グルメ
H氏は死んだ。
H氏は独居で足が不自由だった。私は週に一度彼の元を訪れ、傾聴ボランティアのまね事をしていた。
H氏はかなりのグルメで、いつも昼食に肉そばを用意して、私を迎えてくれた。
遺骸を見る。H氏は大柄だ。冷蔵庫の大きさが気にかかる。
以下はH氏の手記の一部である。
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本日、所用で出かけた。
用事を済ませ、夜の十時すぎに駅に着く。
昼間に人身事故。ダイヤが乱れている。
ホームにはだれもいない。
来たときには気づかなかったが、ホームの端に立ち食いそばがあった。まだ灯りがついていたので入ってみる。案外穴場かもしれない。
食券の販売機がなかったので、店の人にたずねる。肉そばしか出せないと言われた。それを注文して受けとる。
つゆの表面に黄色い脂が膜を張っている。地元の熊か鹿か。いや脂の具合が違う。鴨か雉だろうか。違うな、鳥ではない。いずれにしろ獣の肉には違いない。はじめてだが、どうにもくせになる味だ。
「これ、なんの肉?」と聞いたところ、たまたま手に入った――と返ってくる。しつこくたずねたが、教えてはもらえなかった。
~中略~
頭からはなれない――
どうしても食べたい食べたい食べたい食べたいたべたいた・べ・た・い!
~中略~
突き止めたぞ! なるほど、手に入れるのはむずかしい。しかし是が非でも食べたい! もう発狂しそうだ!
~中略~
――合法的で簡単な方法だ。左足のつけ根から切り落としてもらった。足の先から順序良く片付けていくとしよう。
足をなくしたのは不幸だとみなが口をそろえる。そんなことは断じてない。私はグルメだ。なにより肉そばを食べるのが至福なのだ。