ひとりぼっちの神様は
あ~あ。
人間ってなんでこんなにくだらないんだろ。
「いいか?あの神社には近づいちゃいかん。怖い神様に呪われてしまうからな」
「取り壊そうとした人達が全員死んでしまったんでしょ? おぞましい……」
麓の村に住む村人はそんな話ばっかりする。
確かに何日か前に、この神社を取り壊そうとする奴らがいた。
けどそいつらは僕が呪い殺したとかじゃなくて、流行病でもなくて、別の原因で死んだだけ。
なのに皆、殺したのは僕だって言う。
なーんの証拠も無いのにさ。
「……変なの」
今では誰も来なくなった神社で、僕はひとりそう呟いた。
古くなったこの神社を取り壊そうとかで、人間が勝手にこの神社に入ってきた。
それに怒った僕は、妖術で追い返してやった。
自分の敷地に土足で入り込んでこられたら、誰でも怒るよね?
僕は狐の神様だから、多少妖めいた術が使えたっておかしい事は何も無い。
けどそのせいで、僕の事を間違って妖だと思っちゃう奴らもいる。
まぁ、普通の人間に僕は見えないけど。
けど神社に入ってきた奴らは数日後、全員死んだ。
勿論犯人は僕じゃない。
僕がかけた妖術はただの風の妖術。
吹き飛ばす力はあれど、人間を殺す力なんて無い。
けど人間は、僕が犯人だと信じ込んでいる。
何の証拠も無いのに、自分で見たわけでもないのに。
すぐに僕のせいにした。
(人間はいつもそうだ。野菜が育たないと神様が怒ったらからだとか、村の柵が壊れてるのは妖のせいだとか)
野菜が育たないのは天候のせいだし、柵が壊れたのは猪が突進したからなのに。
僕や妖は、何の関係も無い。
むしろただの被害者だ。
人間はそうやって、いつも、自分達が正しいと思い込む傾向がある。
自分達が一番弱くて力も持たないとわかっているからそういう風に思ってしまうんだろうけど、それにしたって。
「……滑稽、だなぁ」
時々、いやいつも、人間はなんて馬鹿で無様なんだろうと思えてくる。
結局は自分達が弱いから、何かのせいにするしかないんだ。
人間なんてろくな奴はいない。
呪いだとかの話題のせいで、僕の神社には誰も来なくなった。
ちょっと前まではお年寄りの人とか、小さな子どもが参拝にやって来てたのに。
(この神社、いつまで持つかなあ)
手入れされなくなった鳥居を見ながら、僕はなんとなくそう思った。
♢ ♢ ♢
百年過ぎた。
麓の村は徐々に発展していった。
人も増えて、お店も増えた。
けど僕の神社には誰も近寄らない。
百年も経ったというのに、未だに噂は耐えないらしい。
♢ ♢ ♢
また百年過ぎた。
村は街へと発展して、沢山の人が行き交う賑やかな場所になった。
ここを田舎と言う人間はもういないだろう。
けど僕の神社には誰も近寄らない。
途中、陰陽師とか言う奴が来たけど、そいつの力は僕の足元にも及ばなかった。
面倒だったからテキトーに妖術を使って追い返してやった。
そのせいなのか、神社には更に人が寄り付かなくなった。
鳥居の色がだんだん落ちてきた。
♢ ♢ ♢
また百年過ぎた。
戦争とか何かで食糧難になったり、お金が足りなかったり、人が死んだりした。
戦う為に人が駆り出されたりして、麓の街は廃れていった。
相変わらずこの神社には誰も近寄らない。
♢ ♢ ♢
それから何百年か過ぎた。
途中から飽きてきて年を数えるのをやめた。
数えたってつまらないだけだし、結局僕の所には誰もやって来ないから。
その頃から街では色々な芸事が流行っていた。
薙刀や生け花、琴――あと、読み書きを教える寺子屋。
僕は神社に居ても暇だったから、街へ降りる事にした。
どうせ人間には僕の姿が見えないし、なんなら何か盗んだって気づかれない。
街は思ったより賑やかだった。
何百年か前に戦争があったとは思えないくらい、それはもう賑やかだ。
村――あぁ、もう街なんだった。
謎に洒落てる着物を着てる人が沢山いたり、やけに髪を盛ってたり。
目が痛い。
……けど。
(あの人……ちょー美人)
けどその分、綺麗な女の人も沢山いた。
