からは、大きな川が流れているのが見えた。

 山脈のある南側には、凹の形をした大きな石柱がそびえ立っている。まるで、建物を守っているかのようだ。

 大聖堂は広く横に長い石造りの建物だが、見上げると首を痛めそうになるほどの高さも兼ね備えていた。


 大聖堂の内部には、釘のような螺旋を持つ柱が何十本も並び、すぼまった天井の中腹から光が降りている。干し草のような、干した布団のような、そんな暖かい香りがした。

 中央の奥には祭壇があり、そこに巨大な絵画が飾られていた。絵画の中には、杖と剣を携えた銀色の髪をした女性と、それを崇めるように仰ぐ人々が描かれている。


「すっごいでしょ?」


 呼吸すら慎重になってしまうような大聖堂の雰囲気に圧倒されていると、メルナが声をかけてきた。


「うん。こんな場所、初めて来た」


 戦いの間近でなければ、隅々まで鑑賞したいくらいだ。


「本当に初めてかどうかは、分からないんじゃないか?」


 ロネとアーティも、それぞれの準備を終えてこちらへ近づいてくる。


「記憶が曖昧なんて、あなたも大変ね」

「でも、みんながいるからそこまで苦労はしてないかな」

「あ、そうだユミ。これ使って」


 メルナの手には、エリスが私を襲う時に使っていたダガーナイフが握られていた。刃渡り二十センチほどの刃は、革製の鞘に収められている。


「これ、どうしてメルナが?」

「私、一回魔法でそれを受け止めたでしょ? その時の、拾ってたんだ」

「ずっと持ち歩いてたの?」

「うん、そーだよ。護身用に使って」

「ありがとう」私はダガーナイフを受け取り、デニムパンツに括り付けた。


 私たちの元に、まるでロボットが動いているかのような金属の軋む音が近づいてくる。

 音の方向に視線を向けると、顔まで巨大な鎧を被った大男がこちらを見下ろしていた。


「てめえら、準備はどうだ?」


 声を聞いて、副隊長のマスルである事に気が付く。


「大丈夫です。問題ありません」


 ロネが私たちの前に出る。


「そうか。死に物狂いで、死なないように頑張れよ」

「そう簡単に死なないわよ。舐めないで」

「あ? 誰だっけ、てめえ。まあいいや、それとてめえら、戦場で好きに動いていいぞ」

「という事は、隊に参列しなくてもいいということですか?」

「そういうこと。向こうの戦力減らしてくれんなら、何でもいいわ。そもそも、隊列に合わせて動けなんて、すぐにできるもんでもねえし」


 マスルは射抜くように私を見下ろした。


「それに、戦いができるかどうか分かんねえやつもいるしな」


 ぴくりと体が跳ね、じわりと汗が浮かぶ。どうやら、気付かれていたようだ。


「まっ、そうビビんなよ。実戦で学ぶ兵士と同じだ。俺も兵法できねえのに、副隊長なんかやってるしな」


 男が笑い声を上げると、その巨体を包む鎧が振動し、がしゃがしゃと音を上げた。


「四人でまとまって動け。あと、味方討ちには気を付けろよ。そんじゃ」


 マスルは厚い鎧を纏った腕を大きく振り、私たちの元から離れていった。


「あの、味方討ちってどういうこと?」

「向こうは夜に仕掛けてくるはず。暗い場所だと、敵と味方を見間違えることがあるからだよ」

「でもでも、それは相手も一緒だよね?」

「向こうはそんなミスしないわよ」


 アーティは露出した肩にかかった髪を払う。


「どうしてだ?」

「あなたも知らないの? 魔王軍の大半は盗賊一味なの。分かる? 夜間に盗みを働く最低な集団よ」

「つまり相手の方が、夜目が効くってこと?」


 アーティは頷いて、口角を上げる。


「ま、私の火魔法で照らしてあげるから、安心してよね」

「お前の属性はどれなんだ?」


 ロネはアーティの言葉にすぐさま反応する。


「さあね。四大属性を全て使える、とだけ言っておくわ」

「一人で全部使えるの!? アーティ、すっごーい!!」


 メルナは目を輝かせるように大きく見開き、アーティの周囲を飛び回る。

 よく分からないが、かなり凄い事のようだ。


「ユミ、もしかして分からないのか? この間に、魔法について少し教えるよ」


 私が話に付いていけていないことに気が付いたロネが、魔法についての説明を始める。

