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愛を奏でるマリア

月の光

作者: 香月よう子

「愛を奏でるマリア」シリーズPART8に当たる作品です。

シリーズでご覧下さい。

 ドアを閉めた途端に包まれた。

 彼の人の温かい腕の中。

 心臓の音だけが響く。

 それは幾度目かの夜。



 部屋の電気をつけようとしたその右手を、背後から掴まれた。

「せ、先輩?」

 声が震える。

 そのまま抱き締められて。

 耳元に熱い吐息。

 日向(ひゅうが)の息遣いまで聞こえる。


 けれど

 ふわっ

 急に躰が軽くなった。


 そう思った時には、真璃亜は部屋の隅のベッドの上にいた。

遙希(はるき)せん、ぱい……?」

 おそるおそる呟く。

 日向はベッドの傍らに立っていた。

「きゃっ……!」

 思わず真璃亜(まりあ)は目を閉じた。

 日向が突然、着ていたシャツを脱ぎ捨てたからだ。


「真璃亜」

 声がする。

 真璃亜はまだ目を固く閉じたままだった。

「おいで。真璃亜」

 怖々に瞳を開けば、日向が右手を差し出し真璃亜を呼ぶ。


 怖い……。 恐い……。

 なのに、どうして。

 真璃亜は操り人形のように、ふらふらと歩を進めていた。

 一歩一歩前へと進み、ただ蜜に誘われる蝶のように。

 いや、日向という蜘蛛の巣に身を投じた蝶のように。

 それは、絡め取られ、もはや逃れることは出来ない。


「いいこだ」

 日向は正面から真璃亜を抱き締める。

 口唇が触れる。

 甘い、あまい……熱い口づけ。

 そして、そのままベッドへ倒れ込んだ。

 日向が真璃亜を見つめている。


「相変わらず、華奢だな」

「え?」

「服の上からでもわかる。こうやって抱き締めれば」

 日向が、ラベンダー色の薄いシフォンのワンピース姿の真璃亜を、その大きな両の(かいな)で抱き締めている。

「はる…き、先輩……」

 確かにそのワンピースは9号だというのに、真璃亜の身にはやや余っている。


 つと視線を落とすと

「ここ。もう少し肉付きがよくないと」

「や……!」

 日向が真璃亜の胸を、とんとんと人差し指で叩く。

 真璃亜はその胸をかばいたかったが、右手は日向に掴まれ、躰は組み敷かれ、身動きがとれない。


「真璃亜」

 真璃亜の顔の真上から、日向が真璃亜の名を呼ぶ。

「愛しているよ」

 それはもう幾度となく真璃亜にかけられた言葉。

 でも、幾度囁かれても真璃亜は胸がどきどきと戦慄く。

 何故か泣き出しそうになる。

 あのアソシアでの忘れられない初めての夜から、どのくらい経てばこの情景にも慣れるのだろうか。

 今の真璃亜にはまだ見当がつかない。


「ん……」

 こうやって口唇を塞がれ、甘い吐息を発して、自分が自分ではなくなっていく。

 声ともつかぬ声が漏れそうになる。

 そんな自分は、やはり自分ではないようだ。

 服の上からでも感じるのに、素肌を晒せばもう、広い大海に漂う小舟のように、行き着く岸は遙か遠い。

 日向は意地悪だから、なかなか許してはくれないから。

 それでも今夜も肌をあわせる。

 多分、今宵の月が東の空へと隠れるまで。


 ああ、月の光がとても。

 綺麗……。

 窓のカーテンが微かに開いていて、三日月が見える。

 暗い部屋の中、月光が差し込む。

 不意に真璃亜の脳裏に、ドビュッシーの「月の光」の旋律が浮かんだ。


 ピアノが弾きたい───────


 こんな時でさえ、そんなことを思う自分は不思議、と真璃亜は思う。

 躰は過敏に日向の動きに反応するのに、意識だけがふとした瞬間にトリップする。

 でも、それも束の間。今宵もまた溺れていく。

 あの月に見られながら、あらぬ素顔を晒す。

 日向は真璃亜を、真璃亜は日向を求めてやまないから。


 それは、今宵の月だけが知っている。

 二人だけの秘め事───────



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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人の絡みが優しくも刺激的で良い感じですね。 良い香りが漂っていそうな作品で、すんなり心地よく読めました!
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