多分、僕は女の人が好きなんだと思う。
だって野郎共の間で流行ってる枕絵も、見る前はどーせろくな物じゃないと思ってたけど。
実際に見たらすごいハマった。
出るところは出てて絞まってるところは絞まってる。
そんな綺麗な体を見るのは好きだ。
……世の人間は僕みたいな奴を変態と言うのだろう。
けど僕の見た目は人間で言う15~16歳。
白い毛並みと獣の耳、白い肌、金色の瞳。
人間離れした見た目だけど、端正な顔立ちに分類される。
だからきっと僕が変態でも許される。
だから枕絵も見る。
神様が枕絵なんてって思われても、そんなのは知らない。
好きな物は好きなんだから、我慢はしない。
昔、呪いだとかが言われる前に、参拝しに来た人がお供え物に油揚げを持ってきた。
僕が狐の神様だって知ってたから、皆が皆、油揚げを持ってきた。
けど流石にそう何百年もずっと油揚げばっかだと飽きる。
こういう、たまには枕絵とかがお供え物に欲しかったなぁ。
絶対有り得ないと思うけど。
けど何百年ぶりに下りた人里は思ったより楽しくて、僕はちょっとだけ人間が羨ましくなった。
♢ ♢ ♢
それからまぁ結構な時が流れて。
また戦争だったりあったけど、今は落ち着いて元の日々が戻ろうとしている。
僕の神社には相変わらず人は来ない。
おかげで神社全体がボロボロで、冗談でも綺麗とは思えない。
けど僕はここの神様だから、離れる訳にはいかない。
誰も来ないとわかっていても、ここは僕の還る場所だから。
そうやって生まれたから。
♢ ♢ ♢
(騒がしいなぁ)
また何年か経つと、神社の目の前で工事が始まった。
どうやら何か建物を建てるらしいけど、それにしたって音がうるさい。
神社なんだから神様がいるのは当然なのに、あの人間達は一切こっちに気遣ってくれない。
――いや、僕の事なんて、存在すら知らないのか。
♢ ♢ ♢
建ったのは学校という、寺子屋が進化したみたいな感じのところ。
名前は「明宮学院」というらしい。
やけに大きい建物だったから完成までに時間もかかってたけど、どうしてこんなに大きい学校を建てたのか。
(時代が流れると共に、学びたい人間も増えたってことかな)
そんなに長生きしたっけ?と思いながら、それでも僕には関係ないなと思った。
♢ ♢ ♢
何十年か過ぎると、ある一人の人間がお腹が空いたから何かくれと神頼みしてきた。
こんなオンボロ神社に神頼みしにくるなんてよっぽど空腹なんだろうな。
それにしても、人間がこうやって神社に来るのはどれくらいぶりだろう。
ずっと暇だったし、少しくらいなら構ってあげてもいいかな。
満腹になりたい、という願いだったから、目の前の学校に置いてあった食べ物を何個かあげた。
――けど、この僕の行動が、この神社の噂を変えた。
「願いを叶えてもらった!」と、あの人間が言いふらしたのだ。
おかげでこの神社の噂が「願いを叶えてくれる神様がいる」というものになってしまった。
(いやいや、僕、人の願いなんて叶えられないんだけど!?)
ただ食べ物が欲しいってくらいなら、そこら辺からぼったくってくればいい。
けどもし恋愛成就とか言われても、そんな事はできない。
しかも困ったことに、「神様が気に入るようなお供え物を持ってかないと呪われる」なんて噂も流れた。
(いやいやいや、なんでそうなったの!? そんな事しないんだけど!?)
人間は噂に噂を付け加えるのが好きだ。
何百年経った今でも、それは変わらないらしい。
けど噂を確かめる者は現れず、噂だけが独り歩きしている状態になった。
呪い――とかが怖いんだろう。
そんな事はしないけど。
(結局、最後に来たのはあの空腹の人間……。言う事聞くんじゃなかったなぁ)
僕は今日も一人で、溜息をついた。
どうせ今日も、明日も、明後日も。
ここに来る人間はいないだろう。
――あぁ、ちょっとくらいからかいがいのある人間、来ないかなぁ。
僕の事を、ちゃんと見てくれる、わかってくれる人間が、いたりしないのかな。
そんな馬鹿げた事を思いながら、今日も独りで空を見上げた。