 その間、砂時計が時間を刻むように、太陽が落ちていった。




 夜空を見上げると、真っ黒に塗りつぶされた闇が見える。厚い雲に遮られ、星や月の光が届かないのだ。


 大聖堂を背にして、私たちは南側に隊をなしている。

 魔王軍が不穏な動きを見せ始めた二日前から、川を渡るための橋を上げているため、攻めてくるなら南側から山を下るしかないらしい。


 夜風が吹き抜けていく。

 私は身震いした。


 雄叫びのような声が上がり、木々の影から生まれたかのように、魔王軍と思われる兵たちが一斉に飛び出してくる。

 それと同時に、上空から四種類の魔法が降りそそぐ。右から、火、水、地、風属性だ。


「てめえらっ! 一斉に放て!!」


 マスルの怒声に合わせ、こちらの王国魔法隊が魔法を放った。

 火には水を、水には地を、地には風を、そして風には火の魔法で迎撃する。

 花火のように魔法が爆散する。爆発音が、厚い雲を割くように響いた。


 基本的に魔法には四つの属性があるらしく、じゃんけんのような相性による優劣があるらしい。


「ユミ、メルナ、アーティ、俺に続いて!」


 ロネの声に合わせて、私たちは隊列を離れて真正面へ駆け出す。

 さながら、遊撃小隊といったところだろうか。


 正面から左手にはなだらかな平野が広がっている。

 右手は林だ。鬱蒼とした木の影が、夜の闇をさらに深くしていた。


 正面から、剣や槍といった武器をもった兵が突撃してくる。

 だが、接近戦闘しかできないわけではない。彼らもまたそれぞれの魔法をこちらに放ってくる。


 この世界に生まれた生物は、必ず魔力を宿している。その量には個人差があるが、魔法を扱うことができない人間は、いないと言っても過言ではないらしい。


 ロネは一気に加速して、敵陣に飛び込む。

 こちらに放たれた魔法が、一瞬にして霧散した。


 時折、四つの属性に該当しない魔力を持つ者が生まれる。その魔法を特異属性と呼ぶらしい。

 ロネは特異属性の持ち主だ。

 その能力は空間内の魔素濃度を操作すること。


 もし万が一、空気中の酸素を自由に操ることができれば、酸素と反応する炎を意のままに操作することができるだろう。

 詰まるところ、ロネの属性はその魔法版だ。


「アーティ、合わせて!」


 ロネが左手をこちらに向け、手首を捻る。

 それと同時に、アーティは両手を掲げた。

 アーティの正面に現れた岩の粒は、みるみるうちに巨大化する。そして人間よりはるかに大きくなった岩石が、アーティの手元から三つ放たれた。


 魔王軍の兵士たちは、慌てた様子で後退していく。


 先行するロネは、その逃げ腰となった背中を追って剣を振るった。

 巨大な岩石は地面を抉りながら突撃する。

 ロネを追い越すと、魔王軍の兵士たちを何十人も薙ぎ倒す。

 風魔法が幾度となく衝突し、ようやく粉砕されたころには、怪我を負った兵士や力尽きた兵士が更地となった地面に転がっていた。


 泥と鉄の臭い。そして背後から聞こえる仲間の歓声。

 それが私の初めての戦場だった。


 林の影から、短剣を構えた男が斬りかかってくる。

 私は足を止めて体を捻り、正面に向き合った。

 同時に、メルナの水壁が男の進路を塞ぐ。

 男は逆の手で、槍状の岩を固めて放つ。地属性の魔法だ。

 メルナは魔法を強化するように力を入れる。だが、男の魔法はじわじわと水の壁を突き破っていた。

 私は前方に駆け出し、水の壁を掻き分けるように左手を薙ぐ。男とメルナの魔法は、同時に消滅した。

 ナイフを掴み、逆手で抜く。

 面をくらったような表情の男の頭に、ナイフの柄を振り下ろした。

 男は首からがくっと倒れこみ、そのまま地べたに体を伏した。


「ユミすごい! 昨日よりかっこいいよ!」


 ロネとアーティの背後を追いかけながら、メルナが鼻息を荒くしている。


 彼女の言う通り、昨日よりも体の調子がいい。

 今、五千メートルのタイムを計ったら、自己ベストが出せる自信がある。


 ロネは飛来する魔法を何度も撃ち消す。すると相手は武器を構えてロネに向かってくるが、彼の剣技はそう簡単には破れない。

 その間にアーティが後方から魔法を放ち、魔王軍を吹き飛ばす。

