7話 マーヤの過去とココア ーマーヤサイドー②
結局、脱退と加入申請を行わないといけないことから、皆で一時間近く待つことにした。
ワイルドさんはイライラした様子で貧乏揺すりしながら椅子に座って不満を漏らしている。
それを嫌な顔をせず、最後まで聞いているターキーさん。
タミーさんは持っていた杖の手入れ。
私はというと今日の出来事に疲れてしまい、力なく椅子に座る。
こういったゆっくりとした時間は久しぶりで何をしていいかわからない。
ジンがいたらきっと他愛のない話をして時間を潰してたと思う。
人は失って、初めてその存在の大きさを知る。
よく聞く言葉だけど、私にとってあの時からジンの存在がとても大きいものだったんだ……
久々の街。
ジンの脱退。
引き留めの失敗。
そして一時の休息。
これらの事が重なり、眠気に誘われ、マーヤの瞼が重くなる。
夢の中に入りながら、マーヤはジンとの思い出に浸っていった。
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パーティが編成され、旅を始めて1ヶ月近くがたったときの話。
討伐対象に近づくにつれ、魔物も強くなって負担が掛かってくる。
前衛は傷だらけに頻度が増える。
当然、そんな状況が続けば、私が回復魔法を使う頻度も増えてくる。
回復魔法は集中力を使い、魔法そのものを失敗するわけにはいけない。
プレッシャーは私の心を蝕んでいた。
幾度迎えたかわからない夜、私は違和感を感じていた。
体も心も疲れているはずなのに眠れない……
力を抜いてゆっくり呼吸しても眠れない……
強く瞼を閉じてみても眠れない……
何時からか私は眠れなくなっていた。
私しか回復魔法を使える人がいない。
パーティに迷惑かけないようにしないと……
辛くて、正直投げ出したくても、お母さんや弟のことを考えるとそういうわけにもいかない……
この不安な気持ちも吐き出せる相手もいない。
眠れず、心も体も疲れていく一方。
本当に溜め込んだものが破裂しそうになっていた。
その日も野宿、無理やり目を瞑り休んでた中。
ふと、甘い香りが漂い始め、思わず私は体を起こした。
「あ、マーヤか。ごめん、起こした?」
「いえ、大丈夫です」
焚き火に当たりながら、周囲の見張りをしているジンが気づいた様子だった。
右手には銀色のマグカップが握られていて、そこから甘い香りがしていた。
「……ああ、これ?ホットココア入れてたんだ、まだ口つけてないからこれ飲む?」
私がマグカップを見ていたのを気づいてか差し出してくれた
恥ずかしい……物欲しそうに見えたのかな。
皆が寝静まった遅い時間。
私の好きな甘いもの。
私は誘惑に負けてしまった……
「あ……ありがとうございます。頂きます。」
差し出されたホットココアに少し冷やすため息を吹きかけ、マグカップに口をつけ、ホットココアを含む。
「凄く、甘い……でもホッとして好きな味です…」
「マーヤ、甘いの好きなのかなって思ってたから当たっててよかったよ」
「……ジンさん、私が起きるって思って用意したんですか?」
「いや、寝てるならそれでよかったんだけどね。俺も甘いの好きだし。ただ、ここ最近寝てないんじゃない?頑張ってて、気が張りつめてたように見えたし」
「え?」
ここ数日、気を張っていたのは自覚していて、極力、顔に出さず取り繕っていたのに。
それにも驚いたけど、人から頑張ってる、と言われたのはいつ以来か覚えてなく、声が漏れてしまった。
「私が…頑張って…どうして?」
「そりゃ、15歳で一回り年齢が違う人達と旅して、野宿だってして。回復魔法は特にそうさ。失敗したら悪化させるかもしれない。そんな重圧の中、マーヤは一度たりとも失敗させずに今日まで皆を支えて凄いよ」
「……回復魔法のリスク知ってるんですか?」
「知ってる、って言っても俺なんかのレベルじゃ腐敗してる肉の腐敗成分取り除くので精一杯。生きてる人の回復なんて出来ないよ。血流の中、血の中に混ざった毒素をだけを抜き取るなんて並大抵のことじゃないよ」
ああ、凄いなぁ。
この人とはそんなに話したこともないのに、私のことは見ててくれていたんだ。
私が知ってるジンって人は、お世辞にも剣士としての能力が高いわけではなく、複合エレメント持ちだけど初級魔法も使えない、雑務の殆ど引き受けるサポーターのイメージしかなかった。
でもそれ以上にこの人は……
「そんな……そんなこと……」
「……マーヤ?」
ポタポタとマグカップの表面に水滴が落ち、中で波紋が広がっている。
目の前が見えにくく、頬に涙が伝っていた。
あれ?私は何で泣いてるんだろう……
「私……私……っっごめんなさい…ごめんなさい…」
「うん、辛かっただろうし、張りつめてたんだから仕方ないよ。……本当に頑張ったね。」
「………あ、……ああ…あああああッッ…!!」
最後の頑張ったねで完全に緊張の糸が切れた感覚がした。
気がついたらジンの胸の中で泣いていた。
いつ以来だろう、頑張ったねって言われたの。
お母さんが病で寝込んでしまって。
弟達もまだ幼くて。
私が何とかしないと、そう思ってたら魔法の才能があった。
魔法学校に特例で入学を認められた。
でも、魔法学校のクラスメイトとも馴染めない。
昔からの家柄のつながりを大事にする魔術師の家系。
それがない一般の私に居場所はなかった。
周りに追い付けるように、負けないように1人で頑張って。
クラス内で優秀者として受賞されても…
「努力を知らない天才は違うな。」
「魔術師出じゃないくせに。」
「どうせあのデカイ胸で教師を誑かして点数稼ぎをしている。」
誰も私の頑張りを認めてくれなかった。
それどころか悪評が広がっていた。
嫌な根も葉もない噂を聞かないように魔術を磨いた。
上達すると、ますます孤独になっていく。
そんな中、私は治癒術が使えるようになった。
今回、冒険ギルドから任務の依頼の話がきて、高額の契約金を支給してもらえるのを条件に私は受け入れた。
条件がいい、任務を受けた理由。
契約金がよかったっていうのは表向きの理由。
本当は魔法学校にいるのが嫌だった。
私はきっと魔法学校から逃げたかったんだと思う。
でも逃げた選択は悪いことだけじゃない。
お母さんはいい病院で治療が出来て、弟たちの生活も少し楽なものになった。
でも、今度は魔物に襲われ、怪我する人々、仲間を目にして来た
大量の出血、毒に苦しむ人々の悲鳴。
その光景に、何度も心が折れそうになって……
それでも、今まで頑張って頑張って……
きっと他愛もなく些細な一言だったんだろうけど。
私は救われた気がした。
「ごめん。仲間で一番頼りない胸の中だけどさ…今は沢山泣いて、辛いこと吐き出して、一緒に乗り越えていこうよ。」
眠ってる仲間達がいるなか、長い間泣き続けて、その間にもジンは優しく受け止めてくれていた。
ここの話は小分けにできませんでした