 二人の活躍で、戦線を押し上がっていた。


 しかし、それが長くは続くことはなかった。

 ロネとアーティの前に、一人の男が立ちふさがる。金の髪と鋭い視線は、獅子のような威圧感があった。赤い鎧を胸と肩に付け、右手に赤い五角形の盾を持っている。


「あなたたち、気を付けてね」


 アーティは男の方を向いたまま、背後の私たちに告げる。


「裏切りの勇者……」


 メルナは小さく言葉を漏らした。

 つまり、この軍を指揮する中核の存在だ。


「ロネなのか……お前、どうしてここに。それに、アーティも」


 ロネは地面に剣を突き立てた。


「エルっ! お前に会いに来たんだ! どうして、魔王なんかに味方してるんだよ!」

「お前には関係のないことだ」

「ふざけるなよっ! 勇者のお前が裏切って、どれだけ迷惑をかけてるか分かっているのか?」


 エルは腰の剣を静かに抜く。その鋭い音でさえ、この身を切られてしまうのではないかと錯覚するほどの迫力があった。

 剣の切っ先がこちらを向く。その瞬間、彼の剣が七色に光を放った。

 私の記憶が電気のように走り抜ける。あの剣は、祭壇の絵画に描かれていたものと同じだ。


「迷惑? 知らんな。ロネ、説教をしに来たのなら、もう下がれ」


 ロネもまた、一度地面に刺した剣を再び手に取り、彼と同じように剣先を向ける。


「説教じゃない。力づくでも止めに来たんだ!」

「アーティ、お前は? なぜここに来た」

「あたしは……」

「相手がお前でも、戦場で会えば容赦はしない」


 そう言い終えるや否や、エルは即座に走り出して間合いを詰める。彼の標的はアーティだ。

 ロネはその間に飛び込み、剣を振り上げた。

 しかし、剣は盾に弾かれてしまう。

 アーティは自身の正面に岩の弾を出し、身を守ろうと構える。

 メルナもまた、アーティを守るように、彼女の正面に水の壁を作りだした。


 エルは剣を振る。

 虹の太刀筋が空に浮かんだ。


 アーティとメルナの魔法は真っすぐに切断され、アーティの腹部が切り裂かれていた。

 エルは間髪入れずに、アーティの腹部を蹴り飛ばす。

 口と腹から血を吹き出し、アーティの体は地面を転がった。その場にうずくまって、咳き込みながら吐血している。


「放っておくと面倒だ。先に止めさせてもらった」


 金縛りにあったかのように、体が硬直した。心臓さえも止まっているかのような感覚だ。

 これは夢ではないだろうか。そう思いたくなるほどの衝撃。

 いくら何でも、一瞬の出来事すぎる。


 ロネは剣を握り、エルの背後から斬りかかる。

 しかし、エルは素早い反応でその剣を受け止めた。


「魔素具、女神の聖剣。この剣を扱えることこそ、俺が勇者である証であり強さだ」

「だったら、勇者らしく振舞ったらどうなんだ?」


 ロネは再び剣を振り下ろす。

 エルは横に体を反らし、ロネの剣を回避すると、飛び込むように剣を突き出した。

 剣を体の前で構え、ロネは剣先を自身の剣で受け止める。


 二人の剣術は五分五分といったところだろうか。お互いがお互いの攻撃を受け止め、反撃に繋げていた。

 その間に割って入る隙はどこにもない。


 鼓膜を突き刺すような剣同士の衝突音が絶え間なく鳴り続く。両者は、火花が散りそうなほど激しい攻防を繰り広げていた。


 エルが一歩前方に踏み込んで、剣を振り上げる。

 受け止めきれず、持ち上げられるようにロネの体勢が浮いた。

 それを仕留めるように、素早く剣が振り切られる。

 ロネは間一髪のところで後退し、その剣撃をかわした。


 だが、ロネは血を吐いて片膝をついた。彼は腹部へと視線を落とした。

 私の目線も、彼とリンクしているかのように同じ箇所へ向けられる。


 ロネの左腹から、長さ十センチほどの、薄い岩の刃が突き刺さっていた。


「この剣は全ての魔法を断つ。お前の魔法も例外ではない」


 怪しげな七色の光を剣は放つ。ロネに向けられた剣を持つ左手の甲に、自分と同じ女神の聖紋が刻まれていた。

第5話を読んでいただき、ありがとうございます。

主要人物がいっぱい登場しました。大変です。

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